機甲猟兵メロウリンク


懐かしいと思うには凄惨すぎる地獄──惑星ミオイテでの小隊の最期という悪夢をみた。
何度みても、その悪夢をみる度に全身がバラバラに引き千切れるような痛みを齎す。
そして、その悪夢は嗅ぎ慣れた臭いも想起させる。
機械や油、渇いた土砂、硝煙、血。
それらは、今も嗅ぎ続ける臭いだ。
己が選んだ復讐という道に後悔は無い。
尊敬した小隊の名誉の為なのだ。
そこに迷いも無ければ、懺悔も無い。
ただ、殺さねばならない。
偽装された汚名を着せられた我が小隊を、歴史の闇に葬り去った奴らを。


──カタン、と。
耳慣れぬ音がした。
微睡んでいた意識が覚醒し、立てた片膝に押し当てていた顔を上げる。
抱えたまま眠っていた地獄からの相棒である対A・Tライフルを構え、じっと闇に目を凝らす。
闇の中を動くモノの気配を探り、それとは別に複数の気配があることに気づいた。
そして、ふとここがドッパー軍刑務所に向かう慰問団の車両の中であることを思い出した。
途端に、車内に満ちている香水やら化粧やらの匂いを知覚し、ここには見知らぬ女たちが眠っているのだと、己が置かれた現状を理解した。
戦場の臭いが薄れ、華やかな女たちの匂いに包まれている。
その現実に、自然と身体が強張った。
咄嗟にどうすればいいのか判断できなかったからだろう。
落ち着けるために息を吐き出したのも束の間、側に誰かが横たわっている気配がした。
思わず立ち上がり、それから距離を取って窓際へと移動する。
カーテンで閉められた窓からは、微かな月明かりが射し込んでいる。
その光の先で、闇の中に誰かが立っていた。
こちらを見ていた人影は、静かに車のドアを開ける。
車内に射し込む光が増え、その人影が誰なのかが明らかになった。
誰なのか理解したばかりの己に向けて、その人は呆れたように苦笑を浮かべ、闇の中でも白い指先が外を指差した。


「ふふ…っ、一人で何の小芝居をしてたのかしら、坊や」
「…小芝居じゃない。寝惚けていただけだ」
「可愛らしい女性ばかりで、うぶな坊やには刺激が強かった?」

揶揄うような声音で話すのは、奇妙な縁のできた女カード師だ。
星々の煌めく宇宙のような青紫色の髪を束ね、宝石のような光沢を放つ緑色の瞳をしている。
長い睫毛に縁取られた瞳がクルクルとよく動いて、緩やかに弧を描く。
就寝中だったのだろうから化粧はしていないはずだが、艶やかな桃色の唇はしっとりと濡れている。
彼女の唇に視線を奪われた一瞬、背中に電気が走った。
その一瞬の後、腰がざわめくのは何故だろうか。
奇妙なものばかり齎す女カード師から視線を外し、何もない荒野に目を向けた。

「……生まれた時から戦争の最中で、気づけば男しかいない軍隊にいれば、オレのような奴もいるだろ」
「まぁ、そうねぇ…若い子はうぶな子もいるかしら。でも、大概は色ボケてるのよ。軍人なんか皆そうよ」
「…よく分からないが、そう思われるってことは、あんたは綺麗なんだろう」

流暢に話し続けていた彼女が、ふっと息を呑んだ気配がした。
せっかく外した視線を隣に戻せば、大きめの瞳を見開いて、うっすらと頬を染めているのが見えた。
変なことを言っただろうか。
貶すようなことは言っていないはずなのだが。

「ふ~ん…坊やは私に関心を寄せてくれるのね」
「そ…!ういうつもりじゃ…」
「あら、照れなくていいのに。だって私は嬉しいもの」
「…不愉快じゃないのか」

にっこりと微笑むだけの彼女に、それ以上の言葉は出てこなかった。
彼女と言葉を重ねる度に、そわそわと落ち着かない気持ちだけが増していく。
この女カード師は、よく分からない。
復讐の旅路を歩み始めてから、気づけば彼女は協力者になっていた。
一緒に食事をして、標的の情報を提供してくれて、時々年上ぶって説教じみた言葉をかけてくる。
彼女が何を思って協力してくれるのかは知らない。
知らないままで良いはずなのに、そのままでいることに嫌気も差す。

「そういえば…坊やはあんまり笑わないわねぇ」
「……」
「顔は良い方だし、折角なんだからもう少し笑ってみたら?」
「面白くもないのに笑えない」
「愛想は大事よ。友好な関係の第一歩だもの。油断も誘えるしね」

そう言って片目を瞑って微笑む彼女には、打算があるようには見えなかった。
真っ直ぐに向けられる笑みは、胸の奥底を揺さぶる。
不思議な感覚だ。
嫌悪感は無い。
気恥ずかしいような気がする。
彼女の笑みはすべての思考を消し去って、かける言葉は思い浮かばず、じっと見つめ返すことしかできなかった。

暫く夜の荒野に身を晒し、大きく伸びをした彼女が欠伸を零した。
思わず見てしまった彼女の無防備な姿に、一度大きく心臓が跳ね上がった。

「ん~…ようやく眠たくなってきた。中に戻りましょ」
「あぁ」

もう少し夜風を浴びて、普段よりも熱を持つ頬を冷ましていたかったが、彼女に促され、仕方なく居心地の悪い車両の中へと戻ることにした。
さっきまでと同じ位置に座って、壁にぴったりと身体を寄せた。
邪魔にならないように対A・Tライフルを抱える。
闇の中から己の上に影が落ちたことに気づき、顔を上げた。
その先に、眠ると言っていたはずの彼女が立っていた。
屈んだ彼女の顔が近づいて、細い指先が額を掠める。
何を、と問う間もなく、温もりが額に触れた。

「おやすみ、坊や。いい夢を」


何をされたのかが分からぬほど子どもではない。
それから、どれだけ時間が経ったかは知らない。
相変わらず顔が熱を持っている。
あぁ、熱い。
微かな熱の触れあいだったのに。
時間が経てば熱も冷めるかと思っていたが、忘れがたい感触が何度も甦る。
そんなことでは熱が冷めるどころか、ますます熱くなるだけだった。
こちらの悩みに気づくこともなく、とうに寝息を立てて眠っている彼女を半ば忌々しく思った。

「…クソ…っ、眠れないじゃないか…っ」

ぐらぐらと揺さぶられる心臓が、いつまでも五月蝿く拍動している。
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