首の姫と首なし騎士

逃げているつもりが、いつの間にか袋小路に追い詰められてしまっているのは、比較的よくあることだ。


ー私は逃げている。
間違いない。事実なのだ。
なのに、どうしてこうも簡単に追い詰められてしまうのか。
今日も、そうして自分に嘆く。

「……あぁ、本当に…」
「観念したか?お嬢さん」
「……残念ながら、最近は諦めの悪い人たちに囲まれているおかげで、私も諦めが悪くなってきたみたいよ」

そう言って、精一杯の虚勢を張り目の前に立ち塞がる彼を睨む。
何が面白いのか理解不能だが、彼は愉快そうにくつくつと小さく笑った。

「そうだな、その方が面白い。追いかけるのはしち面倒くさくて嫌いだが、あんたに関係あるならやりがいはあるな」
「…喜ぶべきなのか悩むわ」
 
さらりと恥ずかしくなるようなことを言われ、微かに頬が熱くなる。その隙を突かれ、私の左側に彼の手が壁に当てられて、さらに彼が距離を詰めじっと私を見下ろす。
しまった。完全に退路が絶たれた。
私を捕らえる瞳は、赤く瞬く炎のように妖しく揺らめいている。

「だが、そろそろ観念してもらおうか…ロッティ…?」
「…っ、嫌よ…ここでそんな風に呼ぶのは反則…っ」
「ここじゃなければ問題ないか?」
「それも違うけど…っ、いいから退いて頂戴」
「それは聞けないな」

そして、再び距離を詰めてくる。
もう鼻先が触れている。この距離なら、この痛いほどの鼓動が伝わってしまいそうだ。
二人分の吐息が混ざって空気に溶けていく。

「…いい加減限界だ、もういいだろ…ロッティ」
「だって…っ、私は貴方の…」
「もうその長口上は聞き飽きた」

反論は柔らかな熱で塞がれ、頬を撫でる手が唇の端、顎、首、鎖骨と移動していく。
布越しの感触なのに、ゾクリと背筋が疼いた。
重ねた唇の隙間から強引に侵入してくる舌。
壁に置かれていた手はいつの間にか私の腰に巻かれ、きつく抱かれていた。
思考はどろりと甘ったるく融け、身体から力が抜けていく。
 
「っ、は…っ」
「いい表情だな」
「……兄さんに怒られるわよ…」
「あいつとは手合わせしてみたかったから丁度いい」
「…貴方には呆れるわ…」
「話せる余裕があるならもう一回してやろうか?」
「!け、結構です…!」

ささやかな天使のような笑みを浮かべて、彼は私の唇を舐めた。

「またさせろよ、お嬢さん」
「…嫌よ、貴方は手加減しないから」

 
満足そうに私の髪を撫でて遊ぶ彼を見て。
とんでもない人に好かれてしまった、と嘆き。
そして、照れくさい自分を笑った。
 
7/10ページ
スキ