幕間


憧れの男が、新たな騎士団長に就任した次の日。

見張り番さえも微睡みかける真夜中と夜明けの間頃、部屋の扉が叩かれた。
警戒して扉と一定の距離を保って様子を窺っていると、扉の隙間に白い紙片が差し込まれた。
小さな紙片には、今から三十分後に国王の執務室に来いとだけ書かれていた。
あまり他人に読ませる気のない達筆な筆跡が、それが誰からのメモなのかを物語っている。
灯していた蝋燭の灯でメモを燃やし、寝間着用のシャツを脱ぎ捨て、大急ぎで騎士団用の礼装に着替えて宿舎を飛び出した。
寝静まっている者たちを起こさぬように注意しながら宿舎から庭園を駆け、城内にたどり着く。
大理石のホールに、己の靴音が嫌に大きく響いたような気がした。
慌てて絨毯の敷かれた部分まで移動し、そこでようやく深く呼吸ができた。
目的の場所まで一気に行くことを決め、長ったらしい二階への階段を駆け上がる。
下っぱの己は、余程のことがない限り王家の領域である城の二階に足を踏み入れることはない。
心なしか緊張しながら、玉座の間の隣に並ぶ国王の執務室の扉を叩いた。
微かな音を立てて扉が開き、黒い革手袋をした手だけが中に入るように促す。
周囲に人の気配がないことを確認し、静かに闇の中へ身体を滑り込ませた。

「やぁ、こんな早くに申し訳なかったね、ルイン」
「…クレト様、ですか?」
「新たな騎士団長様もいるよ」

蝋燭の微かな光に目が慣れると、室内の暗がりに溶け込むように立っていた憧れの男に気づいた。
闇に溶け込む男の碧い瞳が、静かに瞬いている。
おめでとうございます、と。
心の底から自然と零れ落ちた言葉とともに、男に頭を下げていた。

「君に素敵な話があってね、早く知らせてやりたくてこんな時間に呼び出してしまったんだ」
「素敵な話…ですか」
「─お前を団長補佐にする」
「団長補佐?」

憧れの男が発した名称が、よく分からなかった。
騎士団長の下には副団長が二人指命される。
すなわち何かあった時に騎士団長の代行を担う役目だ。
副団長を団長補佐と呼んでいるのかと思った。
が、そういうことではないのだろうとも思う。

「簡単に言うなら、彼の右腕だよ」
「右腕…!?」
「彼が真に信頼を寄せ、個人的なものから後ろめたいものまで頼める裏方の右腕ってところかな。彼の目であり、腕であり、足である役目」
「今までと変わりない…と思うのですが」

憧れの男が、今目の前にいる次期国王と彼が何よりも愛する妹姫の為に汚れ仕事に手を染めているのは知っている。
そもそも、彼に気に入られたのは、それに手を貸したことがキッカケだったのだ。

「そう、ただ便宜上の名前を付けただけだよ」
「なるほど…今まで通りで良いということですね」
「君は団長専属だから、副団長よりも上の扱いとする。私も手駒が多い方は心強い。今までよりも、クレアと関わることになるだろう。ただ…間違いだけは起こさないでほしくてね」

和やかだった次期国王の雰囲気が凍りついて、薄闇の中で美しくもゾッとする迫力を持つ笑みを浮かべた。
次期国王はとても深い愛情を持って妹姫を愛している。
何より、彼の右腕である憧れの男と妹を添わせようと画策しているのだ。
妹姫も憧れの男に好意を持っており、彼の方も少なからず特別扱いはしているはずだから、きっと上手くいくだろう。
それが一番信頼できるし、安心できるだろうと思う。
確かに淡く微笑まれれば心奪われそうにはなるが、彼女が誰に恋をしているのかを理解していれば、それもすぐに冷めていく。
せっかく『団長補佐』という己からすれば大変名誉な役目を与えられたというのに、さっきから冷たい汗が止まらない。
ブンブンと無言で頷いて、何があっても絶対に手を出すような間違いは起こさないと二人の男に誓った。
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