ドラゴンボール

なんてズルくて、温かなんだろうと思った。
それはとてもーあなたに似ている。


「お母さん、今日の夕飯は何にするの?」
「そうだな…畑仕事手伝ってくれたら、悟天ちゃんの好きなもんにするべ」
「ほんと!?僕、お手伝いする!だから約束ね!」
「はいはい」

悟天の小さな小指と、チチの細い小指。それがぎゅっと絡められ、ニコッと悟天が笑うと、その小指が離された。

「なぁ、チチ」
「ん?」
「あれ、何やってたんだ?」
「あれ?あぁ、悟天ちゃんとのだべか」
「そうそう」

小指なんて絡めてどうするんだろうか。甘えたいなら、ぎゅっと抱きつけばいいし、小指なんかより手を握った方が落ち着く。会話から判断して、勝負事でも無さそうだし、約束がどうとか言っていた。

「あれはな、指切りって言うらしいだよ」
「指切り!?チチ、おめぇ指あんのか!?」
「ちゃんとあるだよ、物騒な名前だべ。約束する時にやるんだと」

チチには散々約束させられてきた。そして、そのほとんどが守れていないが、そんなこと一度もさせられなかった。 知らぬ所で、自分以外とはやってきたんだろうか。

「悟天ちゃんがな、ブルマさの家で見たんだと。トランクスとブルマさがしてるの見たらしくて、やってみたいって言って、それからこうだべ」
「…チチは、知らなかったんか?」
「おらも知らなかっただ、都の方の習慣なんだべか。知ってたら、悟空さとたくさんしてたのにな」

そう言ったチチが、ほんの少しだけ寂しさを滲ませて笑った。だから、グッと胸が詰まった。あの時の選択を、後悔はしていない。ただ、悲しませるのは嫌だった。

「オラだったら、指なくなっちまうな」
「ふふ、悟空さは嘘つかねぇけど、約束なんて全部忘れっちまうから。まぁったく、ほんとにしょうもねぇ旦那様だべ」
「ははっ」

夕飯は約束通り、悟天の好物が並んだ。と言っても、だいたい家族の好物はかぶっているものが多いから、結局みんなの好きなものが並ぶことになるのだ。
夕食を終え、あれやこれやと片付けて寝室に入れば、そこは夫婦だけの、二人っきりの時間となる。家族との時間も好きだが、チチと二人だけの時間も好きだ。
 
「なぁ、チチ」
「どうしただ?悟空さ」
「オラも、チチと指切りしてぇ」
「は?」

怪訝そうに自分を見る妻に、ニコッと笑った。深い意図は無い。ただ何となく羨ましいと思った。

「オラも指切りしてぇ」
「悟空さとやったら、おらの指がほんとに無くなっちまいそうだべ」

カラカラと笑うチチを、拗ねたように頬を膨らませてジトッと見る。大事なものを自分で傷付けるほど馬鹿じゃない。この七年間、一応反省はしてきた。

「そんなヘマしねぇ」
「しょうがねぇ困った旦那様だ」

呆れたような、けれど愛おしそうに微笑むチチに、悟空もパッと太陽のような笑みを返した。

「んで、どうやるんだ?」

そっと差し出した小指に、武骨な彼の小指が絡められた。もしも再び会えたなら、言いたいことも、怒鳴ってやりたいこともたくさんあったけれど。この熱を感じられるだけで、何処かに消えてしまった。
 
「針千本飲ますってのが普通の流れらしいけんど…悟空さなら余裕そうだべ?胃袋頑丈だし」
「オラも針は飲めねぇ…と思うんだけどなぁ…」
「もっと効果のあるもんが良いべ」

夫婦の営みとは違う意味でドキドキする。これは冷や汗が流れてもおかしくない緊張だ。どんな罰を受けるのかと、バクバクと心臓が五月蝿い。

「決めただ。約束破ったら、一生メシ作ってやんねぇだ」
「いぃー!?そりゃねぇよ~!」
「これくれぇ効果が無くちゃ駄目だべ。で?悟空さはおらにどうするだ?」
「オラは、別にチチにすることなんかねぇよ。チチはぜってぇ約束忘れねぇし、守ってくれっから」

結婚してからずっと。約束を破るのは自分ばかりだ。
だから、これから約束するならば。

「オラ、もう絶対チチのこと悲しませねぇ」

きょとんとしたチチが、可笑しそうに笑った。信じていないのだろう。それでも、多分ちゃんと覚えていてくれる。破ったら、きっと盛大に怒られるだろう。

「馬鹿だなぁ、悟空さ。おらんとこに帰ってくるなら、何でも許すだよ」

うん、と頷いて、唇を重ねた。いつか破ることになっても、この約束は本気なんだと、少しでも伝わればいいと思って。
 
折角、自分の弱点を突いて約束させるチャンスなのに。結局彼女は優しくて、けれどズルくて。ずっと、自分の心を掴んで離さない。

泣かせない、と約束出来ないから。
代わりに、悲しそうな、寂しそうな顔はさせないから。

絡めていた小指を解いて、今度はきつくお互いを抱き締めよう。
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