ゴールデンカムイ

少女の手から矢が放たれ、獲物を仕留める。慣れた手つきで皮を剥ぎ、丁寧に肉や骨を切り分ける。見惚れるほど鮮やかな一連の流れを、じっと傍で眺めていた。

「よし、まだ陽も高いし街に近いから、余った皮を売りに行こう」
「そうだね、白石に留守番させておこうか」

狩りの成果を路銀に換金し、少しばかりの酒も買った。用が済めば早く小屋へと戻りたいと思う。不用意に街中を歩くのは第七師団に見つかる危険が高いため、あまり長居は出来ないからだ。さらに、街中ではアイヌの少女であるアシリパは目立つ。興味本位で眺めるだけならまだしも、欲に眩んだ目を向ける輩もいるのだ。不愉快さに触発され血が滾って、ふつふつと戦意が湧き上がってくる。

「杉元、落ち着け。慣れていると言っただろ」
「…それは慣れる必要なんてないんだよ」

立派にアイヌとして生きている彼女を、蔑まれる理由はない。一人で清廉に生きている誇り高い少女を、何も知らない奴らに馬鹿にされるのは胸糞悪いのだ。

「しようのない奴だな…」

ん、と差し伸ばされた手に首を傾げた。見上げる青い瞳は、陽に透かされて宝石のようにキラキラと輝いている。何度見ても綺麗な瞳だ。

「手を繋げ」
「え?」
「片手が塞がれば、少しは殺気も落ち着くだろう。無闇に威嚇をするのは良くない。必要のない争いは避けるんだ」
「…分かってるよ、アシリパさん」

苦笑いを返して、小さな手を包んだ。白く細い、そしてしなやかな指先がぎゅっと握り返してくる。添い寝をしているよりも直に熱が伝わる。荒ぶっていた神経が落ち着いていくのを感じた。

「アシリパさんの手は小さいね」

矢を射ることも、動物を捌くことも、調理をすることも。すべてこの小さな手が行っているのだ。子供らしい未熟な手。そして、人を殺したことの無い綺麗な手。

「杉元の手は大きい、アチャと同じくらいだな。ん、手にも傷痕があるのか」
「防御したりするからね。でも身体よりは割と綺麗なもんだと思うよ」

少しばかり街中を探索してから、ようやく今晩の小屋に戻ることにした。残念ながら、新しい刺青人皮の情報は手に入らなかった。

「留守番できたか、白石」
「もうお腹ペコペコだよ~~早く夕飯にしよ」
「お前も手伝え」

薪を集めて、消えかけていた火を強める。今日の狩りの成果をオハウにして、その香り立つ匂いに腹を刺激される。うっかり腹が鳴ってしまったが、その後にすぐアシリパの腹も鳴り、白石の腹も鳴った。賑やかな笑い声に包まれながら夕食を進め、気づけばすっかり夜も更けていた。寝支度を整えながら、明日以降の進路を相談したり、他愛ない雑談をして夜を過ごす。留守番代としての酒をすっかり飲み干して、白石は既に眠りに落ちている。おねむの時間になり、眠そうに目を擦るアシリパを自身に寄り掛からせ、パチパチと爆ぜる火を眺めた。

閉じた瞼の下にある青い瞳、白くて細い手、艶やかな黒髪、ふっくらとした柔らかな頬や唇。
ー改めて思い返すと、綺麗なもので構成された可愛らしい少女だと思った。人の血を知らない身体だ。爆撃と銃弾と絶叫の、血の雨が降る大地を駆け抜けた身としては、酷く無垢な存在だ。

もぞりと動いたアシリパの体が後ろに傾ぎそうになったのを受け止め、傍に横たえた。火の始末をし、毛布を取り出してアシリパに掛ける。その隣に横になり、すっぽりと腕に収まってしまう体を抱き寄せた。不思議とぴたりと己の体にはまる感じが好きだ。戦争で欠けたものが、己の体に戻ってくるように錯覚する。

「おやすみ、アシリパさん」

綺麗な少女。人としての生き方を思い出させてくれる人。
誰にも手出しはさせない。俺が、この手で。必ず何からも護り抜いてみせる。

ヒンナヒンナと食事を頬張る無垢な笑みが、いつまでも脳裏にこびりついていた。
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