七つの大罪

一人で眠るには広く、二人で眠るには少し狭いベッド。
そこに横になって、遥か昔から愛おしい少女と夜を過ごす。視界いっぱいに広がるエリザベスの健やかな寝顔。幼さを残した無防備な寝顔を晒す少女を、夜闇の中でじっと見つめているのが好きだ。
ただ愛おしいという気持ちが溢れる。好きで、好きで堪らない。彼女が自分のすべてだ。

「……メ…ス、…ま」

穏やかによく眠っていたエリザベスの顔が、急に歪んだ。苦しそうに紡がれる言葉が気になった。零れる呟きを聞き取ろうと、そっと口許に顔を寄せる。

「メリ…、ス…さま」
「…俺か?」
「……メ、リオダス…っ」

ードクリ、と心臓が脈打った。
懐かしい声と同じ声が、『メリオダス』と俺を呼んだ。エリザベスは、俺をそう呼ばない。呼んでいたのは、記憶の中の彼女だ。苦々しい記憶が蘇り、一瞬身体の奥底で魔力が暴走しようとする気配を感じた。何度か深く息を吐き、極力抑えた声で彼女を呼んだ。

「…エリザベス」
「…ん、」
「大丈夫か?」
「…え、メリオダス様…?」

寝惚けているのか、状況の把握が鈍い。無意識に零している雫を、そっと拭った。うっすらと汗を浮かべ、切なそうに瞳を細めた。

「なんか怖い夢でもみたのか?」
「あ…覚えていなくって…でも、メリオダス様が出てきました」
「そっか」

安心させるようにニッと笑いかける。嫌なことや恐怖を覚えていないならそれで良いと思ったのだ。しかし、少し恥ずかしそうに口を開いたエリザベスに気づき、また笑って先を促した。

「…メリオダス様も、夢をみて泣くことはありますか…?」
「んー?どうだろうなぁ」
「ふふ…ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」

困ったように笑って誤魔化したエリザベスに笑い返しながら、本当はもっと別な風に訊きたいんだろうな、と思った。
ー誰かを想って、泣いたことがあるのか。
そう訊きたいんだろうなと感じた。

覚えている涙は。
冷たい雨の中、熱を失っていく彼女の身体を抱き締めたあの時。頬を伝った、あの熱い雫。
それきり、涙は枯れてしまった。誰かを喪って流す涙など、必要ない。
ぽっかりと大きな穴が穿った心をさらに広げ、傷口を化膿させるような塩水など必要ないのだ。

二度と、そんなことはさせない。この手で、きっと、必ず守り抜いてみせる。
そう何度も誓っては、叶わずに悔しさや無力さを噛み締めてきた。

どれだけ絶望しても。それでも。
お前の涙は、いつも綺麗に見えるんだ。
泣かせたくなくて、必死になっているのに。

「ー俺は笑顔の方が好きだな、エリザベス」
「…!」
「だから、笑っててな」
「はい…っ」

距離を詰めて満面の笑みを浮かべるエリザベスの目元を優しく撫で、子供をあやすように、さらさらとその美しい髪を梳く。この手触りが懐かしく、そして愛おしい。

「おやすみなさい、メリオダス様」
「ん、おやすみ」

ほら、やっぱり笑顔の方が似合っている。
優しいお前は、これからもたくさん泣くだろう。けれど、その時は俺が拭うよ。

その涙が、俺の為だと感じさせてほしい。
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