キャプテン翼


「なぁ、翼」

いつもより真剣な親友の声音に、部内で何か重大な問題が生じたのかと身構えた。その後に肩透かしを食らうと分かっていたなら、もっと気楽に受け止めていたのに。

「どうしたんだい、石崎くん」
「お前、少しは気になる女子とかいないのか?」
「…そうだねぇ」

石崎という男は、各クラス、果ては各学年にいる可愛いと称される女子については、校内随一詳しい男だと言っても過言ではないと、最近になって思い始めている。
どこからそうした情報を仕入れるのだろう。
自分で直接確かめに行ったりするのだろうか。
していそうだと、考えてからすぐに結論を出してしまった。

「いいか、翼」
「うん」

ロッカーに荷物をしまい、サッカー用に身支度を整えながら、隣で常になく真剣な親友を見やった。

「お前は女子にモテる!彼女の一人や二人、三人…それ以上いたっておかしくはない!」
「そんなにいたら、最低な奴じゃないかい?」
「なのに!お前というやつは!分かりやすいくせに鈍感過ぎる!」

小学生だった頃よりも、恋愛という点に関してはうるさく言われるようになった。
そして、お節介にも恋をしろとうるさいのは石崎以外にさらに増えている。
来生であったり、井沢であったり、滝であったり…。
同学年、そしてサッカー部所属。すなわちサッカー部三年生だ。
自分たちの恋愛は大丈夫なのだろうかと、関係もなく心配している。

サッカーを続ける中で、勝利し続けることで、さらにライバルが増えることは嬉しい。
注目されることで、経験できなかったことや新しい刺激、思わぬ機会をもらえることも嬉しい。
ただ、何も知らない人たちにキャーキャー騒がれることが増えたのは、ほんの少し煩わしいと感じてしまう。
浮わついた感情を向けられるのも好ましくない。
そんな軽々しい感情に基づいてサッカーを続けているわけではないのだから。
尊敬する、憧れの男に追いつきたくて藻掻いているのだ。

だから、そういうのを跳ね除けるには、いっそ特定の相手を作ってしまえと、そういうわけで今まで以上にうるさく口出しされているのだろう。

「そんなこと言われたって、俺には…」

恋愛なんて分からないよ、と続けようとして、おかしなことを言われたことに気づいた。
―分かりやすくて、鈍感?

「…どういうことさ」
「っだぁ~!!じれったいんだよぉ~!!お前たちの関係がっ!!」
「お前たち?」
「そのキョトンとした顔が憎らしい~!」

見事に整えられた坊主頭を抱えて、何故だかめちゃめちゃに怒られた。
逃げ出すように部室からグラウンドまで駆け出して、ボールを一度高く蹴り上げ、ようやく深く息を吐き出した。
落ちてくるボールの向こう側に、乾かし終わったらしいタオルの山を抱えたマネージャーと目が合った。

「一番乗りは翼くんね」
「マネージャーも早いね、もしかして俺より早かった?」
「ほんの少しだけよ」

クスクス笑うと、腕に抱えていたタオルの山から一本だけ引き抜いて渡してくれた。練習前から冷や汗をかいていたせいで、このタオルがとてもありがたい。

「休憩入れたら、テーピングやってもらっていいかな?」
「もちろん!」
「ありがとう!」

ちらほらとグラウンドに集合する部員の姿を眺めながら、翼ー!と声を上げて追いかけてくる石崎の姿を見つけ、急いでボールを蹴って逃げた。クスクスと笑うマネージャーの声を背に、ようやく午後の部活が始まった。


「30分休憩したら、このあとは先週の試合の振り返りをするぞ」

監督の言葉に、どこかホッとした空気が流れる。
ここ最近は下級生の練習もレベルアップしていたため、今日はこのままハードな練習が終わることに安心しているのだろう。

部室に戻り、着替える前にマネージャーにテーピングをお願いする。
細い指が、丁寧かつ手速くテーピングを施していく様子を日課のように飽きずに見つめていることに、部員たちに指摘されるまで気づいていなかった。
先日それを指摘されたのを思い出して他の所に視線を向けた時、
ちょうど着替え終えた来生と目が合った。ふと何かを思い出したかのように、ニヤリと笑った。

「なぁなぁ、翼!昨日の昼休みに告られてたろ!」
「え、…うん」

何で知っているのだ。
誰にも言ってないはずなのに。

「同じクラスの奴がそんなこと言ってたからさ。あ、答えはどうなったかなんて知ってるから、言わなくていいぜ!」

早く支度済ませて視聴覚室来いよ!と嵐のように去って行った来生を呆然と見送り、気づけば二人きりになっていた。無言になってしまったマネージャーに何かを言わなければならない気がして、懸命に言葉を紡いだ。

「…さっきのやつなんだけど、ちゃんと断ったんだ。だから、大丈夫だよ」

何が大丈夫なんだ。
何に対しての弁明なのだろう。

「うん、そっか」

少し笑顔を見せたマネージャーに、ほっと息を吐いた。


「さて、始めるぞ」

遅れて視聴覚室にたどり着き、全員が揃ったことを確認した監督の言葉によって、マネージャー達が準備をしていてくれた録画が再生される。
前半、後半それぞれで一度止められ、試合運びや得点し損ねた際の振り返りなどを各々で意見を出して、そこから各自の課題に繋げるのだ。
ゲームメイクの上でどうやってメンバーを使うか、どんな指示を出せばいいのか。
そんなことばかり課題が積み上がっていく。
簡単なメモだけ取り、興味本意で隣に座っていたマネージャーの手元をちら、と覗きこんだ。

「…やっぱり目が良いね」
「……盗み見はダメよ、翼くん」

怪我をしそうな場面、怪我をしただろう場面。
数人の名前が書かれていたが、圧倒的に自分の名前が書き込まれ、つらつらと注意点も添えられている。

「これを見たなら、もう少し注意してね」
「あとでメモ取らせて」
「何をこそこそやってるんだ~、お二人さん!」
「マネージャーからのアドバイスをもらってたんだ」
「お前らな~、デートの約束でもしてんかと思ったぜ」
「す、するわけないでしょっ」


一時間ほどで反省会は終了し、それぞれ帰路に着くのを見送って、一人だけこっそりとグラウンドに戻った。
反省を思い出しながら、ボールを蹴ってグラウンドの中を駆け回る。

「翼くん」

声に惹かれて急に止まったせいで、珍しくボールが足から離れた。

「走るならテーピング確認した方がいいんじゃない?」
「あれ?マネージャーも帰ったんじゃないの?」
「翼くんが残るだろうなって思ったから」
「そっか、ありがとう」

ベンチに腰掛けて、再び足首を確認してもらう。
誰もいないグラウンドは静まりかえり、交わす言葉も少ないせいで、ひっそりとした空気に包まれる。
それでも、この静かな空間が心地よかった。
気になるかどうかは判別つかないが、マネージャーと一緒にいる空間は好きだ。
だから、誰かと付き合うつもりはない。
彼女と過ごす時間の方が楽しみだ。

―残念ながら。
それが恋なのだとは思い至らないのだった。

そんな様子を帰ったと思わせた部員たちに見られていたことにも気づかず、しばらくネタにされることも想像できていなかった。
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