On the way to Living Dead


人気のない美しい砂浜を、彼女の手を引きながら歩く。
さらさらと足に絡む砂を軽く蹴り上げると、太陽の光を反射してキラリと輝いた。
手を離した彼女が、気持ち良さそうに波打ち際で海と戯れる。
水を掬っては落とし、嬉しそうに無邪気に笑う。
ー守りたい、と強く思った。

「サングラスを外さなくても、この綺麗な海は見えますか?」
「うん…眩しいからいいんだよ」

くすくすと笑う彼女を呆れながら見つめる。
短くなった柔らかい髪が、風に吹かれてふわりと靡く。

「眩しさなら、竜太郎さんの方がキラキラしてますよ。ふふっ、綺麗ですね」

自身の金髪が、光を反射しているのかもしれない。
嬉しくもなんともないのに、彼女に言われてしまうと胸がくすぐったくなる。
照れ隠しに髪を掻いて、いまだ波と戯れる彼女を抱きしめた。

「近くに美味しそうなアイスを売ってるお店を見つけたんですけど、良かったら行きませんか?」
「行く」
「竜太郎さんは、ほんとに甘いものが好きですね」
「…おかしいか」
「いえ!可愛いと思います」

…それもそれで複雑なんだが。
今度は彼女に手を引かれ、目的の店に向かう。
水で濡れた手の間を、爽やかな風が通っていくのが心地よい。
しっとりとした手から、まるで皮膚が溶けあってお互いがひとつになっていくような錯覚を覚えた。
試しに軽く力を入れれば、やはり彼女と自身の皮膚の感触は異なっていて、どう足掻いてもひとつにはなれそうにない。
だからこそ、きっと惹かれるのだ。

「美味しいですね!」
「うん」
「あ!わんこですよ、竜太郎さん!」

店の近くのベンチにのんびりと海を眺めながら座っていると、茶色の中型犬がどこからともなく現れた。
彼女の方にじゃれついた後、何故か俺の傍らにぴんと背筋を伸ばして座った。
頭を軽く撫でてやれば、バタバタと勢いよく尻尾を振る。
あの日最期を見届けたあいつの姿が重なって、思わず抱きあげて、そのまま抱きしめた。

「竜太郎さん、わんこ好きでしたか?」
「…こいつは、特別だ」
「羨ましいですね、私ももっと抱きしめてほしいです」

顔を上げて、少しずつ二人の距離が近づく。
鼻先が軽く触れ、もう少しで唇が重なる一瞬。
ーーガラガラと大きな音を立てて、幸せな時間は跡形もなく崩れ去り、真っ暗な闇に包まれた。


ハッと目が覚め、周囲に目を遣る。
まひるは、犬は、どこだ。
ー違う。
あれは、ただの妄想だ。
救えなかった二人を、自分の良いように幸せを思い描いた世界に埋め込んだだけだ。

ぶんぶんと頭を振り、階段のずっと上を見上げた。
階段の入り口から、メロとジョジーナの声が聞こえる。
外の世界は、朝を迎えたようだ。なのに、ここはいつまでも闇が広がっている。

大きな水槽には、目を瞑ったまま漂う彼女の姿がある。
最早あれから何年経ったか、分からない。
彼女は、ただここにいる。
そして自分は、ここで待ち続けている。

早く目を覚まさないだろうか。
あの日、日本語で伝えられなかった想いを、今度こそ伝えようと思っている。
誰も彼女を奪いに来ないように、ずっと見守り続けた。

早く笑ってくれ。
そうしたら、二度と傷つかないように俺が護り通すから。
絶対に、ひとりにしないから。

水槽に額を寄せて、昔から十字架に祈るようにそっと目を閉じた。

外は幾度も朝を迎えているのに。
ここは、いつまでも夜のまま。

あぁ、寒くて堪らない。
温もりをくれ。
お前が、俺には必要なんだ。

「…まひる」

ーー夜明けは、いまだ訪れない。
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