幕間


友人である次期国王は、過去の暗殺未遂の後遺症で、他者に比べて身体が弱くなってしまった。
過度な疲労や負荷による体調不良などは可愛いもので、この寒さの厳しくなる季節の流行りものは質が悪いものが多く、友人が一度罹れば半月は部屋から出てこられない。
先日、行商人との取り引きを行った後から病を貰ったのか体調を崩していた。
暫く寝込むのかと思い、友人の顔が見れないことにつまらなさを感じていたが、珍しく一週間程度で回復したようだった。
無理を隠し通しているのかとも思ったが、本調子ではないとはいえ、友人の腹の底の知れない振る舞いに違和感は無い。

「何をした?」
「友人の復帰に祝福の言葉はなしかい?」
「喜びたいが、その前に疑問を解いておきたいな」
「ふふ…クレアのお陰だよ」
「お嬢さんの?」
「そうだよ。あの子は私が寝込むと看病に来てくれるんだ。何度もやるうちに、少しずつあの子の技術が良くなって、その私の体調に適した看病が功を奏してるってことさ」

心底嬉しそうに胸を張った友人が、すぐに顔を俯けてしまった。
そういえば友人が回復してすぐの密会だというのに、友人の自慢の妹の姿が見えない。

「私の看病を頑張ったせいで、今度はあの子が寝込んでいるんだよ…だからね、君と一緒にあの子の顔を見に行こうと思ってね」
「お前一人で十分だろ」
「あの子は、きっと君に会えたらとても喜ぶよ」

結局、友人の強引な誘いを断れるはずもなく、渋々友人に連れられて彼女の私室に向かうことになった。
友人がノックをすると、普段ならば彼女が扉を開けるが、代わりに彼女が一番信頼している侍女が扉を開けた。
突然の訪問客の顔を見て、侍女は安堵するような表情を浮かべ、友人と己を中に招くと、代わりに廊下へ出ていった。
天蓋の閉められたベッドの奥で、微かに咳き込む声が聞こえる。
友人が名前を呼ぶと、横たわったままの気配が動いた。

「…お兄様…?」
「体調はどうだい?私のためにいつもすまないね、クレア」
「いいえ…お兄様のために何かできることは、嬉しいです…咳が落ち着いたら、早く顔を見せに行きますね」
「私もアレクも待っているよ。今も一緒にいるんだ」
「騎士様にも……早く、お会い、した…ぃ…」

会話が途切れ、穏やかな寝息が聞こえる。
再度友人が名前を読んだが、彼女からの返事はなかった。
薬が効いているのだろう。
顔を見たい衝動に駆られたが、友人も天蓋を開けることはせずに暫く穏やかな呼吸を確認するまでに留めたようだった。
部屋を出るまで一言も話さなかった友人が、静まり返った廊下でぽつりと溢した。

「……あの子は、いつもこんな気持ちで看病してくれていたのかな」
「こんな気持ち?」
「早く良くなってほしいと焦がれ、けれど、何もできない己を呪うことかな」
「…あぁ」

それは、分かるような気がする。
この何とも言えない無力感は重苦しい。
それを満たす術は、ただ当人の健やかな姿を見るということだけだろう。

「お前も、もう少し気をつけろ」
「そうだね…私のせいで、可愛いあの子が苦しむなんて…そんなことは起こってはならないんだ」

険しい顔をする友人とは裏腹に、何故だか胸にぽっかりと穴が開いてしまったような気がした。
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