On the way to Living Dead

記憶の中は遠くて、眩しくて。
視界いっぱいに映るそれが何なのか、よく分からなかった。

サミシイ?カワイソウ?
僕には分からない感情だ。

茶々丸と散歩をして、鶴を折って、ばーばと眠る日々。
褒められた笑顔を携え、日毎に増える鶴を見て、ばーばが頭を撫でてくれるのが大好きだった。

あともう少しで鶴が千羽折れて、それが完成すると、ばーばも元気になるはずだから。

ーそれは急に訪れた。
大好きなばーばの中から、僕が居なくなったのだ。

オレンジ色の、温かく切ない夕焼けに染まる笑顔の横顔を見つめながら。
初めて、はっきりとした意識の中で。
僕の目から涙が溢れていったのを覚えている。

…鶴を千羽も折ったのに、ばーばは元気にならなかった。

もう、僕には何もない。
残った鶴たちだけが、虚しいほどカラフルに見えた。


それから時間が経って。
ある日、笑顔を携えて自分と同じ名前の子どもと戯れに折り鶴を作った。
あの時以来、久しぶりに鶴を折った。昔よりもずっとずっと綺麗に折れた。
それなのにー
 
ーねぇ、どうして、ばーばは居ないの?

見せる相手が居ないことが、淋しいということなのだと理解した時であった。
 
胸が痛いよ。
笑うから、僕を褒めて。
 
歪む水の景色の中で。
大好きなばーばと茶々丸が笑っている。
また、手の届かない向こう側で。

僕が、我が儘を言っても良いなら。

ばーば、僕だけを見て。僕に、もっと笑って。
茶々丸と同じくらい、僕の名前を呼んで。

ばーばの褒めてくれた笑顔で、僕はこれから何度淋しさにぶち当たればいいんだろう。けれど、きっと大丈夫だと言い聞かせる。
言い聞かせて前を向く僕の耳元で。
 
ー嘘をついたら怒られるぞ、と自分と同じ声が囁いた。

影の自分が囁くのだ。
ー笑え、と。

世界は僕を置き去りにして進んでいく。
 
女の子も、同級生も。
僕は何も楽しくないのに笑って。笑っているのに、皆は離れていってしまった。

そんな中で、初めて会ったあの人は。
たった一瞬で。僕の、影の自分を見抜いて、射止めた。

僕が諦めたものを持ち続けるあの人は。
本当に素気なく、お前が笑わせてみれば、と心地よい響く声で言った。
じっと見つめ続けた瞳は、今まで見たどんなものより綺麗で、不思議な色を湛えていたから。僕は、影の僕は、歓喜に打ち震えていたんだ。

一生懸命追いかけ続けた背中。
僕の特別。
そして、その隣に並ぶ小さな背中。
あの子は、あの人の特別。

ズキン、と胸が痛む。
盗られる、と思ったんだ。
僕の特別なあの人を、あの無邪気なあの子に。
  
でも、守らなきゃ。
二人とも、僕が守り抜いてみせるんだ。
 
…ほら、僕の名前通りでしょう?
 
ねぇ、先輩。
先輩は、僕のことを褒めてくれますか?
僕は、先輩を笑わせられたかな。

あぁ。僕の特別な人。
ばーばに、茶々丸に会いたいな。


霞む視界が嫌になって、重い瞼を静かに閉じた。
鶴が一羽、脳裏を掠めてどこかへ消えていった。
5/10ページ
スキ