JOJO


血腥さの残る部屋の中には、たった一人の男が立っている。
しなやかなでありながら、引き締まった肉体。
スラリとした体型を際立たせるオーダーメイドのスーツを纏い、品の良い音を立てる革靴を履いて。
頬に跳んだ返り血を無造作に拭い、ゆったりとした動作で煙草に火をつけた。
微かに揺らめく紫煙が、数分前までこの部屋に満ちていた不穏な空気を思い出させた。
薄暗い部屋に一人でいる訳がない。
男の足元には、枯れ木のように干からびた老人達の残骸が転がっている。
男の側をじっと見つめれば、闇に溶け込むようにうっすらと佇む異形の姿が見える。
『ザ・グレイトフル・デッド』
男が手足のように使い、多くの人間を葬った異能。
無数の目が、無感動にこちらを見つめ返す。
その目に責められているような気分になりながら、ようやく室内に足を踏み入れた。

「ペッシ、ペッシ、ペッシよォ~~!!いつまで陰に隠れてるつもりなんだ?あ?いい加減自分で仕事を果たそうとは思わねぇのか?」
「あ、兄貴みてぇに上手く動けねぇから…プロシュート兄貴の手伝いしてるくらいがオレには似合ってると思--」

左側から衝撃が伝わり、視界がぶれて床に転がる。
それから、ようやく殴られたのだと気づき、ジワジワと全身に痛みが広がった。

「いつまでも甘えてんじゃあねぇぞ!!マンモーニが!!さっさと一人くらい殺してみやがれ!!」

泣きたい、と思うことは無くなった。
痛みも、厳しさも何も変わっていない。むしろ、所属直後よりも増している。
それでも。どれだけ殴られようと、蹴られようとも。
いつかこの男に報いたい、と。
そう思えるようになった。

お前の兄貴は厳しい、と。
そんな風に言われることもある。
一番下っぱで、こき使われ、可愛がられて。
個性の強いチームメンバーの中で、一番甘ったれている自覚はある。
そして、教育係になった彼が、短気で理性的で、情熱的な男であることも。
ミスマッチなコンビだという自覚もある。
スマートな彼の足手まといにしかなれない。
それでも、それでも。
彼の背中を追いかけたいと願った。


「ご苦労様。仕事は完了だな。報告書は明日までに頼む」
「報告書はペッシにやらせろ。あのマンモーニ今回も隠れてやがった」
「ペッシ…お前の経験を重ねるチャンスをふいにするんじゃあねぇ。一般人なら殺しやすいだろう。スタンド使いじゃ骨が折れるからな」
「…すまねぇ、リーダー、プロシュート兄貴」

紙の束を抱えて、アジト内に設けられた作業机に座る。
仕事を終えたらしいギアッチョとメローネが近くのソファーに座って、何か言いたげに視線を向けてきた。

「また殴られたのかい?見てるだけで痛そうだ」
「あのじじい短気だかんな」
「ギアッチョも似たようなもんだろう」
「あぁ!?」
「もう痛くねぇんだ。帰って来る前に少し冷やしてきたから」

今日は、簡単な仕事だった。
スタンド能力なしの一般人の暗殺など、本来なら兄貴一人で済む。
人殺しの経験もない役立たずを連れていくより、失敗するリスクは低い。
それにも関わらず、兄貴はどんな仕事にでも連れ出す。
さすがにスタンド使いの場合は、相性を考慮して兄貴の他に誰か一緒に行くことにはなるが、役に立たなくても連れ出される。
ひたすら兄貴の仕事運びを見ている。
見て、覚えて、考えて、実戦する。
上手くいかないことが多く、失敗することがほとんどだ。
詰めが甘い。すぐにビビる。
それでも、見捨てない。
期待しているのだと言ってくれる。
カッコいいと憧れている男がそう言ってくれるなら、そうなりたいと願うのは当たり前のことだろう。

「…ペッシの報告書は汚いが、内容は細かい。よく見ている」
「逃げてる訳じゃあねぇんだ。踏み込んでこれねぇだけだからな。しかし、散々言ってるのに自信がつかねぇのが難点だ」
「お前の言葉はキツいからな」
「ハン!んなこたぁ知ってるよ。けどな、甘やかしてても意味はねぇ。死ぬだけだ」
「厳しくとも、十分伝わっているだろうよ」


たった一人の男の背中を見つめる。
どんな時でも、どんな場所でも。
その背中は、絶対に自分を置いていかない。
いつからか、追いつきたいと思うようになった。
しかし、いつまで経っても、その背に追いつける気がしない。
懸命に追いかけてはいるが、その間にも、前を進む男は歩みを止めない。
ぐんぐんと距離は広がり続けている。
座り込んで、休みたいと思う度に。
切れ長の目をほんの少し細めて、薄い唇をほんの少し吊り上げて、仄かに微笑む兄貴の顔を思い出す。
兄貴が嬉しそうだと、自分だって嬉しい。
だから、追いかけよう。
追いかけて、兄貴のすぐ側で、兄貴が望んだ一人前になろう。

そうして、明日も怒られるのだ。
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