ドラゴンボール

時間の概念のない世界は、とても静かで自由だ。
どんなに修行していても怒られないし、自分の好きに動いていられる。ただ、ひとつだけ不満があるとしたら、あまりメシが美味くないことだ。

「腹減ったなぁ、界王様!メシ、メシ!」
「んもぉ、五月蝿い奴じゃなぁ。死人がメシなんて食う必要ないじゃろうが」
「んなこと言ったってよ、腹減るもんしょうがねぇだろ?」

ぶつぶつ小言を言いながらも大量のメシを用意してくれる。なんやかんやと世話になりっぱなしだ。サンキュー!と言って、早速胃に流し込んだ。

「なぁ、界王様」
「なんじゃ」
「オラ腹減ってんだよな」
「さっきあんだけ食っておいて…!?」
「んー…食ったのにさ、なんか足らねぇんだよ」

何が物足りないのか、さっぱり見当が付かない。
まぁ、いっかと笑い飛ばして、修行に打ち込むことにした。

もっと強くならなければ。もっと強い奴はゴロゴロいるのだから。想像するだけで、とてもワクワクする。ワクワクはすぐに興奮へと変化していく。けれど、心臓の辺りに一瞬鋭い痛みを感じた。

「?」
「うほ?」
「ははっ、何でもねぇさ」

基礎から応用まで一通り確認。幼い頃から身体に叩き込んだ型。気の質を高め、効率の良い抑え方を模索したり。独自に色々改良したり、新たな技を作ったり。そして、今持っている技のひとつひとつの質を高めていく。

「あ、あれやろっと!」

精神を静め、気を高める。
リミッターの外れるような、何かに呑まれる錯覚。
パン!と気が弾けたときには、あの黄金に輝くオーラを纏っている。

「ふぅ…」

金色に染まった逆立つ髪。翡翠の凍てついた瞳。
そして、絶対的な自信を感じさせる不敵な笑み。

「悟空さっ!!」
「!?」

ビクリ、と一瞬体が跳ねた。
耳に木霊する、甲高い声。彼女だけの、自分の呼び方。
愛しさすら感じる怒りを露わにした声音が聴こえた。

「チチ!?」
  
バッと振り返った背後に妻などいるはずもなく、そこにいたのはバブルスだった。自分が驚くほど酷く落胆したのを感じた。
 
「…あぁ、そうだよな」

おめぇは怒るな。
この俺の姿が嫌ぇだもんな。絶対に許してくれねぇよな。
ー物足りないのは、妻がいないからだ。

「不良は嫌ぇだ!」

そう言って、可愛いはずの悟飯にも怒っていた。
けれど、最後の最後は許してくれていたのが、とても嬉しかった。

あの九日間は、贖罪の九日間だったのだろう。

ずっとほったらかしにしてきたから。
彼女との可愛い息子を戦場に連れていく自分の身勝手さと。
それでも強い奴と戦えることにワクワクしていた愚かさと。
死ぬことも覚悟していた自分の未熟さと。
彼女の優しさに甘えていた自分。
それでも、まだまだ足らなかった。
帰るつもりだった。帰れると、疑いなく信じていた。
ただ、皆が自分と違うことを忘れていた。あんなに一緒に修行をしていた息子である悟飯のことも分からないなんて、父親失格だろう。

だから、死んだ。
 
生き返ることも拒否して。
こんなところに居て。
あぁ、今更後悔して。

「…腹減った」

腹が減った。飢えている。何に、飢えている?
あぁ、チチのメシが食いてぇな。
腹いっぱいに食いてぇな。
心臓まであったまるような、あのメシが。誰にも作れない最高に美味いメシが。
 
「…チチ」

地球まで、あんなに遠いなんて。
でもな、瞬間移動が使えるから、すぐに行けるんだぞ。
すぐに会いに行けるのに。どうして、行けねぇんだろうな。

「死んでるんだもんな」

死ぬってのは、もっと祖父ちゃんになってからだと思ってたんだけど。上手くいかねえもんだな。
 
「悟空ー、ほれ、メシだぞ~」
「…いらねぇ」
「は?」
「いらねぇ」

気が乱れる。荒ぶって、大きく歪んで弾けた。

「オラ、メシいいや」
「…お前、泣いてるのか?」

目から、水が一滴落ちた。
 
(…しょっぺぇ)

チチのは、そんなことなかったのに。悟飯だってそうだったのに。
 
「修行するからさ、メシいいや」

また気を高めて、彼女の嫌いな不良姿へ。
 
これでなら、もっと強くなれるんだぞ、チチ。
オラ、もっとカッコよくなるだろ。
おめぇ、喜んでくれてただろ。
オラも、おめぇが嬉しいと嬉しかったんだ。

結局、すべて手放したのは自分。
溢れんばかりの愛を与えてくれていた彼女の大切さに気付いたのは、死んでからだ。
 
あぁ、だから。
この俺を叱ってくれよ。いつも通りに怒ってくれよ。
馬鹿!って、この愚か者を殴りにきてくれよ。

ー今度こそ、絶対に離さないから。
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