確率捜査官御子柴岳人


「眠い!」

と叫んで、大きな子どものような御子柴が、自席で机に突っ伏した。

「ここ2日くらい徹夜して分析しててくれたんだろう?そのお陰で事件も解決したよ。本当にお疲れ様」
「こちらも書類まとめ終わりましたっ」
「新妻くんも御子柴くんの手伝いをしてたみたいだし、二人とも疲れてるだろう」

今日はこのままゆっくりしていていいよ、と菩薩のように微笑んだ権野の言葉が、働き詰めで疲弊した心身に優しく沁み渡り、泣きたくなるほど感動した。

暫く稼働しっぱなしだったパソコンの電源を切り、深いため息とともに脱力する。
画面を見続けた目が鈍く痛む。
気怠い体に鞭打って、どうにかタオルを濡らして目元に置いた。ひやりとした冷たさが熱の籠った目元をゆっくりと冷やしていく感覚に、疲労と共に心地よい達成感を感じられた。

「……疲れたぁ」
「眠い!眠い!」
「寝ればいいじゃないですか、御子柴さん」

突っ伏したままうだうだと騒いでいる御子柴の様子は、本当に寝そびれて不機嫌な子どものようだ。

「眠くてもこんなところじゃ満足に眠れないだろ」
「椅子とか繋げて横になって寝たらどうです?」
「机くらい安定してるものがいい」
「そんな無茶な…」

狭い仕事部屋には余分な椅子があるわけもなく、ましてや机は人数分、しかも書類だ荷物だと山積みになっている。
仕方なく、予備のタオルを濡らして、突っ伏している御子柴の首に置いてみた。
わぁ!?と声を上げ、置かれたタオルに対して敵意の籠った眼差しを向ける。

「目元を冷やすと楽になりますから。リラックスしてそのうち眠れますよ」

しばらくタオルの気持ちよさに癒されていたが、何やらゴソゴソと探す音がした。
タオルをずらして片目だけで様子を窺えば、白衣のポケットやら書類の束の隙間を漁っている御子柴の姿が見えた。

「ない!」

そう叫んで、ガリガリと頭を掻き乱す。
いつもより僅かにしょぼれくた様子の御子柴が、ぐるりとこちらに顔を向けた。
嫌な予感がする。

「おい、チュッパチャプス持ってないか」
「持ってませんよ」
「ないんだ」

だから買ってこいとでも言うのだろうか。
しょぼくれた御子柴を見るのは複雑だが、そんな使い走りのようなことはしたくない。

「よし、買いに行こう」
「行ってらっしゃい」
「お前も行くんだ。僕だけじゃ持ちきれないだろ」
「はぁ!?」

行くぞ、と子どものように手加減無しに腕を引っ張る御子柴の力に負け、半ば椅子からずり落ちるように部屋から連れ出されてしまった。
廊下を進み、人の動きが多くなるホールに着いた頃には、女性職員たちの黄色い歓声が聞こえるようになっていた。
モデル顔負けの整った顔立ちで、すらりとした長身な彼は、普段から白衣を纏っている。それがさらにミステリアスな雰囲気を醸し出すらしい。
美形の無駄使いだ、と女性陣の嘆息と囁きを聞きながら思う。
じゃじゃ馬を飼い慣らす自信がなければ付き合いきれないだろうと考えるほど、御子柴という男は不思議な存在だ。

売店の入り口付近で御子柴の背中を眺めていたが、棚を一つ一つ確かめ、結局入り口へと再び戻ってきてしまった。

「…ここには売ってないのか」
「ありませんか?」
「ない」
「まぁ…あまり成人男性が舐めているのは見ませんからね。売店で扱ってないのは仕方ないですよ」

これで諦めてくれるだろう。
そして、この居心地の悪い空間から抜け出せるだろうと期待を込めて御子柴の顔を覗き込めば、ますます不服そうに唇を尖らせていた。
再びぐるりとこちらを向いた眼には、諦めきれないといった強い思いが覗いている。
今日はなんて災難な日だろうか。

「コンビニかスーパーに行くぞ。どっちが近い?」
「……コンビニの方が近いと思います」

周囲の視線などには目もくれず、ズンズンと我が道を進む御子柴に、終始ため息しか出てこない。
眠いと騒いでいたのは何だったのか。
相変わらず人を引っ張って進んでいく御子柴のペースに合わせているうちに、こちらの眠気は消えてしまった。 その代わり、疲労だけは蓄積されていくようだ。

5分ほど歩いた場所にあるコンビニに、ようやく目当ての品を見つけることができた。
子どもたちが好みそうなものをごっそりと買い占める大人の姿は何とも言えない。
まさに変人だ。
袋いっぱいに入ったチュッパチャプスを嬉しそうな笑みを浮かべて抱きかかえる姿は、少し可愛らしいと思えてしまうのが悔しい。
チュッパチャプスを舐める御子柴と共に、ようやく部署へと戻ることができた。

「…疲れた…」

重い足取りで自席に戻り、机に突っ伏す。
近くでガサガサと袋を漁る音がするが、何をしているのか気にする余裕もない。
このままなら眠れそうだと思っていると、コツン、と何かが頭に当たった。

「もうっ、何です?」
「ふふん、お前は2本分の働きだ」

地味に痛む頭を押さえながら机を見れば、チュッパチャプスが2本落ちていた。
頭に当たったのはこれだったのか。

「ありがとうございます」
「……」

貰ったうちの1本を口に含んで、無言でこちらを眺める御子柴を見つめ返す。
黙っていればイケメンなのだろう。
コーラ美味しいな、などとぼんやり考えていると、御子柴の腕が伸び、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
突然のことに、?が大量に浮かんでくる。

「あの、髪が…乱れますから…」
「今度はもっと大量に買い占めておこう。その時はまたお前も行くんだぞ」
「…荷物持ちってことですか」
「ふふん、3本に増やしてやるぞ」
「子どものお駄賃じゃないんですから」

満足げに微笑む変人の姿に、何故だか無性に心がざわつく。
未だにわしゃわしゃと撫で回す手が、とてもとても心地よかった。
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