誕生日


月光が射し込む豪奢な部屋。
風を孕んだカーテンが大きく揺れ、そして萎んだ。
上質な手触りの寝台に腰掛けて、静かな時の中で深く息を吐いた。
そっと触れた彼女の髪は、さらりと指先から零れ落ちていく。
触れられるのに、掴めない。
それは、今悩まされていることに似ていた。

「どうしたのかしら、刹那」
「……」
「今日は無口なのね」

小さく微笑んだマリナを盗み見て、綺麗に掃除された床に視線を落とした。
視線を合わせることを少し辛く感じたからだ。

意識の中に、多くの情報が流れ込んでくる。
世界中の状況が、悪意も善意も、俺の意識に流れ込む。
この言葉にできない瞬間が苦手だった。
望んで対話をしていた時とは違って、『人を超えた能力』を持て余していた。

「悩み事?」
「…分からない」

自分の中で持て余している間に、仲間と距離が開いてしまった。
また、あの頃のようになってしまった。
他人を拒絶していた、あの孤独な俺に。

ここ最近、トレミーの自室で項垂れることが増えた。
仲間と言葉も交わす、些細なやり取りに笑うこともある。
それでも、見えない壁ができている。
仲間との溝は深まるばかりだ。
見かねたロックオンに背を押される形で、彼女の元へと訪れた。
本当は、ずっとここへ来たかったのかもしれない。
彼女の無事な姿を、その儚げな笑みを見ただけで、溜め込んでいた思いを晒け出してしまいたくなった。

「…また、俺は人を傷つけるようになってしまう」
「そんなことないわ」
「……」
「…怖いのね、刹那」
「あぁ…そうだな」

やっと対話という術を見つけ、無闇に命を奪わなくて済むのだと思えた。
武力に頼らずとも、人の意識を変革させることができると思えたのに。

命を奪うことに躊躇が無い訳ではない。
ただ、その感覚に慣れてしまっているのだ。
だから、いつ昔に戻ってしまうか分からない。
傷つく痛みも、傷つける痛みも忘れたくない。
孤独に満ちていた少年兵だった自分に戻りたくない。
居場所も、仲間も、喪いたくない。

ざわつく不愉快な心を持て余していると、暖かな手が頬に添えられ、俯けていた顔を上げるように促された。
空にも海にも見える、碧い瞳が俺を真っ直ぐに捉える。
吸い込まれそうなほど穏やかな瞳。

「怖くないわ、大丈夫よ」
「…怖くない、か?」
「えぇ…私の前には、優しい人がいるわ」

人々を護ろうと戦い、己が傷付くことを厭わない。
ただ不器用で優しい人。

月光を浴びて、美しい黒髪が銀糸を纏っている。
微笑むマリナの言葉に、少しだけ目頭が熱くなった。
頬に添えられた彼女の手に自身の手を重ね、互いの額を寄せる。
それだけで良かった。
それだけで、ざわつく心が落ち着いていく。
 
「…ありがとう、マリナ」
「私には、こんなことしかできないもの」
「俺にはそれで十分だ」

微笑んだマリナに頭を引き寄せられた。
そのまま彼女の膝の上に導かれ、彼女の膝を枕にして身体を横たえた。
気恥ずかしさと心地よさが暫く葛藤していたが、彼女の温もりに身を委ねることにした。
幼子をあやすような優しい手つきで緩やかに頭を撫でられ、その懐かしい感覚に胸を締め付けられる。
それでも、彼女の温もりには抗いがたい力がある。

「刹那、無理をせず少し休んだ方がいいわ。辛いなら、誰かに相談していいのよ。貴方は対話をする術を持っているのだから。それに、想いは言葉にしなければ伝わらないわ」
「…あぁ」
「お休みなさい、刹那…眠れば、きっとより良い道が見つかるわ」

つい甘えてしまう。
彼女には、言葉にせずとも伝わってしまうから。
言葉を持っていることを忘れてしまいそうになる。
口下手だが、きっと仲間達なら聞いてくれるだろう。
何と言えば伝わるだろうか。どう伝えようか。

─深い海を揺蕩うように、ゆったりと意識を手放した。


「良かったのか?お姫様のとこに刹那を行かせて」
「オレ達には話しにくいんだろうさ。なら、あいつにとって特別な相手のところへ行かせる方が、刹那の為になる」
「…そうだよな」

悩みを持て余し、眠れていないのは明白だった。
余所余所しさも感じていた。
互いに避けざるを得ない状況だったのだ。
これを機に、少しでも現状を改善できるといいのだが。

「あの人なら、刹那がどうなろうと当たり前のように受け入れてくれるはすだろ」
「そうだな」
「あぁ、オレ達ができる以外の救い方をしてくれる」
「なら、儂らはあいつが戻ってくるのを待ってればいいんだな」

彼の待ち望んだ愛機のデータを眺めながら、格納庫で帰りを待ち続けた。
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