お題〈キス22題〉


例によって心霊絡みの相談を拾ってきては八雲に解決してもらい、八雲の元でのんびりと過ごしていた。

「今回もありがとう、八雲君」
「毎度の事ながら、君の人の良さには呆れるよ。どうしてそうトラブルを拾ってこられるんだか」
「う…失礼ね、私だって好きで拾ってくる訳じゃありません」

目の前でため息混じりにブツブツと呟く八雲に、ベぇと舌を出す。

「そんなことばっかり言うなら、コレあげないから!」
「……」

馬鹿にしたような澄まし顔をしたままピクリと反応し、僅かにこちらを見る。

「せっかくいつもより高めのスイーツなのにな~買うのにも並んだのに…一人で食べちゃおうかな」
「…待て、君一人で食べたら太るだろう。僕が食べてやる」

よし、と心の中でガッツポーズをする。
少しずつながら、気難しい彼の扱いにも慣れてきた。
嬉しくて、思わず頬が緩む。

「その顔は何だ」
「嬉しさのあまりね」
「はぁ…」
「何よ」

プイとそっぽを向いて、買って来たスイーツを黙々と食べた。
苦労しただけあってさらに美味しく感じる。
呆れたようなため息を吐きながら、彼もスイーツを口に運ぶ。
微かに美味しそうに顔が綻んだのが分かって、自分の頬が緩んだのを感じた。

普段は捻くれ者で、憎たらしいことばかりで本当に可愛くない。
なのにとても大人びていて、でも何処か子どものようであり、気紛れさはそのまま猫のようだ。

「八雲君のバカ」
「君に言われたくない」

まるで子どもみたいなやり取りに、何だか可笑しさが込み上げて、堪え切れずに二人で笑い合った。

食べ終わると八雲は読書を始めてしまったので、一人で残りを食べながら、他愛無い話を彼に向けて話す。
一見、無視をしているように見えるが、一応相槌をうち短いながらも答えてくれる。
そういうところは優しい。
暫く一人で話していると、彼からの返事が無くなり、 不思議に思って見やれば、いつの間にか本を閉じて目を瞑っていた。

「…寝ちゃった」

仕方ないなと思いながら、部屋にあるブランケットをそっと掛ける。
ある程度の物の配置を覚えるほど、ここには頻繁に通っているのだと気づき、頬が熱くなった。

照れ隠しに、彼の人形じみた整った顔をまじまじと眺める。
モデルにでもなったら、あっという間に人気になりそうな顔をしているくせに、普段の寝癖だらけの髪と眠そうな目が、それを台無しにしている。
異性の目を惹きそうな彼の造形の中でも特に異彩を放つのは、彼の左眼だろう。
今まで見てきた『赤』の中で、一番きれいな色味をしている。
そして、私が一番好きな、人の魂を映すという不思議な瞳。
彼の最大のコンプレックスであり、私が一目惚れした綺麗な瞳。
コンプレックスであるからか、普段はコンタクトで隠している。
端から見る自分は勿体無いと思うが、断片的に聞き知った彼の生きてきた人生を振り返れば、そういう対処は当たり前のことなのだ。

たった一人で、自分を守る為に身につけた彼の強さが羨ましい。
普段は嫌味ばかりで人を小馬鹿にしたような言い方をするのに、驚くほど頭がキレて、鋭い洞察力で瞬く間にトラブルを解決してくれる。
誰よりも、感情に敏感なのかもしれない。
甘いものが好きで、寝ることが好きで。
意地悪で、捻くれ者で、カッコよくて、強くて、優しい。
けれど、誰にも弱さを見せない。
苦しくて辛いときもあるのに、絶対に教えてくれない 。

あぁ。いっそのこと。

「……私にも、あなたと同じモノが視えたらいいのに」

そうしたら、きっと少しでも貴方の苦しみも痛みも共有できるのに。
貴方を遠い存在に感じることも無くなるのに。
今よりも、もっと貴方のことが知ることができるのに。

無性に彼の赤い瞳が見たくなって、けれど起こすのは申し訳なくて、そっと瞼にキスをした。
いつもなら恥ずかしさで即座にその場から逃げ出すのに、何故か今だけは静かに彼の側に居たかった。

優しい彼に、溢れんばかりの幸せが降り注ぎますように、と。
込み上げる涙を堪えながら願った。
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