お題〈キス22題〉

甘くて、欠けた心の隙間に入り込んでくるような何とも不思議な存在の彼と出逢ってから。
偶然か必然か。
彼は計算されたようなタイミングで私の前に現れる。ーほら、今回だって。

「こんにちわ、リトル・レディ」
「…えぇ、こんにちわ…セシル様」

会わないと油断していたら、彼は必ず現れる。
そうして、暫し歓談するものの、私はぜんぜん集中出来ずに他のことで頭がいっぱいになっている。
彼は何を考えているのだろう。その瞳に何を映しているのだろう。何を望んで、何を諦めて生きてきたのだろうか。
ぼんやりと考えながら、その恐ろしく澄んだ鏡のような瞳を見つめる。

「今日は何をしに此方へ?」
「貴女にお会いしたくて参りました。そのついでに、本も数冊お届けに」

そう言って、彼は手にしていた本を私に渡す。受け取ってからお礼を述べようとすると、彼は私の手をとった。
そして、制止の声を出す間もなく、手の甲に軽く口付けられた。
私の脇に佇む護衛の殺気が鋭さを増すものの、当の本人は気にした様子もなく、甘ったるい笑みで話を続ける。

手の甲へのキスは、女性への挨拶の意味を含める敬愛の証だ。
  
人が苦手な上に社交性の無い私は、初めこそ驚いて固まっていたものの、今ではすっかり慣れてしまってきている。目の前の彼にされたことが初めてだ。私の護衛であり、騎士であるアルベルトにすらされたことは無いのに。
それを、セシルは自然に行った。当の本人は一見甘やかに振る舞うが、私には機械的なものにしか感じない。

あぁ、まるで人形のような彼。
時折見せる感情の揺らめきすら一瞬で、すぐにまた人形の顔へと戻ってしまう。
昔の私が行き着く果てだった彼に、どうしようもなく心が引き摺られそうになるのを堪えながら、何処かで彼を知りたいと訴える私もいる。

彼は私に、何を望んでいるのだろう。
彼の瞳に、私はどんな風に映っているのだろう。
彼は私に、何を想っているのだろう。

訊きたい。けれど、訊けない。
きっと上手く躱されてしまうだろうし、そんな勇気もないのだから。

「それでは失礼します。また次も貴女に会えると良いのですが」
「…そうですね」
「では、また今度」

また別れ際に、手の甲へ口付けられた。
それは何を意味するのだろう。何が込められているのだろう。

『敬愛』などではない、もっと仄暗い感情が揺らめいているような、なのに私になら痛いほど理解できるような感情。
彼と会った後は、いつも虚しさが心にじわりと滲んで広がっていく。

彼の後ろ姿と私自身にいくら問い掛けても、答えは見出せない。
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