ドラゴンボール

静かなパオズ山が更に静まる夜を迎えた頃。
 
「てやぁぁぁっ!」

と、盛大な気合の入った声が響き渡った。

 
人里離れ過ぎている孫家の中では、チチがリビングで戦争のような夕食の後片付けをようやく終えて一息つき、悟飯が自室で勉強に励んでいる時だった。

「なんだべ!?」
「どうしたんですか、母さん!?」

慌ててリビングに現れた悟飯が、母親の側に駆け寄りながら、ざっと周囲の様子を感じ取る。悪意のある気はない。あるのは、先程風呂に入った父親と弟の気だけだ。

「…え、まさか…」

嫌な予感ほど当たるものはない。急いで元凶のいる風呂場に向かい、そして元凶の名を呼んだ。

「お父さん!悟天!」
「よっ、どうした?悟飯」
「どうしたの?兄ちゃん」

瓜二つの親子の楽しそうなけろっとした表情と、後ろに広がる所々汚れていたり欠けている風呂場を見て、一瞬、真面目で秀才の長男は、意識が遠退きかけたのだった。

「息子と風呂場で何してるだ!また風呂壊す気だべか!?」
「あははっ、いやぁ!悟天の奴また強くなってんなぁ!」
「そんなことは分かってるだ!何してたのか聞いてるだよ!!」

いつも通り妻に怒られる悟空。ずっと変わらない妻が愛しいのと、まだまだ強くなっていく息子に触発され、さらに強くなりたいというワクワク感から随分と楽し気だ。元凶の片割れである悟天は、苦労性の兄に髪を乾かしてもらいながら、うずうずと興味津々の顔で兄を見つめていた。

「何だい、悟天?」
「あのね、あのね!」
「うん、ちょっと落ち着こうか」
「兄ちゃん、お腹触らして!」
「は?…うん、別にいいけど…」
「ほんと!やったぁ!」

服の上からぺたぺたと腹を押し、ぱぁっと顔を輝かせた。

「兄ちゃんも凄いね!硬いや!」
「??」

弟の行動に謎だらけの悟飯は、とりあえず思考を整理する為に全員分のお茶を用意することにした。夫婦喧嘩の方も決着がついたようだ。

「はい、母さん」
「はぁ…ありがとう、悟飯。本当に優秀な子だなぁ」
「お母さん、僕は?」
「悟天ちゃんはな、元気いっぱいで可愛いだよ」
「んじゃ、オラは?」
「ダメ亭主だべ。明日は一日メシ抜きにしてやるだ」
「んなこと言うなよチチ~!わりかった!反省してっからっ!」  
    
ぷい、とそっぽを向いた母に、地球を幾度も救った英雄はなんとも情けない顔で謝り続ける。最強の英雄も、妻にだけは敵わないらしい。まさしく、それが僕らの父と母であるのだ。

「んで?結局風呂場で何してただ」
「いや、悟天がな」

何度見ても父親は大きく、立派で、強い。
無駄のない筋肉でできた鋼を超えたような肉体。誰も敵わない溢れる力。
憧れる。そして、不思議に満ちている。

「お父さんの身体って硬いね!」
「そうか?」
「兄ちゃんより硬い!」

ぺたぺたと腹の辺りを押してみる。少しの力ではびくともしない。けろりと笑う父が悔しくて、試しに軽く握ってパンチしてみた。

「そんなんじゃ父ちゃんは痛くねぇぞ~」

少しずつ握る力を強くしていく。パンチに重みが増していくが、それでも父はにこにこと笑ったままだ。そして、つい気合を入れて突きを繰り出したのが、さっきの騒動になったわけである。

「お父さんね、ぜんぜん僕のパンチ効かないの」
「もちっと上手く気のコントロールができねぇとな」
「風呂場でやるでねぇだ…」

はぁ…とため息を吐く母の膝を陣取った悟天は、そのまま父や兄にやったように、ぺたぺたと母の腹を押してみた。

「お母さん、柔らかーい!」
「体重は変わってねぇだよ!?一応修業はしてるだ!」
「どれどれ?」

どさくさに紛れて父も参加し、固まる母の腹をぺたぺたと触る。

「ほんとだ、ぜんぜん変わってねぇな!さっすがオラのヨメ!」
「一応これでも武闘家だべ、当たりめぇだ…!」
「…でも直に確認してぇなぁ…」

ぽつりと零れた父の呟きに、飲んでいたお茶を噴き出した。その勢いでいくらか気管に入ったのか、ゲホゲホと咳き込む。
 
「悟飯!?」
「大丈夫です…」

欲求に素直なのはずっと変わらない。淡白そうに見えて、ちゃんと妻のことは求めているのは知っている。
けれど、けれども。
一応思春期の息子なんですよ、父さん。

「お母さんは、柔らかくてあったかくて気持ちいいね」
「だよなぁ~、チチは最高だな!」
「…いいから触るのやめるだ、悟空さ」
「ちぇ~」

仕方なく手を離す悟空。一方悟天は、ご機嫌に母のお腹に顔を埋めた。
 
「明日はお母さんとお風呂に入る!」
「そうけ、いいだよ」
「んじゃ、悟飯はオラと入るか?」
「えっ!?」
「でもお父さんとも入りたい!」

入りたい、とは思う。しかし、恥ずかしいというか照れくさい。もう一緒に入るような年齢ではなくなってしまったのだ。けれど、一緒に入っていた子供の頃が懐かしい。

「んじゃ四人で入るか!」
「うん!そうする!」
「そりゃいいだな、明日は賑やかだべ」
「え、ま…っ」

このままいけば、確実に明日は四人だ。厳しくしっかりとした母ではあるが、意外と悟空や悟天のように天然だと思う。いや、確実にウチは天然だ。
何故なら、明日四人で入っている図が想像できてしまう。
僕も結局、家族全員で居られることが嬉しいのだ。

そうして、今夜も楽しく幸せに一日が終わっていく。
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