聖闘士星矢


──憎め。憎め。
──お前を地獄に導いたすべてを、恨め。

重い拳で殴られながら、呪詛のように繰り返される教え。
『憎め』と言われて容易く憎めるならば、そんなにも楽な修行はない。

長い長い一日が終わり、与えられた牢獄のような粗末な小屋に戻った。
部屋と同じような粗末な寝床に、骸に近いボロボロの体を横たえて真っ暗な天井を仰いだ。
傷口が熱を持って痛む。
こびりついた血液が纏わりつき、鉄臭さが鼻を突く。
火山地帯独特の熱気が、さらに不快感を増幅していくようだ。
痛みと疲労によって、思考に靄がかかる。
また泥のように眠るのか。
先の見えない地獄を生きるために。
──突然、冷たい水が頬を打った。
その感覚に、一気に思考が戻る。
人の気配を感じて反射的に体を起こすと、傍らで小さな悲鳴が上がった。

「え、エスメラルダ…」
「ごめんなさい、起こしてしまって…」
「また手当てをしてくれていたのか」
「こんなに酷い傷をそのままにしていたら、一輝が死んでしまいます」

白い指が、うっすらと汚れた包帯を巻き終えた。
額に乗せられていたタオルに気づくと、その冷たさが心地よかった。
星の瞬きのように光る金色の髪を揺らして、エスメラルダがにこりと微笑む。

「戻らなくて怒られないのか?」
「もう休んでる時間だもの。それより、一輝とお話がしたくて」
「それなら良かった。あの横柄な主人が来たら、オレが必ずエスメラルダを守るさ」

彼女の幼さの残る柔らかな声が、オレを呼ぶのが好きだ。
『一輝』と、嬉しそうに呼んでくれるだけで、この地獄を生きる糧になる。
そうして、弟と瓜二つの面差しを見る度に、同じ地獄に送られてしまった弟を想う。
辛く、悲しい思いさえしていなければいい。
いつの日にかこの地獄を抜け、弟と再会する日を願っているのだ。
その一方で、弟との再会は彼女との別れでもある。
待ち遠しさと心残りが、いつも心を掻き乱している。

エスメラルダに手を引かれ、岩だらけの荒野を駆けた。
日中の焼け尽くような熱さが僅かに和らいで、満天の星空に包まれる。
あの空のどこかに、きっと鳳凰座が瞬いているのだろう。

「あ!一輝!星がっ」

エスメラルダの声とともに、幾筋かの星が流れた。
空から落ちてくる星が、地平線に消えていく。
幻想的な景色に喜ぶ彼女とは裏腹に、この穏やかなひとときが終わる予感を感じた。

「綺麗ね」
「あぁ」

降ってくる星を浴びるように、エスメラルダがくるくると回る。
うっすらと明るい闇の中で転びそうになった彼女を抱きとめると、楽しそうに笑った。

幸福だ。
この無邪気な時間が、地獄での幸福の象徴なのだ。

「一輝」

腕の中で笑っていたエスメラルダに呼ばれた瞬間。
頬に柔らかな熱が触れた。
それが彼女の唇なのだと理解するのに時間がかかり、思わず固まった。
エスメラルダの真っ赤な顔を見て、同じように頬が熱くなっていく。

いつか別れが来るならば。
それまでは、この花のように儚く優しい少女と生きてもいいのだろうか、と。
滲む視界の中で、ひっそりと乞うた。
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