剣の王国

無事に故郷に帰ってきて数週間。
―私は、人生最大の晴れ舞台を迎えようとしている。


父さんも無事に戻り、そうして、とても言い難そうに私にあることを告げた。

「…ドロテーア、お前はもう17歳だな」
「はい、父さん」
「絶対と言うわけでらない、嫌なら断ればいい。…お前に結婚の申し込みがきている」
「へ?」
「お前は美しい。それは見た目だけでなく、心の清らかさが滲み出ているからだ。そこに惹かれる男も居る。何もおかしくはない、むしろ正常だ。……明日、その男と会ってきなさい」
「え、あ…はい、父さん…」

理解の追い付かないまま当日に会ってみれば、とても優しそうな真面目な人だった。
幼心に、結婚式に憧れた時期もある。綺麗なウェディングドレスの花嫁さんにも憧れた。いつかはそうなりたいと思っていた。けれど、いざ現実になってしまえば頭が上手く回らない。
 
私はどうしたい?この人と結婚するの?
父さんは、断ってもいいと言ってた。けれど、このチャンスを逃したら、きっと私なんかお嫁さんにしてくれる人は現れないかもしれない。
それでもいいと思う反面、父さんにウェディングドレスを見せてあげられなくなってしまうのではないかと淋しい気持ちになる。
悩んで決められない思考とは裏腹に、言葉は口から溢れていく。
そうして、気付けば日取りまで決めていて、そのままドレスの採寸やら何やらへと、恐ろしいほど早く進んでいった。
そして、とうとう前日の夜になってしまっていた。当事者であるはずの私はまだ現実を受け止められず、何もできずに枕に顔を埋める。
 
「どうしよう…ついに明日だわ」

心の準備が出来ていない。まだ現実味がない。

気分を落ち着かせようと部屋の窓を開け、大きく息を吸い込む。少し冷たい夜の空気が肺を満たしていく。閉じた瞼に、鮮やかな紅い髪の彼の姿が描かれた。けれど、それは叶わないことだと諦めて、そっと窓を閉じた。

子供の頃に描いた結婚式とほぼ同じ。
綺麗な純白のドレス。小さな教会。荘厳な鐘の音。澄み切った青空。
父さんがいて、村の人がいて、花婿さんがいる。
女性なら胸の高まる瞬間なのに。
どうして私は息苦しいのだろう。
永遠の愛を誓う、大切な瞬間なのに。

『誓いのキス』を。
唇が触れる、まさにその瞬間。
―教会の扉が勢いよく開かれた。
 
「ちょっと待ったぁ!!」
「!」

威勢のいい声につられ、入口を見る。光を背に佇むその姿に、私は笑みが零れた。

「パンチさん…!!」
「おドジ!」
「え…鶏!? だ、誰かっ、その鶏を追い出してください!」

周りにいた村の人達にパンチさんが捕まってしまう。駆け寄りたいのに、ドレスでは動き難い。モダモダしていると、見覚えのある光るピンクの紐がパンチさんを捕まえた。

「まさか…!」
「あ、どこへ行くんだい、ドロテーアさん!?」
「あの、やっぱりごめんなさい…!あなたには、私なんかよりもっとずっと素敵な人がいると思うんです…!」

だから私は、私の望む人の手を取りたい。
扉の陰から出された手。手しか見えていなくとも、それは間違いなく彼なのだ。
父さんの横を通り過ぎる時、父は笑っている気がした。きっと父さんは、すべて知っているのだ。

「―アルフレド…!」

何故こんなことをしているのか。
まるで他人の幸せを奪うようなことを。もう関係のないはずの彼女のもとへ来て。
それでも、来なくてはいけないと思った。祝うつもりは微塵もないけれど、せめて言葉ぐらいは掛けてやろうと思った。その前に、彼女の父親に呼ばれるなどとは思ってもいなかったが。

伸ばした手に、気付くだろうか。
鶏は相変わらず余計なことしかしないが、それに便乗した自分はもっと愚か者かもしれない。

「―アルフレド…!」
 
はっきりと名前を呼ばれ、それが不覚にも嬉しかった。次の瞬間には、相変わらず小さい手が俺の手を握った。手を引いて身体を引き寄せ、掬いあげるように抱き上げてその場から駆け出す。
真っ白なドレス、結われた髪、薄く引かれた口紅。まるで知らない女みたいだ。なのに一切変わっていない温もりに、酷く安堵する。

「無事に生きてるのね…!アルフレド!」
「…いいのかよ、俺のとこに来て。結婚式なんだろ」

自分でしといてアホな受け答えだが、もうどうしようもない。
こうなることも考えてはいた。腹も括っている。

「…誤魔化すのはもうおしまいにするって決めたの。だからね、好きよ!アルフレド!」
「俺様は許さないぞ!おドジ!」
「パンチさんも元気そうで嬉しいわ!」

ぽろぽろと雫を零す彼女の抱き上げる腕に少しだけ力を入れ、今にも溢れてしまいそうな想いを抑えた。
彼女の家の前に着き、そしてそこで下ろす。不安そうに俺を見つめる彼女に向き合って、そっと両手を握る。

「…アルフレド」
「…後悔はないな?」
「えぇ」
「なら、俺と結婚してくれ…ドロテーア」

瞳いっぱいに涙を溜めた彼女が、コクコクと頷いた。彼女の肩に乗っている鶏までも泣き出して、嬉しそうに笑って泣いたまま抱きついてきた。

「夢みたいで…っ、なんだか不安だわ…っ」
「…ならこれでいいだろ」
 
額に口付ける。唇にしたいところだが、それは彼女の父親に怒られそうだ。
おそらくあっちはまだ大騒ぎだ。戻ってきたら、きちんと謝ってから、言わなければならないことがある。

「…お前の父親のシナリオ通りになった気がする」
「父さんに、たくさんお礼を言わないと」

笑う彼女につられ、俺も微笑んだ。
  
9/17ページ
スキ