Z・ZZ
─みっともない。
鏡に映った拗ねたような顔を見て思う。
今に始まったことではないが、幼なじみの周囲には何故だか女性が集まりやすい。
かく言う自分もその一人なのではないかと思うと、酷く気が滅入る。
命懸けの戦場の中で、そんな馬鹿らしいことに意識を向けている暇はないのに。
そんなことよりMSの操縦訓練をしていた方がよっぽど有意義だ。
自分のことも、あの子たちのことも守れる。
「…馬鹿みたいね」
そんなことを気にするようになるなんて。
ハイスクール時代はあまり無かった。
きっとあの時は、自分が彼の一番傍にいられたからだろう。
遠くなったのか。
今は、あまりに彼から遠い。
自分が一方的に感じているだけなのかもしれないが。
シャワーを浴びる為の準備を終え、自室の扉から通路に向けて顔を出す。
キャーキャーと楽しそうな顔が聞こえてくる。
「シンタ、クム!お風呂に入るわよ」
「「はーい!」」
声とともに、角の向こうから二人が駆けてきた。
後をついて跳ねていたハロをキャッチして、一緒に連れて戻る。
「ハロは誰も入って来ないように見張っててちょうだいね」
「リョーカイ、リョーカイ」
耳をパタパタさせて、扉の方へと転がっていく。
脱ぎ散らかした子どもたちの衣類をまとめ、自身の衣類も取り払う。
一人で子供たち二人の面倒をみるのは大変な時もある。
特にお風呂は、格好の遊び場になり易いせいで一番疲れてしまう大仕事だ。
「シンタ!ちゃんと洗いなさい」
「ファ姉ちゃん、頭洗って」
「こら!泡で遊ばないの」
「いてて…!目に入った~!」
「もう!だから言ったのに」
気をつける所も、叱る時も多くて大変ではあるが、ワーキャーと楽しげな伸び伸びとした声を聞けることは、何よりも嬉しいことだ。
丁寧に泡を洗い流し、タオルを被せてシャワー室から二人を出す。
それから急ぎで自分の体も洗い流し、ほっと息をつく。
そろそろ出ようと後始末をしている時、パシュン、と微かな音を立てて扉が開いた。
ハロには誰も入らないように見張っているよう指示を出しておいたが、それを守らなかった。
ならば、それは本来の持ち主が現れたのだろう。
「もう…!こんな忙しいときに」
髪を纏め、バスローブを着てシャワー室から顔を覗かせると、やはりカミーユがいた。
どこか疲れたような雰囲気を纏わせているが、穏やかな顔をしてシンタとクムの髪を乾かしてやっている。
「悪いね、こんなタイミングに来て」
「…良いわよ、別に。二人の面倒をみてくれてありがとう」
「ほら、ファに仕上げてもらいな」
ドライヤーを用意して、二人の髪にあてる。
濡れた髪が、あっという間にフワフワとした癖っ毛に戻った。
「はい、おしまい」
「わーい!遊びに行ってくるね!」
「皆に迷惑かけないようにするのよ」
「ハロ!行くぞ!」
ふぅ、とため息を吐いたところで、まだ部屋にいるカミーユに気づく。
ぼんやりとした眠そうな目を擦っていた。
「…そこに居られると着替えられないんだけど。何か急ぎの用がある?それとも具合でも悪いの?」
「いや、別に何も無いけどさ」
大きく伸びをしてから部屋を出て行こうとするカミーユを見送りつつ、ちらと向けられた視線を察知した。
「…普段は、そんな格好で誰かと鉢合わせたりしないのかい?」
「当たり前でしょう?その為にハロに見張りを頼んでるのよ。でも、カミーユだから意味が無いわ」
「ふーん…」
まだ立ち去る意思の見えないカミーユを訝しげに見つめれば、視線が少しはだけた胸元に向けられていることに気づいた。
反射的にバチン、と鋭い音を立てて彼の頬にビンタをしていた。くっきりと手形のついた頬を押さえながら、バツが悪そうに視線を外す。
「…エッチ」
そのまま背中を押して、部屋から追い出した。
ファに打たれた頬を擦りながらとぼとぼと通路を進んでいると、休憩終わりなのかブリッジに向かうトーレスと出会した。
「お、カミーユじゃないか。ちゃんと休んでるのか?」
「あぁ、まぁね」
「ん?その頬はどうしたんだ?」
トーレスの目敏さが今回ばかりは煩わしい。
「ファと、…ちょっとな」
「さては、またレクリエーションか?本当に仲が良いなぁ、お前たちは」
クスクスと面白がるようなトーレスに、曖昧に笑い返す。
仲が良ければ、もう少し後味良く喧嘩も出来るだろう。
もはや今は喧嘩にすらなっていない。
トーレスを見送り、仕方なく自室に足を向けた。
避けられているような、そんな素振りを感じていた。
顔を合わせるのを躊躇するような気配に、不愉快さを感じてもいた。
彼女が何が不満なのか、何が嫌なのか分からない。
自分以外には普通に振る舞っている癖に。
好きとか嫌いとか、そういうレベルの存在では無い。
自分の一部のような存在になっているのに、どうして伝わらないのだろうか。
それが不愉快さに拍車を掛けている気もする。
今日だって、何となく顔を見たくて、何となく声を聴きたくて会いに行ったのに。
「…いや、でも」
あれは自分が悪いか。
今がそんな状況ではなくたって、好意を持っている相手のあんな姿を見れば、そういう欲だって膨らむ。
一応、思春期真っ盛りなのだ。
あぁ、馬鹿らしい。
声をかけて、何を話せばよかったのだろうか。
最近は衝突しかしない。
あの頃が懐かしい。
屈託なく笑って、些細なことで喧嘩してもすぐに元通りだった。
触れて、命の温かさを感じたい。
感じたいのは、彼女だけなのに。
上手くいかない願いは、敵艦隊を察知した艦内放送によって遮られた。