OLD:お題
声を掛けられたことは、数えきれぬほどある。
その中で、好きだと言われたことも何度かある。
付き合い自体を拒否することもなく、何人かの女と付き合った。
しかし、適当な付き合いをしていたつもりはないが、結局は長く続かなかった。
人との関わりはあったが、俺の心を揺さぶってくれるような人間は居なかったのだ。
特別なのは、じいちゃんだけだ。
この富士島に来てから関わった対ゾンビ部隊の一部の人間が、ほんの少し気安く関われた程度だった。
だからだろうか。
あの島の中で、彼女の存在は酷く異質だった。
あんなことがなければ、自分とは関わることなどない人間のはずだったのに。
「…本当に、会うことなんてなかったのにな」
あの地獄のような世界から脱け出して。
こんなにも当たり前の日々を享受しているなど。
「生きてるのも不思議なもんだけど」
「何が不思議なんですか?」
「何でもない、独り言」
「そうですか」
相変わらずのアホそうな笑顔を浮かべ、まひるはニコリと微笑む。
小首を傾げて微笑む動きに合わせ、ふわふわとしたクセッ毛が揺れる。
そのクルリと跳ねた毛先を整えるように梳いて、口づけるように口元に当てた。
百年にも満たない短い人の生の中で。
こんなにも自分を変えることが起こるなど、予想もしていなかった。
穏やかな日々を過ごせるなどと思い描くこともなく、何の未練もなく死んでいただろう。
「…お前と会えて、良かったよ」
「私もですよ」
きっと意味も分からずに笑って返事をする彼女の頭を、わしゃわしゃと撫でる。
そのまま小さな頭に唇を寄せ、キスを落とした。
ー本当に、お前に惚れてよかった。