剣の王国

「見えるか、息子よ」
「誰が息子だ」

目の前でニコニコと笑う長い赤髪を編んだ男を見やった。彼の大戦の英雄の独りは、子どものような無邪気な雰囲気を纏っている。

「だって、君は私とそっくりだろ?まるで息子のようで楽しいんだ。暫く付き合ってくれ」
「……」

ため息を吐いて指示に従うことにした。窓から室内を見ている姿は不審者のようで危ないが、確かに中の様子が気になるため、とりあえず状況に流されておく。

「あぁ…ジルコニアの料理している姿が見られるなんて…!」
「…イザナダ、落ちるぜよ。少し落ち着いた方がいい」
「……」

イザナダの膝の上でため息をつくトトを見ながら、これがジルコニアの想い人なのだと観察していると、不意に頭の後方から声を掛けられた。

「おドジとお前の師匠は何してんだ?」
「あ?…菓子を作るとか言ってた」
「ほー」
「ジルコニアは何をくれるんだろうか…」

大の男がまるで子供のようにはしゃいでいる。ガキかよと思いながらも、鍛えられ、戦い慣れた体を見ると、まだまだ俺の方がガキだと思い知らされるのが少し悔しかった。

「二人は何を話しているんだ…気になるな」
「ばれるから、あんまり近づくなよ」
「むぅ…アルフレド、君はあの子から貰うんだろう?」
「は?…いや、別に」
「可愛い子だな。ジルコニアの方が綺麗だが」
「その惚気止めてくれ、うざい」
「君ももっと自慢してくれていいぞ。ここからだと、まるで嫁と将来の娘を見ているみたいだ」
「…意味わかんねーし」

第一、あんたと俺は親子じゃないだろう。しかも、あいつとはそんな関係ではない。あんたがジルコニアと夫婦であるなど俺は認めない。

「あぁ、甘い香りがする。チョコだろうか、クッキーだろうか」
「…貰えなかったりして」
「…!?」

べぇ、と舌を出し、ケラケラと笑った。ささやかな反抗の言葉は思いのほか効果があったらしく、イザナダは分かりやすいほど落ち込んだ。少しむしゃくしゃした気分が収まる。

「…じゃあ、君は貰えなくてもいいんだな?」
「?」
「いらないなら私がすべて貰っておくよ、勿論あの子のも」
「ば…っ、それは…っ!」
「ほら、やはり楽しみなんだろう?素直さは大切だぞ、息子よ」
「…くそっ」

やられた、見た目の割に食えない男だ。さすがはジルコニアが惚れただけはある。
しかし、あんなウスノロに特別な感情はない。勘違いも甚だしい。

「お…!そろそろ出来るぞ」

イザナダの声に、鶏が身を乗り出してきて、手羽先が俺の視界を塞いでしまった。


「へ~、ドロテーアは料理得意なのね」
「はい、家ではずっとやってたので」
「グランピウスの娘にしとくの勿体無いわね。あたしの娘になってくれたらいいのに~」
「え…!」
「冗談よ、冗談」

カラカラと明るく笑うジルコニアを見て、とても綺麗な人だと見惚れた。あのアルフレドが好きなのだ。綺麗であるのは当たり前だろう。そう思うと、何故だか少し胸が痛んだ。

「ジルコニアさんは、誰に渡すんですか?」
「えー?勿論アルフレドとトトよ」
「え…じゃあ、あそこで見てるアルフレドに似てる人には…」
「イザナダが居るの!?」

真っ赤な顔で大きな窓に目を向け、何やら話し込んでいる男性組を見つめた。少し不自然な動きをして、ジルコニアは私に顔を向けた。それは恋する少女のようにあどけない顔をしていた。

「…恥ずかしいんだけど、」
「はい」
「……あれにあげたいのよ。でも、あたし料理苦手でさ」
「私でよければお手伝いしますよ」
「…本命に、少しだけ特別なの作りたい」
「はい!」

強くて凛々しい女性の、とても乙女らしい姿に私の頬も緩んだ。

「アルフレドが本命でしょ…?」
「!!」
「ふふふ!うぶな子ね!」

微笑ましいと油断したせいもあり、思わぬ反撃のおかげで、今度は私が真っ赤になった。

「そろそろできますよ」
「ほんと?よし、呼ぶか」
「?」
「こら!そこの赤コンビ!」

ジルコニアが窓の方に叫ぶと、びくりと二人が驚いていた。ラッピングをして外に出ると、そわそわとした雰囲気を醸し出す男性陣が立っている。

「ジル!これ貰っていいんだな!?」
「あんたにあげてるんだから、あんたのでしょ」

嬉しそうに瞳を輝かせるイザナダと、照れたように顔を逸らしながら、頬が緩んでいるジルコニア。破顔するイザナダに、呆れたように微笑んでいる。

「勿論トトにもあるわよ」
「…お前が作ったのか?ジルコニア」
「あの子に手伝ってもらったから大丈夫よ。とっても料理上手なんだから!」
「…ジルコニアも見習った方がいいぜよ」

気怠そうに髪を掻きながら視線を逸らしているアルフレドと、その肩にいるパンチネロにチョコを渡した。

「はい、アルフレド、パンチさん」
「…ん」
「ほー!綺麗に出来てるな!おドジ」
「本当!ふふ、嬉しい」
「…まぁまぁじゃん」

そんなドロテーアとアルフレドを観察するイザナダが、不思議そうに小首を傾げて尋ねた。

「なぁ、さっきから気になっていたんだが、」
「「??」」
「どうして靴を半分ずつにしているんだ?お揃いなのか?羨ましいな、息子よ」
「…だから、息子じゃ」

ジルコニアにだって、そういうことが出来なかったのに。と何処か羨ましげに見つめるイザナダの眼差しが刺さる。

「うそ!気付かなかった!なんだ~アルフレドももうそんな年頃なのね!」
「ジル!?勘違いだ!」
「あ、アルフレドは優しくて、それで…」
「いいわよー応援するわ!任せなさい。あー…でも、グランピウスは煩そうね」

グランピウスの名前に固まるイザナダの隣では、ジルコニアはドロテーアに向けて応援の言葉を掛け続ける。説明することも放棄したアルフレドは、投げやりに空を仰いだ。

「なんで、グランピウスの名が…」
「えっと、娘です」
「じゃあ、やっぱりそれは銀の靴なのか!?」
「はい」
「あの仏頂面からこんなに可愛い子が生まれるのよ!?信じられないわよね!」

可愛い可愛い、と言いながら、むにむにとドロテーアの頬を撫でるジルコニア。可愛がられている当の本人は、いまいち状況を理解できていない。ドロテーアの困ったように向けられた視線に、アルフレドはため息を吐く。そんな様子を眺めていたイザナダは嬉しそうに笑って、そのまま三人を抱き締めた。


ーHAPPY VALENTINE
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