お題〈キス22題〉
嫌な夢をみた。
飛び起きて携帯を見ると、時刻は深夜の三時を過ぎたところだった。
「…いや、だなぁ…」
もう少し寝ようにも眠れそうもなく、嫌な汗を洗い流そうとシャワーを浴び、そのまま朝が来るのを待つ。結局、今日は大学には用は無いが、支度なんて適当に済まし、彼に逢いたくなって家を出た。
見慣れたプレハブ小屋の扉の前に立ち、軽くノックをしてノブに手を掛けると、何の抵抗もなく扉は開いた。
「不用心だな…八雲君」
チラリと中を覗くと、彼はまだ寝袋に入って静かな寝息をたてて眠っていた。脇にしゃがんで、その綺麗な顔を見つめる。お腹の辺りに置かれた彼の手に自身の手を重ね、ソファに寄り掛かるようにして、そっと目を閉じた。
ー何か得体の知れないモノに追われ、何処かに逃げ込んだ。そこには、今までや現在の、僕が大切だと思える人たちが居る。
得体の知れないモノから逃れられたと安堵し、彼らに近づこうと一歩を踏み出した瞬間。彼らは僕から離れ始めた。
「…!?」
一歩近づけば、一歩離れる。堪らなくなってつい駆け出せば、ふっと目の前から消えていく。
一人、また一人と消えていき、最後の一人が残った。
真っ黒に塗りつぶされたその人物だけは、何故だかとても大切なような気がした。
「--…っ!」
名前を叫びながら必死に手を伸ばした。
あぁ、もう少しで触れられそうなのにーー
何やら呻くような声に目が覚めて、ゆっくりと目を開くと八雲が苦しそうに魘されていた。
「八雲君…?」
額に浮かんだ汗を拭おうと体を動かそうとした瞬間。
「-晴香…っ!」
「!?」
自分の名前を呼ばれ、びくりと体が跳ねた。そのままの体勢で固まり、飛び起きた彼と目が合う。
「…!?」
「お、おはよう…八雲君」
「なんで…君がここに…」
「えと…色々あって…」
いつの間にか、彼の手に重ねていた私の手をきつく握っていたけれど、たぶん彼は気付いていない。何処かほっとしたように息を吐いた彼の額に手を当て、熱があるのかと心配になって覗き込む。
「…うーん、熱は無さそうだね」
「……」
「随分と魘されてたね」
まだぼんやりとしている彼の手が動き、額に当てた私の手を掴んだ。そのまま彼の口元へと運ばれ、自然と彼の口を覆うような格好になる。何やら恥ずかしさが込み上げ、真っ赤になっていくのを感じる。
掌に感じる唇とか息とか、もう頭が爆発してしまいそうだ。
当の本人はその状態のまま、苦しげに目を閉じていて、何も言えずにされるがままになる。
「……」
「……あの、八雲君…?」
「……ら、……だけは…」
消えてしまいそうな掠れた声で、彼は何やら呟いた。
「何?八雲君」
「頼むから…君だけは…」
居なくならないで欲しい、と。
縋るように、不安そうに彼は言った。
ゆらゆらと、不安定に揺れる蝋燭の灯のように儚げな
彼の様子に、掴まれたままの手を動かし、包み込むように彼の手を握り締める。
「…うん、何処にも行かないよ。私は、八雲君の側に居る」
「……本当に…?」
「うん、絶対に約束するよ」
小さくコクリと頷いた彼を見て、私も今朝見た嫌な夢を思い出した。
「…だからね、八雲君も…勝手に何処かに行かないでね」
「…あぁ、分かった」
「私を…置いていかないで…っ」
私の知らない所で、勝手に何処か遠い場所に行かないで。
貴方を支えると誓ったんだから。
たくさん二人で想い出を作ろうと決めたんだから。
「…だから、側に居てね」
「…君もな」
額が触れ合い、そこからお互いの体温が伝わる。此処に居るんだ、と安心して小さく笑みが零れた。
「お腹すいたね」
「…君だけだ」
「何処か食べに行く?それとも私が朝食作ってあげようか?」
「……ちゃんと食べられる物か?」
さっきまでの態度が嘘のように、もう普段通りの皮肉だ。
「ちゃんと食べられます!」
「…じゃあ、君が作ってくれ、外食は面倒だ」
「はいはい、じゃあうちに行こう」
今朝の不安が、嘘のように消えていく。
自然と手を繋いで、確かに隣に相手が居ることに安心して、それがもう当たり前になっている。
これからも続くことを願って、その幸せを噛み締めた。
飛び起きて携帯を見ると、時刻は深夜の三時を過ぎたところだった。
「…いや、だなぁ…」
もう少し寝ようにも眠れそうもなく、嫌な汗を洗い流そうとシャワーを浴び、そのまま朝が来るのを待つ。結局、今日は大学には用は無いが、支度なんて適当に済まし、彼に逢いたくなって家を出た。
見慣れたプレハブ小屋の扉の前に立ち、軽くノックをしてノブに手を掛けると、何の抵抗もなく扉は開いた。
「不用心だな…八雲君」
チラリと中を覗くと、彼はまだ寝袋に入って静かな寝息をたてて眠っていた。脇にしゃがんで、その綺麗な顔を見つめる。お腹の辺りに置かれた彼の手に自身の手を重ね、ソファに寄り掛かるようにして、そっと目を閉じた。
ー何か得体の知れないモノに追われ、何処かに逃げ込んだ。そこには、今までや現在の、僕が大切だと思える人たちが居る。
得体の知れないモノから逃れられたと安堵し、彼らに近づこうと一歩を踏み出した瞬間。彼らは僕から離れ始めた。
「…!?」
一歩近づけば、一歩離れる。堪らなくなってつい駆け出せば、ふっと目の前から消えていく。
一人、また一人と消えていき、最後の一人が残った。
真っ黒に塗りつぶされたその人物だけは、何故だかとても大切なような気がした。
「--…っ!」
名前を叫びながら必死に手を伸ばした。
あぁ、もう少しで触れられそうなのにーー
何やら呻くような声に目が覚めて、ゆっくりと目を開くと八雲が苦しそうに魘されていた。
「八雲君…?」
額に浮かんだ汗を拭おうと体を動かそうとした瞬間。
「-晴香…っ!」
「!?」
自分の名前を呼ばれ、びくりと体が跳ねた。そのままの体勢で固まり、飛び起きた彼と目が合う。
「…!?」
「お、おはよう…八雲君」
「なんで…君がここに…」
「えと…色々あって…」
いつの間にか、彼の手に重ねていた私の手をきつく握っていたけれど、たぶん彼は気付いていない。何処かほっとしたように息を吐いた彼の額に手を当て、熱があるのかと心配になって覗き込む。
「…うーん、熱は無さそうだね」
「……」
「随分と魘されてたね」
まだぼんやりとしている彼の手が動き、額に当てた私の手を掴んだ。そのまま彼の口元へと運ばれ、自然と彼の口を覆うような格好になる。何やら恥ずかしさが込み上げ、真っ赤になっていくのを感じる。
掌に感じる唇とか息とか、もう頭が爆発してしまいそうだ。
当の本人はその状態のまま、苦しげに目を閉じていて、何も言えずにされるがままになる。
「……」
「……あの、八雲君…?」
「……ら、……だけは…」
消えてしまいそうな掠れた声で、彼は何やら呟いた。
「何?八雲君」
「頼むから…君だけは…」
居なくならないで欲しい、と。
縋るように、不安そうに彼は言った。
ゆらゆらと、不安定に揺れる蝋燭の灯のように儚げな
彼の様子に、掴まれたままの手を動かし、包み込むように彼の手を握り締める。
「…うん、何処にも行かないよ。私は、八雲君の側に居る」
「……本当に…?」
「うん、絶対に約束するよ」
小さくコクリと頷いた彼を見て、私も今朝見た嫌な夢を思い出した。
「…だからね、八雲君も…勝手に何処かに行かないでね」
「…あぁ、分かった」
「私を…置いていかないで…っ」
私の知らない所で、勝手に何処か遠い場所に行かないで。
貴方を支えると誓ったんだから。
たくさん二人で想い出を作ろうと決めたんだから。
「…だから、側に居てね」
「…君もな」
額が触れ合い、そこからお互いの体温が伝わる。此処に居るんだ、と安心して小さく笑みが零れた。
「お腹すいたね」
「…君だけだ」
「何処か食べに行く?それとも私が朝食作ってあげようか?」
「……ちゃんと食べられる物か?」
さっきまでの態度が嘘のように、もう普段通りの皮肉だ。
「ちゃんと食べられます!」
「…じゃあ、君が作ってくれ、外食は面倒だ」
「はいはい、じゃあうちに行こう」
今朝の不安が、嘘のように消えていく。
自然と手を繋いで、確かに隣に相手が居ることに安心して、それがもう当たり前になっている。
これからも続くことを願って、その幸せを噛み締めた。