幕間


細く、頼りない手が、怖々とした手つきで己の腕に触れている。
清潔な水で濡らした布で傷口の洗浄を行い、医務室から運んできた薬が塗られた。
真新しいガーゼが厚い皮膚を覆い、傷口はすぐに見えなくなった。
城内に設けられた騎士団長用の部屋に、友人の気遣いによって彼女とともに押し込められて一時間程度は経ったのだろう。
消毒液の独特の匂いが、部屋のあちこちからしているような気がした。
ゆっくりと労るような手つきで進められる手当ては、そろそろ終わりが見えてくるはずだ。
残すは、掌の擦り傷だけだった。

元騎士団長から地位を奪い取る為の試合。
腐っても騎士団長だと思える程度には、奴の力は衰えていなかった。
それでも、奪わねばならない状況だった。
ここ暫く温い戦いしかしていなかったせいもあり、久しぶりの死闘と呼べる試合だった。
稽古用の木剣とはいえ、遠慮なく振りかぶれば、馬鹿にならない威力はある。
剣による切創より、棒で殴ったような打撲傷の方が鈍い痛みは続く。
試合に集中している間は良かった。
痛みを感じる神経は機能していないからだ。
目的を果たした安堵によって、死んでいた神経が機能を取り戻し、全身の痛みを訴えかけるようになった。
聡い友人に身体の不調を隠し通せるはずもなく、問答無用で友人の妹が治療係として呼び出され、今の状況に至る。

「これで終わりです。他に痛むところはありますか?」
「無い。手間かけさせてすまなかったな、お嬢さん」
「いえ、騎士様のお役に立てて嬉しいです」

掌に巻かれた包帯を、彼女の指が撫でる。
すべてを終えて、それまで凛々しく引き締まっていた表情が緩んで、今にも泣き出してしまいそうな顔になった。
声をかける間もなく、彼女の瞳から雫が溢れ、変えたばかりの包帯を濡らしていく。

「お嬢さん、泣くな」
「…騎士の在り方を理解していても、貴方が怪我をすると哀しくなります…」

己の左手を、彼女の両手が握り込む。
何かを祈るように額を寄せる彼女の姿に、胸の奥がチクリと痛んだ気がした。
震える少女の頭を撫でながら、身体を労れという友人の忠告なのだと思った。
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