首の姫と首なし騎士


ある森の奥に、ひっそりと佇む一軒の家がありました。

そこには、人付き合いの苦手な少女―真っ赤なずきんが可愛らしい『赤ずきん』シャーロットと、護衛兼癒し要員のタローが住んでいました。

やや引きこもりのため、あまり外に出ない少女ですが、読書やタローとの散歩を楽しみに暮らしていました。

「ふぁ…今日も天気が良いわね。タローとの散歩も、少し遠くまで行けるかしら」

家の中を見回すと、昨日読んでいた本が既に読み終わっていることに気がつきました。本は週に一度馴染みの少年が届けてくれますが、今週の分はすっかり読み終えてしまったようです。

「あ…やることがないのね…せっかくだから、今日はゆっくり散歩を楽しもうかしら」

早速動きやすい軽装に着替え、タローと一緒に外に出ました。
家の周囲には心地良い風が吹き、木々が揺れ、素敵なお散歩日和です。

「タロー、今日もいい天気ね」
「ワン!」
「今日はどこまで行こうかしら」

家から少し先に行ったところに、綺麗なお花畑があるのだと、先日本を届けてくれた少年に教えてもらいました。
地図を確認するために一度家に入り、古びた地図を机に広げて確認してみます。
少年が教えてくれた通り、地図にも書いてあるようです。
さて、これで今日の目的地が決まりました。

「よし、今日は少し遠くに行きましょう。時間もあるし、私の体力的にもゆっくり行けば平気だもの」
「ワフッ!」

木漏れ日の中を風に誘われながら、二人はとことこ、とことこ歩いて行きました。

暫く道なりに歩き、そろそろ疲れてきた頃、ようやく目当てのお花畑に着きました。
見渡す限りの花、花、花。
果て無く広がり、色とりどりの花が咲き乱れていました。

「わぁ…綺麗」

尻尾を大きく振って喜ぶタローに笑みが零れ、自由に駆けてもいいと伝えると、タローはあっという間に花に埋もれてしまいました。
たくさん咲く綺麗な花を摘んでもいいのか逡巡したものの、籠に入れて、少しだけ持ち帰ることにしました。
持ち帰る分を摘み終え、地面に腰を下ろしてお花畑を眺めると、すぐに目の前の景色に魅了されてしまいました。
タローが蝶を見つけて、花畑を駆けまわり始めても、そんな光景さえも素敵な景色だったのです。

けれど、慣れない遠出をしたことや、柔らかい日差しと心地の良い風が、ゆったりと眠気を誘ってきます。

「ダメよ…こんなとこで寝るなんて…」

ダメだと思いながらも、今にも瞼は閉じてしまいそう。
大きく息を吐いて、愛用の赤いずきんを畳んで、地面に置きました。そのまま地面にゆっくりと倒れ込み、ずきんを枕がわりにしながら夢の中へと旅立っていきました。
その側に、狩りを楽しんでいたタローが駆けて来て、そのまま丸くなりました。
そうして、二人はのどかなお昼寝を始めたのでした。


すると、そこへ――
森に棲む見目麗しい狼が現れました。

「おや、こんなところで可愛い子が眠っているね。まるで眠り姫のように可憐だけれど、少し無防備過ぎやしないかな」

花畑で寝ているシャーロットを見つけると、足音を忍ばせて近づいて行きます。
しばらくその寝顔を眺めてから、シャーロットをそっと抱き上げました。起きないことを確認して、そのまま棲み処へお持ち帰りをしようと踵を返すと、森の中から狩人が現れました。

「……おい」
「やぁ、アルベルト。いつも仏頂面だが、元気そうだな」
「…何を言ってるんだ、あんたは。…で、それは何だ?」

狼と顔見知りの狩人はアルベルトと言い、妙に気の合う仲でした。

「物じゃないよ。見てくれ、とても可愛らしいだろう?」
「…知らん」
「お前はつれないね。可愛いから住処に連れて行くんだよ。他の男に取られたら困るだろう?」

シャーロットを抱き上げたまま至近距離で二人が話していたため、シャーロットが目を覚ましました。

「…んん」
「あっ…ほら、目を覚ましてしまったじゃないか」
「俺は関係ない」

何やら声がしますが、寝惚けているため、自分の状況が分かりません。
眠い目を擦りながら、懸命に周りの様子を眺めると、狼の眩しい顔立ちに気づき、思わず叫びそうになりました。

「大丈夫かい?」
「…っ!?に…、兄さ…!?」
「おっと。ここでは狼だからね」
「いいから早く下ろせ」
「モゴ…っ!?」
「お前は厳しいなぁ」

不機嫌そうな狩人の様子にため息を吐きながら、狼はようやくシャーロットを解放しました。
まったく状況の分からないシャーロットは、急いで二人から離れます。

「私、寝てたのね…な、何もしてないわよね?えぇっと…」
「『狼さん』」
「お、狼さん…」
「可愛いお前にそんなことしないよ。するなら、ちゃんと意識がハッキリしてる時にするからね」

さらりと衝撃的な発言をする狼に、アルベルトはため息を吐き、シャーロットは固まってしまいました。
声も出せずに震えるシャーロットを、目を覚ましてからずっと狼の足元にいたタローが、一生懸命に慰めようと体を擦り寄せます。

「た、タロー…!」

我に返ったシャーロットは、タローを連れて急いで家に帰っていきました。

「あはは。いつも可愛いなぁ、ロッティは」
「……シスコンが…」
「お前もそう思うだろう?」
「知らん」

共感の得られない狩人にため息を吐きながら、ゆったりとした歩調で、二人はシャーロットの後を追いかけて行きます。
そんなシャーロットは、狼と狩人から逃げて、ようやく家に着きました。普段から運動をしないシャーロットは、それだけでへとへとになってしまいました。

「疲れた……ごめんなさいね、タロー。明日はゆっくりしましょうね…」

そう言って苦笑を浮かべるシャーロットを、タローは気遣わし気に見つめ返します。
ご主人の感情を読み取れる、とても賢い犬なのです。

「タロー、やっぱり貴方ってとても優しいわね」

紅茶を淹れてホッと一息つき、タローを撫でてゆっくりしていると、コンコンと窓を叩く音がしました。

「何かしら…?」

窓の方へ近寄ると、なんとあの二人が立っていました。

「嘘っ!?」
「本物だよ、ロッティ。ゆっくり話がしたくてね、ちょっと家まで来たんだ」
「…犯罪じゃないの…?」
「犯罪だな」
「大丈夫だ。俺は王族だし、これは物語だから」

納得しにくい説明を受けつつ、とりあえずシャーロットは二人を家の中に入れることにしました。

「どうぞ…あまり綺麗じゃないけれど」
「暮らしている女の子くらい素敵だよ」

と言いながら、狼はさりげなくシャーロットの肩を抱き、側に引き寄せます。
すると、キィンという甲高い音が響きました。

「…っ!?」
「警戒心が低いな、お嬢さん。その手を離せ、シスコン」

狩人の持っている剣が、狼の喉元に突きつけられます。
けれど、それでも狼は涼しい笑顔を崩しません。
そんな緊張感溢れる空気の中、シャーロットは疑問に思ったことを訊いてみました。

「…あ、の……それは…?」
「剣だが?」
「貴方…狩人よね…?」

そう言われると、狩人は面倒くさそうに顔を歪めました。

「か、狩人って、猟銃とかじゃないのかしら?」
「そんなもの関係ない」
「はぁ…分かったよ。離すからその剣退けてくれないか?」

言葉通り、狼はシャーロットから手を離しました。
仕方なく、狩人も剣を退けます。

「まったく…俺の可愛いロッティが怪我をしたら危ないだろう」
「大丈夫?に…、狼さん?」
「お前は本当に優しいね、ロッティ」

再び引き寄せられそうになったので、シャーロットは狼から離れました。そして、狩人が剣を使うのも危ないので、さっきの話の続きを振ることにしました。

「狩人って猟銃でしょう?剣を使うのはおかしくないの?」
「狩人とは人を狩るんだろう?なら、銃より剣の方が手っ取り早い」
「違うから!獣とかを狩る人よ!!」

なんとも危ない狩人でした。
軽い眩暈を感じながら、ニコニコと微笑んでいる狼に話しかけます。

「狼さんはいつまでここに居るの?帰らないの?」
「ロッティ…帰れって言うのかい?お前を一人にしておくなんて心配だよ」
「うっ…」

あまりにも淋しそうな顔をされてしまい、続く言葉が出てきません。

「当たり前だろう、狼は早く出ていくと良い。お嬢さんは俺が預かってやる」

狩人が底意地の悪そうな艶やかな笑みを浮かべます。その笑みを見たシャーロットの背中を、冷たい汗が流れていました。

「俺の可愛いロッティから離れる訳ないだろう?お前の方がよっぽど危ないな」

狼も狩人も一歩も退かず、また危ない空気が漂い始めます。
その空気に耐えられなかったシャーロットは、一番の解決策を言ってしまいました。

「なら、二人とも住めばいいじゃない…!」
「なるほど…」
「それは良い案だね。早速準備をしてくるよ。ロッティと一緒に暮らせるなんて、なんて幸せだろう」
 
一瞬で決まってしまいました。
シャーロットはタローに駆け寄り、存分に後悔しました。

こうして、赤ずきんと狼と狩人は。
賑やかに、仲良く暮らしました。
                                                 ~おしまい~

 
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