On the way to Living Dead

何となく、口が淋しくて。
淋しさを紛らわす方法が分からずに、何個目かわからないキャンディを口に入れた。

今日は一人で留守番。
出張なのだ、仕方がない。仕事というは大変なものであり、その大変なものに立ち向かう夫を笑顔で、送り出すのが妻の仕事だ。
一日だけ我慢すればいい。そうすれば、明日の朝には帰ってくる。私は、笑顔であの人を出迎えればいいのだ。

「…でも、やっぱり淋しいです…」

長い長い一日も、ようやく夕暮れを迎えた。あとは夜を耐え切ればいい。眠ってしまえば、きっとすぐに朝がくる。
テレビ画面の向こう側から、乾いた笑いが響く。興味のないバラエティ番組を流しながら、それをBGM代わりにぼんやりと雑誌を捲った。時計の音がやけに大きく聞こえて、それが余計に淋しさを呼ぶ。再びキャンディを口に放って、クッションに顔を埋めた。

「…甘い。でも、」

ぜんぜん満たされない。甘いけれど、欲しい甘さはこれではない。
イチゴも、オレンジも、ブドウも、レモンも。果実の甘さはずっと口に残る。甘すぎるくらい残るのに。

「竜太郎さん…」

静かな家に、小さな呟きが溶けていく。
名前を呼んでしまって、さらに淋しくなった。

いつから、こんなに寂しさに弱くなったんだろう。
幼い頃は平気だったのに。ずっと笑っていられたのに。
あの人の側があまりにも居心地が良すぎるから。
傍に居てくれるのが当たり前になっていたから。

「竜太郎さん、竜太郎さん」

早く帰ってきてください。 淋しさに押し潰されそうです。
 
ー名前を呼んだ唇から、ぽろり、と溶けかけたキャンディが零れた。

一人きりの夕食も、お風呂も終えた。
けれど、眠ることができずにソファーに一人蹲った。
キャンディを舐めて、舐めて。それでも口淋しさを埋められず、ずるずると玄関に座り込む。
ここに居たら、早く帰ってきてくれるだろうか。驚いた顔をしてくれるだろうか。バカ、と苦笑して抱き締めてくれるだろうか。

「ーおい、起きろ」
「…ん」
「こんな所で寝るな、バカ」
「竜太郎、さん…?」
「寝ぼけてんのか?」

少し乱れたスーツに、闇の中でもキラキラと光る金髪。僅かに息を切らして、額には汗も浮かんでいる。
 
「竜太郎さん…!」
「…!?」
「竜太郎さん…っ」
 
がばっと、帰ってきたばかりの彼に抱きつく。一瞬戸惑って、でもすぐに抱き締め返してくれた。
重ねられた唇が嬉しくて、けれど情熱的なキスに翻弄される。

「…飴?」
「…淋しくって」

一度離された彼の舌に、さっきまで私が舐めていたキャンディが乗せられていた。
 
「甘ったるいな、返す」
「ふぇ…!?」

押し返されたキャンディが、二人の口を行ったり来たり。カラコロ、カラコロ。
そのうち小さくなったキャンディを、彼が噛み砕いた。

「寝室行くぞ」
「竜太郎さん…お風呂は…?」
「あとで入る…嫌か?」
「そんなことないですよ…竜太郎さんなら全部大好きです」
「…不意打ちは卑怯だ」

仕事を急ぎで仕上げ、なんとか夜中のうちに帰ってきたと言った彼が少し可愛かった。けれど、それが私の為だというのが分かって、私はずっと子供のように淋しがっていたのが恥ずかしかった。

「竜太郎さん、お帰りなさい」
「ん、ただいま」

愛の詰まった優しいキス。
私が欲しかった甘さは、この胸の満たされる安心なんです。
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