幕間


唯一の腹心であるルインを、友人の妹の護衛に任命して数週間。
年が近いこともあるのか、二人は大きな問題もなく良好な関係を築いている。
初めこそ騎士団長以外が王族の護衛につくことを疑問視する声はあったようだが、騎士団長公認であることやルイン自体の能力の高さから、そんな声はすぐに無くなったようだった。
視察の護衛はもちろん、パーティーなどの大きな場面でもルインは彼女の側に付き従っている。
そもそもそれを提案したのは己なのだが、その現状に言い知れぬ不快感を覚えているのは確かだった。

「機嫌が悪いようだね、アレク」
「普段と変わらん」
「あの二人が随分と気になるようだ」

にこりと微笑んだ友人の作り笑いを一瞥し、そのまま無言を返した。
いつもの密会場所─中庭の噴水前で、中庭を散策しているクレアとルインに目をやった。
人当たりの良いルインの振る舞いは、彼女にとっても好ましいのだろう。
彼女の他愛もない幸福を、奴ならきちんと受け止めて反応できる。
己には理解できずとも、奴は正確に理解できるのだろう。
彼女の目は、彼女の隣に立っているルインに向けられている。

「─お似合いだよね」

友人の言葉に、反射的に剣の柄に手を掛けた。
踏み出した一瞬で現実に戻り、引き抜きかけた剣を戻す。
あの瞬間、引き抜きかけた剣で腹心を斬ろうと思った。
彼女を奪われるという思考が、脳裡を埋め尽くしたのだ。
彼女は誰のものでもなく、ましてや己のモノであるはずがないのに。

「少しは自分の感情を理解しようとしなさい。それはきっと良いものを齎すよ」
「……感情?」
「私の揶揄いに、君は怒りを感じた。怒りは殺意を呼んで、今は困惑している。何故怒りを感じたのか、きっとそれが解らないから」

すらすらと並べられる友人の推察は、確かに己の中に渦巻くものを代弁していた。
怒りはあった。
怒りの理由は何なのか。
誰のものでもないはずの彼女が、奪われることに対してか。

「アレク…君はもう少し貪欲になっても良いと思うんだ」
「貪欲?」
「好ましいと思えるものを、もっと手元に残そうとして良いんだよ」
「…オレは十分欲深いさ」

友人が例えるものが、何なのかは予想がついている。
確かに彼女を手にしたいと願うなら、それは随分と欲深いと思う。
国宝を手にするようなものだ。
しかし、己は友人も、友人が愛する者も護ると決めた。
王族を護り、それによって国も救われる。
高々一人の人間がそれを実現させようとすることは、十分に欲深いことだろう。
己個人の情よりも、何よりも貴い友人の願いを選んだ。
ただ、それだけなのだ。
そう理解しているのに。

こちらに気づいた金の瞳が、陽光を浴びてキラキラと輝いた。
振り向いた拍子に蜂蜜色の髪がふわりと広がって、滑らかな光沢が揺らめく。
白い頬をうっすらと朱く染め、柔らかな笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
何度も、何度も。
繰り返して見てきた光景でありながら、心臓が大きく跳ねることが増えてきた。
何度も、何度も。
気づかぬ振りをしてきたが、そろそろ限界なのかもしれない。

それでも。
──彼女が愛おしい、と。
己の想いを認めるわけにはいかないのだ。
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