Z・ZZ


久しぶりに宇宙に上がってから、戦闘続きになり、まともに彼女と話す時間が減った。
戦闘後は疲労で泥のように眠り、起きている間は食事だメンテナンスだと、自室にいる時間も短い。
そういう日々が数日続いて、ばったりと廊下ですれ違った時に、視線を合わせることを避けられた。
喧嘩をすればそういう事だって度々あったが、何故だかその時は、それが酷く胸を抉ったのだ。

ようやく休憩をもらい、自室でベッドに横になる。
ふと、よく知った気配が近づいてくるのを知覚して、アンダーシャツにズボンという彼女が見たら小言を言いそうなややだらしない格好ではあったが、構わずに扉を開けた。

「ファ!」
「どうしたの、カミーユ」
「時間はあるかい?」
「えぇ…暫くは休んでて良いって言われたから」
「そうか」

手袋をした彼女の手首を掴んで、さっさと部屋に引っ張り込む。
強引だったからか幾分怒ったように頬を膨らませたが、ファは大人しくベッドに腰かけた。
その隣に腰を下ろし、じっと不貞腐れたファの顔を見つめる。
─途端に、何とも言いえぬ安堵に包まれた。

あぁ、ようやくまともに顔が見れた。
飾り気のない少女の顔だ。
以前と比べて少しばかり母親のような雰囲気を纏っているが、それでもよく知る幼なじみだ。
濡れたような黒い瞳に、柔らかな黒髪。
すいと手を伸ばして、思わずその髪に触れた。

「か、カミーユ…?」
「…なぁ、どうして俺を避けるんだい?」
「…避けてなんかないじゃない」
「目も合わせてくれないだろ」

用なんか無くても、顔を合わせれば他愛もないことを話していたのに。
そんな余裕がなくても、目が合えばこっそりと笑っていてくれたのに。

「そんなこと気にするなんて変よ、カミーユ。だって…それじゃあ、まるでー」

─私のことが、好きみたいじゃない。

そう言われて、ようやく自分が彼女のことを好きなのだと自覚した。
会えなくて荒むのも、笑ってもらえなくて拗ねるのも。
焦がれているのか。
側にいてくれた彼女が、自分の元から離れていってしまうのではないかと怯えていたのか。

「俺…俺は、ファが好きなんだ。好きなんだよ」
「私は…フォウの代わりなんて嫌よ」
「違う、代わりなんていない…誰も、誰かの代わりになんてなれない。フォウもファも、どっちも別の存在だ」
「…カミーユの言ってることは分かるけど、素直に喜べないわ」

ようやく持て余していた気持ちに気づけたのに、何故彼女に受け入れてもらえないんだ。
どうして真っ直ぐに伝わらないのだろう。

「どうして分かってくれないんだよ。きっとファなら、ずっと前から気づいていてくれたんじゃないのか?」

何となく彼女の好意は感じ取っていた。
その彼女が、向けていたはずの好意が相手から感じ取れたなら、ずっと前から気づいていたはずだろうに。

「だって、言ってくれなくちゃ分からないもの。言葉にしなければ、誰にも伝わらないわ」
「…でも、ファなら気づいてくれるはずだろ?」

それだけ長く同じ時間を共有して過ごしてきたのだ。
相手のことなら何でも分かると、そんな錯覚さえ覚えるほどに。

「カミーユ…私はニュータイプなんかじゃないのよ。ちゃんと伝えてくれないと、分からないわ。それに、能力にかまけて伝えるのを止めたのはカミーユの方じゃない」
「伝えるのを止めた?」
「私には何も言ってくれないじゃない。教えてくれないじゃない。私ばっかり除け者だわ、私ばっかり守られて…っ」

ぽろぽろと涙を溢したファを見て。
こんなにも近くにいて、言葉を交わすこともできるのに、それでも人は通じ合えないのだと切なくなった。
我慢していた想いが溢れて、涙となって流れる。
華奢な彼女を抱き締めて、縋るように首筋に顔を埋めた。
シャンプーの清潔な香りが鼻腔を擽って、確かに腕の中にいるという安堵がさらに涙を溢れさせる。

無知で幸福だったあの日々に戻りたい。
こんなに悲しくなかった日々が恋しい。

「俺は…軍人じゃない、でもパイロットだ。ニュータイプだって言ったって、俺のしていることは、本当に誉められるようなことなのかな」

俺は何なんだろうか。
何をしているのだろう。
人殺しに長けた能力など無い方がいいじゃないか。

「…カミーユはカミーユよ。今は、傷ついて泣いているわ」

抱き締めているファの腕が背中に回り、宥めるように優しく背を撫でる。
シンタとクムは、こうして彼女に抱き締められ、愛情を注いでもらっているのだろうと、関係ないことを考えた。

「カミーユ、私はあなたの側から居なくならないわ。絶対にどこにも行かないから、そんな風に不安にならなくて大丈夫よ」
「……不安じゃないか」

心惹かれた彼女は、美しい顔のまま死んでいった。
言葉をかければ目を開けて、きっと答えてくれると思うほどに。
人間はあんなにも美しく、そして呆気なく死ぬのだと、酷い悲しみの中で怯えた。

仲間も敵も、無関係な人も。
誰彼構わず死んでいく。

そんな中で、己の身を守る術を持たない幼なじみなら、きっとあっという間に死に呑まれてしまうのではないかと思った。
手の届く場所で、確かな温もりを感じていないと不安になる。
目を離した隙に、もう二度と会えなくなるのは嫌だ。

「…怖いんだ、怖いんだよ」
「大丈夫よ、私はここにいるもの…嬉しかったわ、初めてカミーユに好きだって言ってもらえて」
「…それは嘘じゃないさ」
「えぇ、そうね。だから嬉しかったのよ」

仄かに嬉しさを滲ませた声音で笑ったファを、もう一度強く抱き締め直す。
想いが通じあったとしても、それでも不安は拭えない。

好きだ。ちゃんと想っているから。
ずっと側にいて欲しい。
置いていかないで欲しい。

好きだ、好きだと。
誰にも届けることなく、ただただ胸の中で叫び続けた。
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