誕生日


イノベイド達との戦闘から数か月が経ち、世界はようやく落ち着きを取り戻していた。
地域によっては小競り合いは続いているものの、ほんの僅かな介入で事足りている。

「どうした、刹那」
「…ロックオン」
「何か心配事でもあるのか?珍しく浮かない顔してるな」
「いや、たいしたことではないんだが」
「そんなこと言って…あのお姫様の誕生日なんだろ」

先程まで一人きりだった展望スペースに、ライルの穏やかな笑い声が響く。
考えていた内容まで当てられた上に、心配されていたらしい。
昔よりも感情が顔に出やすくなったのか、それとも付き合いの長さ故に読み取られるのか。

「プレゼントでも贈るのか?お前も隅に置けないな」
「…そういうつもりじゃない。それに、彼女とはそんな関係じゃない」
「なら、何を悩むんだ?」

言葉にできているなら、何も悩んでいない。
口下手だけは、なかなか改善されないのだ。
世界の影となった存在が、ようやく目指すべき道を歩み始めた彼女に関わることが良いとは思えない。
関わることで、再び彼女の立場を危うくするような事態を引き起こさないか不安に思う。
何より、俺が誰かを祝福する権利があるのだろうか。

「オレたちが今、世界に干渉するのは控えるべきだと思うさ。だが、誰かへの祝福なら良いんじゃないか?」
「しかし…」
「お前にとって大事な人なんだろう?そのお姫様はさ。ミス・スメラギにプランを考えてもらえばいいさ」
「…すまない」

頼もしい仲間は、片手を上げて通路へと消えていった。
少しだけ頬を緩め、話題に上がっていた彼女を想う。
手元の端末には、皇女の生誕を祝う国民たちが映っている。
誰もが喜びに満ち溢れ、テラスで手を振っている彼女を画面越しに見つめた。
柔らかな笑みが、降り注ぐ太陽に照らされる。

「…マリナ」

護れているだろうか。
貴女が望み続けた平和を。
願い続けた祖国の平穏を。
俺は、護れているか。
貴女に温もりを与えられ続ける俺が、それを誰かに与えることができるだろうか。


昼間の華やかな式典の余韻もあり、王宮内はどことなく浮ついた空気に満たされている。
はしゃいだ子どもたちの笑い声。
一室に置かれた山のような贈り物。
各国からの手紙や、端末を介しての談話。
祝福の言葉は、どれだけ歳を重ねても嬉しく感じる。
眠ることが惜しいとさえ思う空気が、軽い疲労を感じている身体を包んでいた。
こうした日を、穏やかに迎えられるなどと数ヶ月前は思いもしなかった。
世界は、少しずつ、確実に平和に近づいている。

普段よりも遅い時間に私室に戻り、ほっと息を吐いた。
寝着に着替え、テラスに出ようとした時。
何もないはずの窓辺に何かが置かれていることに気づいた。
恐る恐る近づいて確認すると、ケースに入れられた一輪の花と、小さなメモだった。
花は、この土地でよく見られるものだ。
丁寧にケースに入れられているということは、この土地に自生しているものではなく、何処か別の場所で栽培したものなのかもしれない。
ケースに添えられていたメモには、『おめでとう』というとても短い言葉が書かれていた。
それだけで、誰からの贈り物なのか分かってしまった。
思わず、笑みが零れる。

今日は人の出入りが多かった。
もしかしたら、その中に彼も紛れていたのかもしれないと考えると、少し残念だ。
逢いたいと願うほどの関係ではない。
ただ、彼は今も生きているということが分かっただけで嬉しい。

「…私は、この地で生きているわ」

こうして多くの人に祝福され、幸せに包まれて。
貴方も生きて、戦い続けているのね。

手紙というには簡素ではあるが、彼から貰った手紙の返事が書きたい。
けれど、それはできないのだろう。
姿も見せずに訪れたということが、それを物語っている。

テラスに出ることは止め、添えられていたメモを枕元に置いて眠ることにした。
寝台に横たわると、机に置いた花のケースが目に入る。
柔らかな月光が降り注ぎ、花を幻想的に輝かせていた。

閉じた瞼の裏に、彼の背中が見えた。
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