聖闘士星矢


「紫龍!」
「どうしたんだい、春麗」
「山菜摘みは終わったわ。そろそろ帰りましょう」
「そうだな」

籠いっぱいに摘んだ山菜を掲げて、嬉しそうに微笑む春麗を見て、心が暖かくなる。
生物が芽吹く春のような、清みきった山に満ちる木漏れ日のような心地よさ。
彼女の笑みは、老師の与えてくれた人らしい生き方とは違うものを教えてくれる。

「やぁ、そこ行くお二人さん」
「こんにちは」

普段は人通りのない山道を進んでいると、珍しく人と出会した。

「少しばかり売り物を見ていかないかい」

人当たりの良さそうな行商人が、背負っていた籠を置いて、草原に売り物を広げた。
櫛、手鏡、簪、宝石などの鮮やかな商品が並べられる。
春麗の抱えていた籠を受け取り、瞳を輝かせて商品を見る春麗を見つめた。

「可愛らしいお嬢さんだね。うちの商品が何でも似合いそうだ」
「そ、そんなこと…」
「俺が払うから、君は好きなものを選んでくれ」
「おお、男前な彼氏だねぇ。初々しいお二人さんのために、安くしとくよ」

思わず彼氏ではないと否定し損ねたが、少なからず好意を抱いている相手を目の前に否定するのもおかしなような気がして、何も言わずに商品に視線を移した。
ニコニコと笑いかける行商人の視線が痛い。

「ほ、本当にいいの?」
「あぁ、もちろんだ」
「じゃあ…これを」

慎ましい花が描かれた櫛を手に取って、申し訳なさそうにこちらを見つめる春麗に微笑み返した。
行商人の好意によって子どもの駄賃程度の値段で手に入れたそれを、春麗は大事そうに胸に抱えた。

「毎度、お幸せにね」
「ありがとうございます」

籠を背負って山を下っていく行商人の背中を見送り、ようやく帰路を進む。
おさげを揺らして嬉しそうに微笑む彼女の横顔が、あまりに手離しがたく感じた。

「春麗」
「なぁに、紫龍」
「手を、繋がないか」
「はいっ」

細い指が、武骨な己の手に絡む。
ゆるりとその手を包み込んで、ほっと息を吐いた。

どこにも行かぬように。
誰にも奪われぬように。

どうか。
この地で。
俺の手の届く場所に、いてくれますように。
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