剣の王国

ー私の愛しい弟子へ。

それだけを書いたまま止まっている手紙の一行目。
 
大きく伸びをして、深く息を吐き出した。ぐしゃぐしゃと銀色の長髪を掻き乱し、手に持っていたペンを放り投げた。

「危ないぞ、ジル」
「…うん、そうね」
「ジル?」
「あー…ごめんごめん、イザナダ」

心配性な恋人に適当に謝りつつ、手紙を丸めた。慣れないことはするもんじゃないと、三度目ため息を吐く。

「手紙か。何かあったのかい?」
「ううん、アルフレドに書いてあげようかと思って」
「あぁ、君の自慢の弟子の」
「そう!私の自慢よ」
「だが…書いても届けられないんじゃないだろうか」
「ん?……あ、そっか」

死んでるんだもんね、あたしたち。
 
ここからだといつもあの子が見えているから、つい忘れていた。
もうとっくに死んでいるんだ。心残りが多すぎて忘れていた。

「彼に何かあったのか?急にそんなことをしだすなんて」
「うん…ちょっとね、辛そうだから。なんか元気づけてあげられないかなって思ったんだけど」

もう声は届かないけど。
もう手を繋いであげられないけど。
もう強く抱き締めてあげられないけど。

「手紙なら届くかと思ったんだけど、やっぱりダメね」
「寂しいのか…?」

竜飼いの部族長が情けない顔をする。少しは自分がちゃんと私に惚れられてるって自惚れてもいいのに。寂しくない、なんて嘘だけど。

「バカね、イザナダが居るじゃない」
「ジル…!」
「…あ、そうそう!今アルフレドも独りじゃないのよ」
「恋人でもできたのかい?」
「んん~…近いかしら」
「今日は君の弟子の話を聞こう」
「いいわよ、自慢してあげるわ」

嬉しそうに破顔した恋人に、私もつられて笑う。
生きている間には甘えるなんてそんな照れくさいことは出来なかったが、今は堂々と手を繋げる。抱きつくことも、抱き締められることも恥ずかしいけど、それをとても幸せに思う。


「…で、今に至る感じよ」

さらりと弟子の奴隷時代から今に至る状況の説明を終えた。何度か話してはあるが、優しい彼はその度に辛そうに笑う。そういうところが、好きだなと思う。

「それより、その二人の仲は大丈夫なのか?恋人だろう?それで別れてしまったら…!」
「だから、恋人じゃないのよ。旅の仲間、もしくは取引相手なの」
「でも、仲間なら私達のような感じだろう?私はずっと君が好きだったわけだから…いつかそうなるかもしれない」
「そうなれば嬉しいけど…ていうか、さらっとそんなこと言わない!」
「はははっ」

アルフレドに恋人が出来るなら、それはとても嬉しい。私もイザナダと出逢えて幸せだから、アルフレドにもそれを味わってほしい。
家族に与える愛情と、その人だけに向けられた愛は違うから。家族では与えられない「愛」を知ってほしい。

「…でも、大丈夫なのかしら…アルフレド」

思っていた以上にアルフレドは、私を想ってくれている。けれど、それがダメな気がするのだ。彼の生きる目的そのものが自分であるようで、とても不安だ。ずっと彼の心を縛り続けているようで辛い。
自由になったのに、まだ過去に囚われている。

「もう、いいのよ…アルフレド」

もう自由なんだから。
本当は、仇なんていいのよ。今を生きてほしいの。
女王を殺せなくても、未来はきっと眩しいから。
見失わないで、貴方にとって大切なものを。

「ジル、きっと大丈夫だ」
「イザナダ…」
「彼は、彼女の手を掴んだんだろう?だから、きっと大丈夫だ」
「うん…掴んだの」

私が一番伝えておきたかった言葉を、覚えていてくれた。
そして、彼女の手をしっかりと握ってくれた。

ドロテーア。戦友であるグランピウスの娘。 
優しそうな、可愛らしい女の子。私達の因縁に巻き込んでしまった、健気な子。
優しい心はもうズタズタになっているかもしれない。でも、それでもアルフレドと一緒にいてくれる。怒られてばかりいるのに、ずっと居てくれる。アルフレドの優しい心にも気づいている。

「…そうね、きっと大丈夫」
「ジルの自慢の弟子なんだろう?」
「当たり前よ!私の自慢よ」

あとはドロテーアに頑張ってもらおう。
生きている二人の未来を楽しみにしよう。

ただ願うなら。女王を打倒したその時に。
アルフレドの髪が本来の色に戻りますように。
そして、その隣にずっとあの優しい少女に姿がありますように。
「愛」を知ってくれますように。

「あ~あ、グランピウスこっちに来てくれないかしら」
「ジル!それは流石に不謹慎だろう…」
「うん、知ってる。でもね、そうしたらもっとドロテーアのこと聞けるのよ?アルフレドの恋人のこと」
「グランピウスは娘を溺愛しているようだから…怒るんじゃないのか?」
「私の自慢の弟子の恋人になるんだから文句はないでしょ」
「君って人は…」

困ったような呆れたような笑いを零すイザナダの頬に、キスをひとつ。

「じ、ジル!?」
「話聞いてくれたから、お礼」
「…なら唇にお願いしたい…」
「な、何言ってんの!」

バカ!と叫んで駆け出した。慌てて追いかけてくるイザナダが可愛くて、思わず頬が緩んだ。

手紙はもういいや。
辛いことも、哀しいことも、苦しいことも、たくさんあるけれど。大切なものさえ見失わなければ、きっと大丈夫だ。不器用もご愛嬌。隣にある熱だけ喪わなければ、貴方はもっと強くなれる。
だから、これだけは言っておこう。

「女の子は、もっと優しく扱いなさーい!」

あぁ。彼らのもたらす未来が楽しみだ。
どうか、あの小さな希望たちが笑っていれくれますように。 
  
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