幕間


執務室に籠る国王に付き従って、同じく執務室に籠る団長の代わりに彼女の護衛を任された日。

「ルイン様、私の練習にお付き合いくださいませんか」
「練習、ですか?」

私室の扉を少しだけ開け、廊下に立つ己に向け、我らが姫様は不思議な依頼をしてきた。
一介の騎士風情が、王族の練習とやらに付き合えるものなのかと疑問に思う。

「他国から使者の方々が来訪されると聞きましたので、王族として恥のない振る舞いをしなければと思いまして。気を引き締める為にも、お兄様以外の方に判断していただく方が良いかと思って…」
「なるほど…自分で良ければ」
「良かった。お兄様だと評価が甘くなってしまうかもしれませんので」

その言葉には、否定も肯定もできずに曖昧な笑みを浮かべるだけに留めた。
苦笑を浮かべた彼女に、促されるように私室の中に案内される。
彼女が信頼する侍女も室内に居り、彼女と二人きりになるような状況ではないらしい。
それに安堵し、思わずそっと息を吐いた。

「まずは姿勢から練習します。不自然な所があれば教えてくださいませ」
「はい」

少し距離を置いて彼女の全身を視界に収める。
真っ正面に立つ彼女の背が、普段よりもスッと伸ばされた。
顎を引き、緩やかに胸を張る。
身体の前面で組まれた両腕は、綺麗な角度で添えられている。

「ふふふ、いつ見ても麗しいですね」
「もう、ハンナも評価が甘かったのですねっ」
「いや、自分も見事だと思います」

侍女との微笑ましいやり取りをする姫様が、ほっと息を吐いた。
姿勢を正し、次の練習に移るらしい。

「実は…笑顔の方が苦手なのです」
「笑顔が苦手?」
「見ていてくださいませ」

一度目を閉じた彼女が、ゆっくりと目を開けた。
伏せられた瞳がこちらに向けられ、大きな瞳が緩やかな弧を描いて細められていく。
薄い唇が、柔らかな笑みを形作る。
世界中の光が彼女に集まったかのように、まるで彼女が輝いて見える。
ドクドクと五月蝿く拍動する心臓を落ち着けようと深呼吸を繰り返す。
見間違いなのかと思わず目を擦ってしまったが、やはり変わらない。

「どうでしょう?」
「こ、これで…苦手、とは…?」
「お兄様には親しい方以外には見せないようにと禁止されているので、恐らく上手く笑えていないのだと思っていまして…」

兄譲りの完璧な笑みを見せて何を言うのかと思わず言葉に詰まった。
返答に窮していると、ニコニコと微笑んだままの侍女がこっそりと耳打ちをしてきた。

「…あまりに完璧な出来映えに、不必要に注目を浴びないようにとクレト様が禁止なされたのです」
「あぁ…なるほど」
「クレア様、やはり普段通りの笑みが一番自然で良いと思いますよ」
「そうですか…どうして上手く笑えないのかしら。やはりお兄様にも見てもらうことにします」

それは得策ではないのでは、とは口が裂けても言えない。
練習の付き添いを終え、警護に戻ろうとする己に向けられた自然な笑みは、花が綻ぶという表現が似合うような素直で愛らしい微笑みだ。
年々美しさが増す中で、さらに完璧な振る舞いも身につけたとなれば、国王の心配も加速するだろうと思わず同情してしまった。


後日、侍女から国王からの禁止令は改定されたとの話を聞いた。
曰く、使者が滞在している間は部屋に控えていて良いとのことらしい。
それは完全に相手と接触させたくないだけなのではと思ったが、素直な彼女は兄の言いつけを信じて守るだろう。
恐らくパーティーに出払う団長の代わりに、彼女に接触しようとする外部から何が何でも護らねばならないということが、己に課せられる役目だろう。
使者の到着前だというのに、のし掛かる重圧に負けそうだと肩を落とした。
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