幕間


誘拐未遂から三日後。
犯人が吐いた情報を元に、疑惑のエイブン家を訪れた。
先代の商才により貴族へと成り上がったという話だが、現当主に商才は受け継げれなかったらしく没落寸前だ。
期待された次期当主も誘拐騒動を起こす辺り、期待できない人物だろう。
友人が手配した王家からの書状を携え、入口の警護をしていた使用人に提示した。
王家からの使者であることを確認し、すんなりと中へ通された。
刺客が還らなかったことから、失敗したことは自覚していたのだろう。
応接間で待たされると、すぐに目当ての人間が姿を現した。

「王家の使者だと伺ったが?」
「王命を受け、騎士団から派遣されました」
「騎士団というのは国王派かな?」
「はい」

次期当主と思われる男と謁見した第一声が、王子派ではないことの確認だった。
騎士団からの派遣であり、騎士団は現国王の派閥であることを手短に説明すれば、明らかに安堵した。

「それで、王家の使者が何の用で我が家に?」
「先日、城内で姫様の誘拐騒動がありました。その犯人が貴殿の名前を口にしましたので、その真偽の確認に参りました」

煙草を吹かし、男は黙り込む。
何を言うのかと黙って待ち続けると、男がぽつりと呟いた。

「…騎士団ならば、その腕前で王子を葬ることも可能ではないか?」

一瞬、腰に吊るした剣の柄に手を移動させかけた。
グッと堪え、男への怒りを静める。
頭の悪い人間は、大概諦めも悪い。
クレアとの婚姻を即刻切り捨てたクレトへの恨みは消えないらしい。

「…物騒なことを仰られる」
「いや、これはあくまで貴族間での噂だが、国王と王子は不仲だと聞く。王子は国王の座を奪おうと暗躍されているとの噂もあるほどだ」
「騎士団とはいえ下っぱに、王家の内情など分かりません」
「そこでだ…私には、成さねばならぬ事があってね。キミのような優秀な騎士が護衛についてくれると嬉しいんだが、幾ら払えば雇われてくれるかな?」
「金で自分を買いたいと?何のために?」

勿体ぶるような素振りを見せ、ゆっくりと男が近づいてくる。
己よりも低い男を見下ろすと、男がニタリと笑った。

「私はね、クレア姫の婚約者なのだが、あの悪名高い王子に邪魔をされている。今は幼いとはいえ、将来的には絶世の美女になるだろう姫との婚約を邪魔する王子を排除し、幸せな結婚を実現させるのだ!」
「……姫様誘拐の件について、お返事を頂けたら協力しても良いのですが」
「ならばキミには話そう!誘拐の件は私の指示だ。やはり破落戸程度の実力では仕損じる」
「──あぁ、そうだな」

剣を抜き、下らない事ばかりを紡ぐ喧しい口を黙らせる。
左手で口を塞ぎ、腹部に剣を突き刺した。
柄までぎっちり突き刺さったのを確認し、そのまま引き抜く。
ボタボタと血が垂れて、床に染みを作る。
声の出ない口で何かを紡ごうとするのが見苦しく、首を落とした。
ゴトン、と音が響き、事態が呑み込めないまま死んだ男の首が床に転がる。
友人も、友人の妹も侮辱する奴は許さない。
実行犯の情報に偽りがなかったことだけ分かればいい。
初めから生かしておくつもりもない。

「ルイン!」
「はい、支度はできてます。いつでもどうぞ」

屋敷の周囲に潜ませ、屋敷の主要箇所に発火材を仕込ませていたルインが応接間に顔を出す。

「オレが玄関を出たらすぐに始めろ」
「……怪しまれるのでは?」
「オレが罪人になっても拾ってくれる男がいるからな。こんな些事に小細工は要らん」
「分かりました。燃えないでくださいね」
「燃えるかよ」

屋敷を出て、一瞬背後を振り返る。
応接間であろう部屋の窓から、ルインが屋敷の備品である蝋燭を投げ込むのが見えた。
小さな火が、木造の屋敷に広がっていく。
徐々に煙が立ち、発火材も巻き込みながら炎の勢いが増していく。
バチバチと燃える音とともに、屋敷が傾き始めた。
馬を走らせ、裏通りから出てきたルインと合流する。

「お前が燃えそうだったな」
「…ちょっとした冗談じゃないですか」
「まぁいい、良くやった。あの家は無事に滅んだ」
「いつもこんな事をやっているんですか?」
「普段は目立たないようにやる。たまにはこういうやり方もスカッとするだろ」
「…恐ろしい人ですね」

ルインの愚痴を聞き流し、敵を一層できたことに安堵する。
雑魚をちまちまと相手にするのは骨が折れる。
友人に良い報告ができることに満足し、上機嫌に馬を走らせた。
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