幕間


彼が騎士団長になってから、彼の実力を知った団員たちは、畏怖と敬意を持って新たな騎士団長に仕えている。
尊敬する男が、相応の評価を受けている現状というのはとても心地が良い。
それでも、彼の右腕という立場を誰にも譲る気はない。
……と、そう思っていたのだ。
彼に言い渡された新たな役目をこなすまでは。


この国の王となったクレト様は、妹を何よりも慈しんでおり、尊敬する男も少なからず好意的には見ている。
その妹─クレア様が尊敬する男に好意を抱いているのは、既に周知の事実だった。
立場の違いはあれど、直向きに好意を向ける姿は好ましく、また立場の違いを理解した消極的な姿はいじらしいとさえ思える。
と言っても、好意を向けられている当の本人が、それについてどう思っているのかは不明瞭だった。
何かしら情報が得られたら…と思いながら、ひとまず今回の役目を果たすことにした。
頑丈そうな部屋の扉をノックすると、部屋の主人ではなく、長らく付き添っていた騎士団長が顔を出した。
碧い瞳が、己の全身を射貫く。

「…処理は」
「終了しました。次の役目を果たそうかと思いまして」
「そうだな」

お嬢さん、と部屋の主人に呼びかけて、護衛の役目が交代になることを簡単に説明している。
入れ替わりで室内に入れば、うっすらと頬を染めるクレア様と目が合った。
自称婚約者による騒動の概要は、クレト様より知らされている。
女の身であれば恐ろしい状況だっただろう。

「ルイン様が側に居てくださるんですね」
「団長殿の代役です。希望があれば、あの人と刺し違えてでも交渉してきます」
「いえ、ルイン様が良いのです。き、騎士様には…とても言えなくて…」

頬を染めて俯いてしまった彼女に、どうしたものかと首を傾げた。
これは聞いた方が良いのだろうが、憧れの男のしょうもない話はなるべく聞きたくない。
騎士としての彼は実に優秀だが、他人の感情にはとことん鈍い。
興味がないにも程がある。
ため息を押し殺して彼女の側に寄り、じっと言葉を待った。

「……騎士様に、綺麗だと、言ってもらえたのです…」
「なるほど」
「騎士様が他者の見目に関心があるとは思っていなかったので、それでも美しくいようと目指していた努力が認められたようで涙が出るほど嬉しくて…」
「……団長殿は他に何か?」
「涙を拭ってくださいました。でも…難しそうなお顔をしていたので、本当は本心ではないのかと…少しだけ、心配で…」

ここで大きなため息を吐かずに、天を仰ぐまでに留めた己を褒めたい。
明らかに本音を零している。
そもそも嘘を吐けるほど、彼は深く考えて会話をしていない。
にも関わらず、彼女の喜びを感じ取れずにあらぬことを考えた結果なのだろうと思われる。

「安心してください。彼の右腕を務める男として、姫様を綺麗だと評したアレク様の心に偽りはないと胸を張って断言します」
「ルイン様がそう言われるなら…素直に喜びとして受け止めます」

笑みを浮かべる恋する少女に曖昧に笑いかける。
そして、もう少しハッキリと憧れの男の背中を押さねばなるまい、と。
心の中で強く決意した。
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