JOJO


ピピ、と音を立てたアラームを止める。
寝惚け眼で時間を確認し、起きるかどうか迷う。
今日は担当の仕事は無かったはずだ。
もう少し眠ろうと思った時には、眩い光が視界を白く焼いた。

「てめーいつまで寝てるんだ、ペッシ。朝くれぇシャキッと起きてみやがれ」
「あ、兄貴…」

眩い光だと思ったのは、兄貴の丁寧に手入れをされたブロンドだったらしい。
セットされていない髪が、開けられた窓から吹き込む風に煽られてサラサラと靡いている。
寝惚け眼で見ていると、まるで女に見えるから不思議なものだ。眼前に晒された雄々しい肉体と無数の傷痕が、それがか弱い女ではないことを教えてくれる。
仕方なくベッドから抜け出し、彫刻じみた兄貴の横顔を眺めながら、部屋から出た。

普段からメンバーが集まる広間に着くと、プン、と女のような匂いがした。
チームに女はいない。
ならば、誰かが女と遊んで帰ってきたのだろう。
見れば、上機嫌なホルマジオが鼻歌交じりにテレビを見ている。

「よぉ、ペッシ。プロシュートに起こされたか?お前の兄貴は朝から元気だよな」
「ホルマジオは朝帰りですかい?」
「偶然にも金持ってそうな女に会ってよ、ヤりがてら金もギってきてなぁ。気分がいいから、なんか奢ってやるよ」
「なら、皆でメシでも食いに行きてぇなぁ」
「行ってもいいけどよぉ~遠慮っつうものを知らねぇ野郎ばっかりなのがなぁ」
「ケチくせぇ奴の奢りなんて珍しいじゃあねぇか」

広間に飾られた大きめの鏡から、イルーゾォが半身を覗かせた。
いつ見ても心臓に悪い。
仕事場であっても、密かに驚いているのは隠している。正確には、隠せているつもりでいる。
寝起きで整っていない髪を結びながら、イルーゾォが楽しそうに笑う。
仕事中はひねくれたように笑うことが多いから、それはそれで新鮮だ。
鏡の世界は、どんなものなのだろうか。
現実と何も変わらないのだろうか。それとも、そっくりなだけで何も感じられないのだろうか。
いつか兄貴に内緒でこっそり入れてもらおう。
きっとバレたなら、くだらないと怒られるのは目に見えている。

「朝から元気だね!これが母親だったら最高だ。さっそく可愛いベイビィの準備に取りかかりたいもんだね」
「……クソねみぃ」
「おいおい、気ぃつけろよ、ギアッチョ~夜更かししてるとおっかねぇマンマに怒鳴られっぞ」
「あぁ?」

確かに、夜更かしをすると怒られる。
仕事のコンディションに悪影響の出ることはするなという意味合いだったが、それだけ聞けば厳しい母親のそれだ。

「おら、プロシュートマンマのご登場だぜ」
「誰がマンマだ」

すでに髪をセットし、愛用のスーツに身を包み、品の良い香水を纏ってピシッと決めた兄貴が広間に現れた。
その背後には不穏な影が揺らめき、大の男が五人も集うと少し狭さを感じる室内に向けて妖しい煙を送り込んでいる。
自分の手先から水分が抜けていくのを感じ、大急ぎでギアッチョの側に逃げた。
ギアッチョはホワイト・アルバムに身を包み、見慣れたぶち切れた視線を兄貴に向けている。
スタンドでの内輪揉めはリーダーによる厳しい制裁を受けるが、あまりこのチームメンバーは気にしていないようである。
とばっちりを食うのは嫌なのだが。

「…スタンドを収めろ。掃除が面倒くせぇんだ。朝から広間を血の海にしたくはない」

唐突に、我らがリーダーの声がした。
咄嗟に入口に立っているのだろうと思った。
しかし、入口に立つ兄貴の背後にいるのはザ・グレイトフル・デッドだけだ。
よくよく考えてみると、自分の背後から声がしたのではないだろうか。
ちらり、と背後に目を向ければ、精悍な顔立ちに僅かに疲労を滲ませたリゾットが定位置のソファーに座っていた。
恐らく広間で書類仕事をしたまま眠って、無意識に景色に溶け込んで防衛行動を取っていたようだ。
意識の覚醒とともにそれも解除されたらしい。

「リゾットよ~今日は仕事ねぇ日だよな?」
「ん、そうだな…仕事はない」
「色々あってちょっとばかし金が転がりこんできたもんでな、メシでも行かねぇか?」
「そうするか。支度しろ、行くぞ」

即断、即行動。
リーダーは慎重そうに見えるが、余程のことがない限りは意外と大胆な振る舞いをする。
アジトからは遠回りをしつつ、比較的大衆向けの店へと向かった。
昼前であったが、そこそこ賑わっている。
席に案内される僅かな時間に、チラチラと、周囲からの視線が増えていく。
男ばかりの集団故に注目を集めているのではなく、恐らくそれぞれの整った容姿に惹かれているのだろう。
居心地が悪い。
残念ながら美形ではない自覚があるから、こういう瞬間は嫌いだ。

「下向くんじゃあねぇ。ペッシ、てめーも男なら、他人を下に見るくらいに振る舞え。屑に下げる頭なんぞねぇんだよ」
「…へへ、やっぱりプロシュート兄貴はカッコいいぜ」

案内されたテラスの席に着くと、ピリッとした違和感が肌に突き刺さり、空気が変化した。
和やかなオフモードから、本業モードになっている。
メローネが周囲の景色を眺めるような自然な素振りで、周辺の偵察を行う。
視線だけでのやり取りを交わし、二つ離れたテーブルに不穏な影があるらしい。
トイレに行ってくる、と席を外したホルマジオがリトル・フィートで小さくなって例のテーブルへと近づいた。
何をしているのかも判別しにくいが、何か細工をしたらしい。
上機嫌で戻ってきたホルマジオは、日常会話のような軽い口調で結果を伝えた。

「ありゃ、最近オレらのことを嗅ぎ回ってる野郎だな」
「幹部昇格への手土産か、待遇アップ狙いか。ま、オレたちはディ・モールト有名ってわけだ」
「ボスへの反逆の確証がねぇから探ってるってとこか。面倒くせぇ奴だな!直接来んなら相手になんのによぉ!」
「まだ様子見の時期だからな…ならよ、逆に良い情報持ってねぇかな」
「ハン、こんだけ雁首揃えて寛いでるのに気づかねぇ野郎だぞ。役にも立たねぇし、障害にもならねぇよ」
「…飯が来るぞ。口を慎め」

リゾットの一声に、張り詰めていた空気が和らぐ。
美味そうな食事を口に入れた瞬間。
すぐ側で爆発音が響いた。それと同時に、血液が飛散した。
客の悲鳴とともに、例の男がいたテーブルへの視界が開ける。
ホルマジオが細工し、リトル・フィートで小さくして食事に混ぜた爆弾を取り込み、頭部が爆散したようだった。

「一丁上りだな」
「あっはっは!ディ・モールト!」
「帰るぞ、食事は家でゆっくり済まそう」

リゾットの後を追って、遅れないように店を出る。
ちらりと振り返って、男の残骸に思いを馳せた。

─手を出してはならないモノに手を出したからだ。

こうした日々を重ねる度に、自分はこちら側で良かった、と。
心底思うのだった。
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