聖闘士星矢


初めて見た時から、優しい子だと思った。
この厳しい環境の島には似合わない、繊細な印象だった。

「…ジュネさん」
「私のことは気にしないでゆっくり休みな」

腕に巻いている途中だった包帯を巻き直しながら、虚ろに開かれた瞼を閉じてやる。
疲労と怪我から来る痛みが強いのか、浅い呼吸を繰り返す瞬の額をタオルで拭う。
自分と彼以外に身近な聖闘士見習いがいない環境の中では、自然とお互いの世話をし合うようになった。
そんな日々を重ねているうちに、彼がまるで少女のような線の細さと顔立ちをしていた頃から、気づけばあっという間に時間が流れていた。

「…逞しくなったね、瞬」

くりっとした大きな瞳に、穏やかな光を湛えて。
癖のあるふわりとした髪を揺らして。
何も知らない幼子は、僅かばかりの荷物を抱えてこの島に降り立った。
彼を初めて迎え入れた時の、師であるダイダロスの祝福とも哀れみとも取れる複雑な表情が懐かしい。

細かったはずの体は、しなやかな筋肉を身に纏っている。
日焼けを知らぬような真っ白だった肌は、うっすらと日に焼け、幾つもの傷痕が残っている。
特に、己の身体の一部のように鎖を扱えるようにするために鎖を絡めておく腕は、常に傷だらけになってしまう。
成長するにつれ、少女のような可憐さを纏いながらも、一人の少年として変化し続けている。
先輩として彼よりも先にこの島で暮らしてはいるが、後輩である瞬の方が聖闘士としての高い実力を身に付けている。
それを悔しいと思う気持ちが無いと言えば嘘にはなるが、それよりも心配する気持ちの方が強い。

そう遠くない日には。
彼は、このアンドロメダ島に伝わるアンドロメダの聖衣を授かるのだろう。
死と隣り合わせの過酷な試練を乗り越えて。

…師の話では、女神の坐す聖域に、近頃不穏な動きがあるらしい。
聖闘士として認められたなら、その不穏な騒動に巻き込まれるかもしれない。
そして、聖闘士の役目は、来るべき聖戦において女神と共に地上の為に戦うこと。
先の聖戦では、ほぼすべての聖闘士が散ったと言う。
聖戦とは、それほどまでに厳しいものなのだ。
だから、聖闘士として彼も戦うならば──
嫌なことばかり考えるようになってしまった。
ぶんぶんと頭を振って、不穏な思考を追い払う。
疲れているのだろうか。
日々の鍛練をこなし、彼の世話をして。
師と共に不穏な騒動の心配をして。
ずっと。
彼の行く末ばかりを気にかけている気がする。

「……こんな気持ちは、」

きっと、彼が好きなのだ。
けれども、それは伝えてはならない。
聖闘士を目指すのは自分も同じこと。
女が聖闘士になるには厳しい掟があるのだ。
この気持ちを捨てることはできないが、一人で抱えているのは許されるかもしれない。



「─ジュネさん、休んでください。僕はもう大丈夫ですから」

突然響いた瞬の声に、ハッとした。
手当てを終えて、そのまま眠ってしまったらしい。
心配そうにこちらを覗き込む瞬の眼差しに気づき、慌てて体を起こした。
起こしてくれた礼を言い、部屋に戻る前に再度傷の具合を確認する。

「ありがとうございます、ジュネさん」
「無理するのは良くないからね。痛むならちゃんと言ってちょうだい」
「はい、大丈夫です」

元気に返事をした瞬が、にこりと穏やかに笑う。
その笑顔を見るたびに、彼がいつも笑顔でいることを悲しく思う。

「…瞬」
「ジュネさん?」
「辛いなら、悲しいなら…泣いていいんだよ」
「でも、男なら泣くなと言われているのに…」

この優しい少年が、いつまでも穏やかに笑って。
悲しい時に、素直に涙を流せるように。
そんな日がくることばかりを願っている。

彼の傷だらけの両手を。
溢れそうになる想いを押し殺しながら。
乞うように、精いっぱい握ることしかできなかった。
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