剣の王国

立ち寄った古ぼけた宿屋で、質素なベッドに寝そべりながら、ぼんやりと煤けた天井を見つめる。
シャワーを浴びに行ったアルフレドに、ドロテーアと同室にしろと文句を言った。そして、希望通りにドロテーアと同室になった。
守ろうなどと大それた事を考えたのてはなく、アルフレドに良いように使われている哀れな少女の心を慰めようと思ったのだ。時折気に掛けてやらなければ、優しい少女の心が傷だらけになってしまうだろうと、そう心配していた。だから、いつも通りにくだらないお喋りに付き合おうと意気揚々と部屋に来たのに、まさかあんなことを言われるなど。
数分前のやり取りに、こちらが大きな傷を受けてしまった。

『…あのね、パンチさん。アルフレドには絶対秘密にしてほしいのだけど。私、きっと彼のことが…』

それ以上先は聞きたくなくて、大袈裟に騒いで中断させた。驚いた後に誤魔化すように笑ったドロテーアは、そのままシャワーを浴びに行ったのだ。

「…情けないぜ。俺様ともあろう鶏が、たかだかあんなことで騒ぐなんて」
「ただいま、パンチさん」

静かに部屋の扉が開き、しっとりと頬を赤らめたドロテーアが顔を覗かせた。

「変な奴らは居なかったか?大丈夫だったか?そんな奴らが居たら、俺様が退治してやるからちゃんと言うんだぞ」
「ありがとう、平気だったわ」

くすくすと笑った顔は、剣を持った時の凛々しさなど嘘のようなあどけなさを見せる。緩く編まれた三つ編みを珍しげに眺めていると、ベッドに腰を下ろした。言葉に詰まる空気になって暫くすると、ドロテーアが先に口を開いた。

「…さっきの話なんだけど、絶対秘密にしてね。アルフレドは、契約が果たされるまでの関係だって言うと思うから」
「…あんなのの、どこがいいんだよ。おドジは良いように使われてるんだぞ」
「そうね、でもきっとそれだけじゃないのよ。私の為でもあるし…それにね、私はアルフレドが居なかったから、ここまで来れなかったもの」
「……何で俺様にそんな話するんだ?」

それまで言葉に詰まらなかったドロテーアが、少し間を置いた。きつく噤んだ口を開いて、吐息を零した。

「…きっと、想いが溢れてしまいそうになったの。彼には言えないのに、言いたくなってしまう時があって。我慢してる内に、もっともっと想いが募っていくの」

焦がれた胸が痛むのか、切なく瞳を細めたドロテーアは、ここではない何処かを見つめる。
あどけない無垢な少女が、恋を越えて女になっていく。それが、すでに恋を越えているとは知らずに。

「ふふ、変な話をしてごめんなさい。明日も朝が早いって言ってたから、今日はもう寝るわね。お休みなさい、パンチさん」
「おう、良い夢みろよ」
「うん、みられると良いな」

質素なベッドに横になると、あっという間に寝息が聞こえてきた。仰向けにごろりと体を横たえ、再び天井を見つめる。

俺様が人間だったなら、たくさんたくさん笑わせて、
泣いていればすぐに抱きしめてやるのに。
それから自慢の美声をいつでも披露して、いつまでも笑っていられるようにするのに。

「…あんな奴より、何倍も俺様の方がカッコイイぜ」

けれど、もしあいつの立場にいたなら、あの切ない表情を見ることも出来ず、珍しく弱気な本音を聞くことも出来なかっただろう。
彼女には恩がある。だから可愛がって、大切にしようと思った。助けられた彼女の、その優しい心を大切にしたいと願った。

「…なのに、あいつはおドジに無茶ばっかりさせやがって」

傷だらけになっているのに。それでも彼女は、あいつに信頼を寄せる。それを目の当たりにする度、面倒をみていた妹分を盗られたような、何とも言えない気分になる。

嫌いだ、嫌いだ。あんなすかした奴。

「……でも、おドジはあいつが良いのか」

もし、もしも人間だったなら。
俺様だって、その眩しい想いを向けてほしいと思うだろう。

「…モダモダしてるから、埒が明ねぇんだ。ちゃんと言えば良いだけだ」

あいつだって、お前に対する態度は変わっているんだから。

「ふん、俺様は協力なんかしてやらないぞ」

大事なおドジを盗られたことと、あいつならおドジを盗られてもいいと思ってしまえることに対しての悔しさはどうにも出来ない。
どうにも出来ないからこそ、このもどかしい状況が嫌いだ。

「せいぜい困れ、困れ。俺様が面白おかしくからかってやる」

軽くなった心と、一抹の淋しさを抱えて。
今夜も静かに眠りについた。
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