ナンバリングシリーズ


子どもたちの賑やかな声が、風に乗って駆け抜けていく。
五大陸と呼ばれる異種族の大陸を旅し始めて数ヶ月。
各種族の文化や歴史への理解も深まってきたが、やはり子どもたちの無邪気さはどこに行っても変わらないらしい。
鬱々とした旅路の合間に、気晴らしとして釣りを始めたのはつい最近だ。
のどかで自然豊かなエテーネの村の生活で、魚を捕ることが無かった訳ではない。
ただ、どちらかと言うと畑仕事の方が性に合っていた。
そんな己が釣りをすれば、あまり芳しい釣果ではないが楽しかった。
命を奪い、奪われる心配が無いことが、何より嬉しかった。

「お前、下手くそな割に釣りが好きってのは変わってるよな」
「難しいんだけど、何て言うか…新鮮で楽しい」
「釣りも苦手とは、流石のポンコツ具合ですねッ」
「釣りなんざしなくても、素手でいけるだろ」
「ヒューザ、それは漁だよ」

ぽつぽつ釣り上げた魚を納品しに、港町レンドアに赴いた。
各種族が入り乱れる街には、独特の活気がある。
ちょうど何かの催しのある日だったのか、普段よりも出店が多くならび、観光客も多いようだ。
子どもたちの声が妙に気にかかったのは、行方知れずの妹を思い出したからだろう。
釣りの師匠に魚を納品して、人々で賑わうレンドアの景色を眺めた。
ここは心地よい潮風が吹き抜け、その風は第二の故郷のようなヴェリナード諸島を思い出す。
キーエンブレムなるモノを集めているが、慣れない戦闘の繰り返しは疲弊する。
各村や町が抱える問題も重く、たとえ解決できたとしても、その救いようのない現実が、いつまでも消化できずに澱のように溜まっていくのだ。

「疲れてますね、エックス様。少し休まれては?」
「うん…そうしようかな」
「そうですよ!ガラクタ集め以外で疲れるなんてもったいない!」

フウラとダストンの気遣いに、ほっと息を吐いた。
ひとまず今日一日は戦いから解放されて良さそうだ。
ルーラストーンを取り出し、何となく頭に浮かんだ場所を選んだ。



水気を帯びた風が、しっとりと肌を撫でる。
潮騒が子守唄のように響いて、堪らず欠伸を溢した。

「おいおい、シャキッとしろよな」
「ヒューザはいつもシャキッとしてていいね」
「当たり前だろ、いつ敵に狙われるか分からねぇのに」

敵──冥王ネルゲル。
全体像は朧ながらも悪意に満ちた眼差しと大きな鎌だけは、ハッキリと覚えている。
背筋がゾッとして、知らず眉間に皺が寄った。

フウラとダストンには自由に過ごしてもらい、美しいジュレットの町に敷き詰められた貝殻のような白い階段を昇り、ヒューザを伴ってある家を目指していた。
時間のある時に好きに行けばいいと言っても、彼は決して行かない。
そのくせ気になるなら、素直にそう言えばいい。
彼の根っこは優しいが、そうした柔らかな部分を素直に表せないらしい。
お節介なのだと分かっていても、睦まじい二人の世話を焼きたくなるのが人情というやつだ。
連れられてきた本人も文句を言わない辺り、彼女のことは気になっているのだろう。
目的の家の扉をノックするが、しばらく経っても扉は開かなかった。
耳を澄ませてみたが、家の中には何の気配もない。

「出掛けてるのかな」
「そのうち戻るだろ」
「ちょっと待とうか」
「…待つ義理はないがな」

素直じゃないな、と堪らず苦笑が零れた。
背中を壁に預けて浜辺の方を眺めていると、軽い足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。
食事の買い出しでもしたのか紙袋に詰められた荷物を抱えて、小さな人影が近づいてくる。
声を掛けたら驚かせてしまうだろうかと考え、それより先に彼女の方が気づいたようだった。

「エックスさん…と、ヒューザ兄ちゃん!」

荷物の影から垣間見えた少女の顔は、初めて見た時よりも明るさに満ちていた。

「キミと会えたことの方が嬉しそうなのが悔しいけど…久しぶり、ソーミャ」
「気のせいだろ……よ、ちゃんと生きてたか」

買い物袋をしっかりと抱え直し、ソーミャが駆け寄ってくる。
荷物を渡されたと思ったら、ソーミャはヒューザの足元に抱きついて嬉しそうに笑った。

「あのね、わたしは元気だよ。街の人も優しくしてくれて、たくさん話せるようになったの。もう一人で泣いてないよ」
「ふっ、そりゃ良い」
「ソーミャが元気そうで良かった」
「でも、二人に会ったら、何だか涙が溢れてきちゃって…」

こんな幼子が、誰も知らない土地で一人で生きると決めたその覚悟も、一人で生きていくという残酷な現実も。
小さな身体に押し込めた辛さは、きっと計り知れないだろう。
ぽろぽろと涙を流すソーミャの頭を撫でながら、どうやって慰めようかと考える。
何か好きなものでも買おうか。
それとも、何処かへ出かけるか。
はて、楽しい話や面白い話があっただろうか。
妹は、何をすれば喜んでいただろう。

「おいおい、強くなったなら泣くなよ」
「な、泣いてないもん…!」
「そうか?ここにピーピー泣いてるチビがいたよな、エックス」
「う~ん…やっぱり子どもにも容赦ないね」
「オレを悪党みたいに言うな」

ぶっきらぼうだが、彼は優しい。
不器用な手つきでソーミャの顔を拭うと、そのまま小さな手を引いて海岸の方へと歩き始めた。
ひとまず荷物を彼女の家の前に置いて、二人を追いかける。
いつか見た時のように、しっかりと繋がれた手は微笑ましさを纏っている。
以前に兄妹みたいだと言ったら、彼は怖い顔をして、そのまま試合をする羽目になった。
兄妹扱いは嫌いなのだろうか。
彼も一人で生きると決めた部類であり、擬似家族的な存在は、彼の決心を鈍らせてしまうと考えているのだろうか。
支えになる存在が、一人くらいいてもいい。

海岸を歩きながら、ふと最近のブームを思い出した。
上手くいけば食事にも困らないはずだ。

「最近釣りを教わってるから、ソーミャにも教えてあげようか」
「釣り?上手にできるかな」
「こいつ下手くそだから教わるだけ無駄だぜ」
「いやいや、これから上達するはず」
「ヒューザ兄ちゃんはやらないの?」
「ヒューザの場合は、もはや漁だよ」
「喧しい」

キャッキャッと、ソーミャが無邪気な笑みを浮かべた。
何も持たぬ無垢な子どもが、のびのびと生きていけることを願っている。
一人で生きると決めた頑な男に、強く生きろと諭されて。
不安で堪らないであろう日々を、懸命に進む姿が。
──何処かへ消えてしまった妹を思い出すから。
せめて、この二人が引き裂かれる日が来ないことだけを祈っている。

見たことの無い穏やかな笑みを、その口元に微かに浮かべる親友の横顔を見てしまえば、強くそう乞うてしまう。

「…キミが、誰かと寄り添う未来が来たらいいね」

小さな呟きは、波に浚われて消えていった。
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