夏の向こう側
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夏休み最初の週末。
天気予報のとおり、昼過ぎに降り始めた雨は、夕方になり激しさを増した。
確実に台風が近づいている今、風雨がさらに強まることはあっても、弱まる見込みはない。
「あーあ、納涼祭中止かあ……年に一度、せっかく浴衣が着られる日だったのに」
「まあ、そうガッカリするなって。今日はテレビ見放題、ゲームもやりたい放題じゃん♪」
「それはそうだけど……」
親戚の結婚式にそろって出かけた両親は、台風の影響で新幹線が不通になってしまったため、今日はあちらで宿泊することになった。
結局のところ、魁童の納涼祭の予定は、友人達に半強制的に決められてしまっていた。
同じ学年の男女数人ずつのグループ(アキちゃんを含む)、そのメンバーに、勝手に加えられていたのだ。
だから、お天気がよければ、魁童は友達とみんなで、私は無月と二人で出かけていたはずだった。
「テレビやらゲームやらって言っても、受験生だしね」
ため息をついた私に、魁童がテレビのリモコンを手にしながら言う。
「今日くらい、いいんじゃねえか?どうせ本当なら、今頃駅前の通りを歩いてたんだし」
「なあに?この前と言うことが違わない?受験生は遊ぶなとか言ってたくせに」
「ん~、そうだったか?ほら、おまえの好きな『世界まるごとクイズ』の夏休みスペシャルやってるぞ」
「え、今日だったっけ?見る見る♪」
居間のソファの上であぐらをかいている魁童の隣に座る。
夜半に最接近が予想される台風の情報と、クイズの特番を交互に見ながら、私達はのんびりと土曜の夜を過ごした。
雨が窓をたたき、風が唸る。
ポケットの中で、携帯電話がメールの着信を告げた。
「あ……学校の近くの団地、停電してるって」
仲良しのクラスメイトからの情報に、私は不安を覚える。
「魁童……」
「ん?……どうかしたか?」
魁童は、私がつかんでいる彼のTシャツのすそに目をやる。
ちょっぴり恥ずかしくなって、手に入れた力をゆるめながら、私はつぶやく。
「停電……この辺は大丈夫かな」
魁童は、合点がいったというように、いたずらっぽい笑顔をみせる。
「おまえ子供の頃から、雷は平気なくせに、停電はからきしダメだったよな」
「仕方ないでしょ!雷は明るいけど、停電は真っ暗になっちゃうんだから」
「もし停電したら、目えつぶって、そのまま寝ちまえばいいじゃないか。そしたら、暗かろうがなんだろうが関係ねえだろ」
「そうなんだけどね……やっぱり違うんだよ」
この年になって情けないけど、停電だけはどうにも苦手だ。
小学生の頃、恐い話を聞いてびくびくしていた時にちょうど停電が起こり、パニックになってしまったことある。
その記憶が今も、苦手意識として心の底にあるようだ。
「ちょっと早いけど、もう寝るか?」
「……私も魁童の部屋に行っていいかな……」
魁童は、呆れたように口を半分開けて何かを言いたそうにしていたが、渋々という表情で
「しょうがねえなあ」
とつぶやいた。
魁童の部屋。
私達は、肩が触れるか触れないかの距離をとって、並んでベッドに座る。
「のんびりできたから、納涼祭が中止になって、かえってよかったかもね」
魁童が傍にいてくれれば、もし停電になっても大丈夫。
私はすっかり安心して、大きくのびをした。
「まあな。俺なんか、危うく好きでもない相手と、デートまがいのことさせられるとこだったし」
「え、そうだったの?」
「あいつらの魂胆ぐらい、わかるって」
魁童は、ため息をつくとベッドに寝ころんだ。
「魁童ってば、私には『デートしてんじゃねえ』なんて言っておいて、自分はしっかりデートの予定だったんだ~」
皮肉っぽく言いながら私も並んで横になり、天井の電灯に目をやる。
何も言い返さない魁童が気になり、顔をそっと彼の方に向ける。
女の子が憧れるのも無理ない整ったその顔は、腕を頭の下で組み、じっと天井を見つめている。
「瑠璃……おまえ、大学どうすんだ?」
「どうって……一応、地元の国立を狙ってはいるけど」
「でも、もしかしたら家を出るかもしれないんだろ?」
「それも選択肢のひとつとして、考えてはいるけど……」
また、魁童が無言になる。
「どうしちゃったの?まさか、私が家を出て下宿したら、寂しいとか」
『そんな訳ないだろ』と笑ってくれることを期待して、半分茶化すように言ってみる。
しかし、彼からは、私が予想したような反応は返って来なかった。
「俺……なんで、おまえの弟に生まれちまったんだろう」
「なあに?私が姉じゃ不満だとでも言うの?」
ふざけているのかと思って覗き込んだ彼の顔は、笑っていなかった。
「瑠璃」
「!!」
いきなり抱き締められ、頬に口付けをされる。
「ちょっ……何す……っ!?」
言葉を発しかけた私の唇は、魁童の唇にふさがれた。
呆然とする私の耳元で、魁童の声が聞こえる。
「瑠璃……おまえのためなら、俺は死ぬことだって怖くねえ」
「だめだよ、そんなこと言ったら……っ!!」
そのまま、強い力でベッドに押さえつけられて身動きがとれない。
「俺は生涯、おまえ以外の女なんか、いらない」
魁童の手が、私の素肌に触れる。
「やだっ!魁童!!」
彼は、私の声が聞こえないかのように、なおもパジャマの中をさぐる。
「こんなのいやだからっ!やめてっ!!」
身体中の力を振り絞り、やっとのことで魁童の腕から逃れた私は、ベッドの下に転がり落ちた。
魁童はベッドに両手をついて俯いたまま、長いため息をつきながら呟く。
「こんなに近くにいるのにな……俺……」
一瞬、彼の言葉が途切れる。
「私、自分の部屋で寝るっ」
続きを聞いてはいけないような気がして、私は震えそうな足で何とか立ち上がり、自分の部屋に駆け込んだ。
気付きたくなかった、こんな気持ち。
『仲のいい姉弟』
そんな当たり障りのない顔の裏側に、密やかにしまい込んできた想い。
でも、知ってしまった。
魁童が求めてるものも、自分の本心も。
ああ、もう、目を背けることは出来なくなっちゃったな……。
嬉しいのか悲しいのか、意味のわからない涙がにじんでくる。
はっきりとわかるのは……魁童に抱きしめられ口づけられたことを、幸せだと感じている自分がいること。
どうして私達、血が繋がった姉弟なんだろう。
魂も肉体も、お互いこんなに求め合っているのに……。
台風一過の、雲ひとつない青空が窓の外に広がる。
いつもよりほんの少し寝坊してダイニングに入ると、既に起きていた魁童と目が合った。
なんとなく気まずくて、目をそらす。
「ゆうべは悪かったな」
手にしていたボトルを冷蔵庫に戻しながら、魁童がこちらを見ずに言う。
「もう、あんなことしねえから……だから……ごめん」
テーブルに向かって歩く魁童の横顔を盗み見ると、心なしか目が赤い。
私と同じで、彼もよく眠れなかったのだろう。
「ねえ、魁童」
冷えたオレンジジュースの入ったグラスを手にしたまま立ち止まり、魁童がこちらを見る。
「私のために、死んでもいいなんて……そんなこと、もう言っちゃだめだよ」
私は魁童に歩み寄ると、両手を彼の肩に置き、じっと瞳を合わせる。
一晩考えた。
考えて結論が出るものじゃないってことは、よくわかってる。
けれど、もう、求めてやまないものを知ってしまったから……
理性や理屈で抑えられないくらいに、愛しさが募ってしまったから……
もう、引き返さない。
引き返せない。
覚悟は……できた。
「私達……ずっと、一緒だよ?」
私は、魁童の唇に自分の唇を重ねた。
彼の手から落ちたグラスが、鈍い音をたてて砕ける。
「あ……」
床に飛び散った液体とガラスの破片に気をとられ体を離した私を、魁童が引き寄せる。
「瑠璃……もう、迷わねえ。俺達、ずっと一緒だ」
「うん……」
再び、どちらからともなく口づけると、強く抱きしめ合う。
相手の体温を感じられることに、安堵と安らぎを覚えながら。
夏の庭には、耳をつんざくような蝉の声が降り注いでいる。
まるで、切なげに互いの名を呼ぶ、私達の吐息まじりの声を隠すかのように。
過去も未来も、そして今も――
全てのしがらみから切り離され、私達は、茨の道を歩むことになるであろう愛を、いつまでも確かめ合った。
*
天気予報のとおり、昼過ぎに降り始めた雨は、夕方になり激しさを増した。
確実に台風が近づいている今、風雨がさらに強まることはあっても、弱まる見込みはない。
「あーあ、納涼祭中止かあ……年に一度、せっかく浴衣が着られる日だったのに」
「まあ、そうガッカリするなって。今日はテレビ見放題、ゲームもやりたい放題じゃん♪」
「それはそうだけど……」
親戚の結婚式にそろって出かけた両親は、台風の影響で新幹線が不通になってしまったため、今日はあちらで宿泊することになった。
結局のところ、魁童の納涼祭の予定は、友人達に半強制的に決められてしまっていた。
同じ学年の男女数人ずつのグループ(アキちゃんを含む)、そのメンバーに、勝手に加えられていたのだ。
だから、お天気がよければ、魁童は友達とみんなで、私は無月と二人で出かけていたはずだった。
「テレビやらゲームやらって言っても、受験生だしね」
ため息をついた私に、魁童がテレビのリモコンを手にしながら言う。
「今日くらい、いいんじゃねえか?どうせ本当なら、今頃駅前の通りを歩いてたんだし」
「なあに?この前と言うことが違わない?受験生は遊ぶなとか言ってたくせに」
「ん~、そうだったか?ほら、おまえの好きな『世界まるごとクイズ』の夏休みスペシャルやってるぞ」
「え、今日だったっけ?見る見る♪」
居間のソファの上であぐらをかいている魁童の隣に座る。
夜半に最接近が予想される台風の情報と、クイズの特番を交互に見ながら、私達はのんびりと土曜の夜を過ごした。
雨が窓をたたき、風が唸る。
ポケットの中で、携帯電話がメールの着信を告げた。
「あ……学校の近くの団地、停電してるって」
仲良しのクラスメイトからの情報に、私は不安を覚える。
「魁童……」
「ん?……どうかしたか?」
魁童は、私がつかんでいる彼のTシャツのすそに目をやる。
ちょっぴり恥ずかしくなって、手に入れた力をゆるめながら、私はつぶやく。
「停電……この辺は大丈夫かな」
魁童は、合点がいったというように、いたずらっぽい笑顔をみせる。
「おまえ子供の頃から、雷は平気なくせに、停電はからきしダメだったよな」
「仕方ないでしょ!雷は明るいけど、停電は真っ暗になっちゃうんだから」
「もし停電したら、目えつぶって、そのまま寝ちまえばいいじゃないか。そしたら、暗かろうがなんだろうが関係ねえだろ」
「そうなんだけどね……やっぱり違うんだよ」
この年になって情けないけど、停電だけはどうにも苦手だ。
小学生の頃、恐い話を聞いてびくびくしていた時にちょうど停電が起こり、パニックになってしまったことある。
その記憶が今も、苦手意識として心の底にあるようだ。
「ちょっと早いけど、もう寝るか?」
「……私も魁童の部屋に行っていいかな……」
魁童は、呆れたように口を半分開けて何かを言いたそうにしていたが、渋々という表情で
「しょうがねえなあ」
とつぶやいた。
魁童の部屋。
私達は、肩が触れるか触れないかの距離をとって、並んでベッドに座る。
「のんびりできたから、納涼祭が中止になって、かえってよかったかもね」
魁童が傍にいてくれれば、もし停電になっても大丈夫。
私はすっかり安心して、大きくのびをした。
「まあな。俺なんか、危うく好きでもない相手と、デートまがいのことさせられるとこだったし」
「え、そうだったの?」
「あいつらの魂胆ぐらい、わかるって」
魁童は、ため息をつくとベッドに寝ころんだ。
「魁童ってば、私には『デートしてんじゃねえ』なんて言っておいて、自分はしっかりデートの予定だったんだ~」
皮肉っぽく言いながら私も並んで横になり、天井の電灯に目をやる。
何も言い返さない魁童が気になり、顔をそっと彼の方に向ける。
女の子が憧れるのも無理ない整ったその顔は、腕を頭の下で組み、じっと天井を見つめている。
「瑠璃……おまえ、大学どうすんだ?」
「どうって……一応、地元の国立を狙ってはいるけど」
「でも、もしかしたら家を出るかもしれないんだろ?」
「それも選択肢のひとつとして、考えてはいるけど……」
また、魁童が無言になる。
「どうしちゃったの?まさか、私が家を出て下宿したら、寂しいとか」
『そんな訳ないだろ』と笑ってくれることを期待して、半分茶化すように言ってみる。
しかし、彼からは、私が予想したような反応は返って来なかった。
「俺……なんで、おまえの弟に生まれちまったんだろう」
「なあに?私が姉じゃ不満だとでも言うの?」
ふざけているのかと思って覗き込んだ彼の顔は、笑っていなかった。
「瑠璃」
「!!」
いきなり抱き締められ、頬に口付けをされる。
「ちょっ……何す……っ!?」
言葉を発しかけた私の唇は、魁童の唇にふさがれた。
呆然とする私の耳元で、魁童の声が聞こえる。
「瑠璃……おまえのためなら、俺は死ぬことだって怖くねえ」
「だめだよ、そんなこと言ったら……っ!!」
そのまま、強い力でベッドに押さえつけられて身動きがとれない。
「俺は生涯、おまえ以外の女なんか、いらない」
魁童の手が、私の素肌に触れる。
「やだっ!魁童!!」
彼は、私の声が聞こえないかのように、なおもパジャマの中をさぐる。
「こんなのいやだからっ!やめてっ!!」
身体中の力を振り絞り、やっとのことで魁童の腕から逃れた私は、ベッドの下に転がり落ちた。
魁童はベッドに両手をついて俯いたまま、長いため息をつきながら呟く。
「こんなに近くにいるのにな……俺……」
一瞬、彼の言葉が途切れる。
「私、自分の部屋で寝るっ」
続きを聞いてはいけないような気がして、私は震えそうな足で何とか立ち上がり、自分の部屋に駆け込んだ。
気付きたくなかった、こんな気持ち。
『仲のいい姉弟』
そんな当たり障りのない顔の裏側に、密やかにしまい込んできた想い。
でも、知ってしまった。
魁童が求めてるものも、自分の本心も。
ああ、もう、目を背けることは出来なくなっちゃったな……。
嬉しいのか悲しいのか、意味のわからない涙がにじんでくる。
はっきりとわかるのは……魁童に抱きしめられ口づけられたことを、幸せだと感じている自分がいること。
どうして私達、血が繋がった姉弟なんだろう。
魂も肉体も、お互いこんなに求め合っているのに……。
台風一過の、雲ひとつない青空が窓の外に広がる。
いつもよりほんの少し寝坊してダイニングに入ると、既に起きていた魁童と目が合った。
なんとなく気まずくて、目をそらす。
「ゆうべは悪かったな」
手にしていたボトルを冷蔵庫に戻しながら、魁童がこちらを見ずに言う。
「もう、あんなことしねえから……だから……ごめん」
テーブルに向かって歩く魁童の横顔を盗み見ると、心なしか目が赤い。
私と同じで、彼もよく眠れなかったのだろう。
「ねえ、魁童」
冷えたオレンジジュースの入ったグラスを手にしたまま立ち止まり、魁童がこちらを見る。
「私のために、死んでもいいなんて……そんなこと、もう言っちゃだめだよ」
私は魁童に歩み寄ると、両手を彼の肩に置き、じっと瞳を合わせる。
一晩考えた。
考えて結論が出るものじゃないってことは、よくわかってる。
けれど、もう、求めてやまないものを知ってしまったから……
理性や理屈で抑えられないくらいに、愛しさが募ってしまったから……
もう、引き返さない。
引き返せない。
覚悟は……できた。
「私達……ずっと、一緒だよ?」
私は、魁童の唇に自分の唇を重ねた。
彼の手から落ちたグラスが、鈍い音をたてて砕ける。
「あ……」
床に飛び散った液体とガラスの破片に気をとられ体を離した私を、魁童が引き寄せる。
「瑠璃……もう、迷わねえ。俺達、ずっと一緒だ」
「うん……」
再び、どちらからともなく口づけると、強く抱きしめ合う。
相手の体温を感じられることに、安堵と安らぎを覚えながら。
夏の庭には、耳をつんざくような蝉の声が降り注いでいる。
まるで、切なげに互いの名を呼ぶ、私達の吐息まじりの声を隠すかのように。
過去も未来も、そして今も――
全てのしがらみから切り離され、私達は、茨の道を歩むことになるであろう愛を、いつまでも確かめ合った。
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