虹色ドーナツ vol.3~心のカケラ~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「大事な子猫ちゃんをいじめてるのは、どこのどいつかな?」
「竜尊っ!!」
私、夢でも見てるのかな?
ドラマのヒーローみたいに、名前を呼んだら、待ち焦がれた相手が現れるなんて。
そんな都合のいいこと、あるわけ……
でも、目の前で微笑むのは、紛れもなく竜尊だった。
黒いスーツに身を包んだ長身の竜尊に、さしもの二人組も怯んだ。
彼の姿は、ぱっと見たところ、どう考えたって堅気の人ではない。
歩み寄って来る彼に気圧されたように、二人組は私から手をはなして後ずさる。
竜尊が私の頭に手を触れると、彼らはそろって飛び退いた。
「さあて、はるかを泣かせた悪い子には、たっぷりお仕置きが必要だよな?」
竜尊は、愉快そうに目を細める。
「お……俺達、何も……」
「ふうん……そうか?魁童の悪口も、聞こえたような気がしたんだが……俺の気のせいか?」
二人は顔を見合わせると、路地裏に向かって我先にと走り出した。
一目散に逃げて行く彼らを眺めながら、竜尊はくくっと笑う。
「なあんだ、少しは楽しめるかと思えば、まるで手応えのないやつらめ」
足の力が抜けそうな感覚に、私は思わず竜尊の腕にしがみついた。
「おっと……悪かったな、遅くなっちまって」
抱き寄せられ、俯きながら大人しく彼の腕の中に収まる。
「玖々廼馳から、おまえの様子が変だって聞いて、おまえが行きそうな場所を探してたんだが……まさかこんなところにいるとは、なかなか思いつかなくてな」
あ……安心したら、涙が……
高そうなスーツにつけたらいけないと思い、体を離そうとした私の顔を、竜尊が覗き込む。
「怖い思いさせたな……悪かった、もっと早く見つけてやれればよかったんだが」
「ううん……」
私は、首を左右に振って彼の言葉に応えるのが精一杯だった。
ちゃんと来てくれた。
私を見つけてくれた。
それだけで、充分だよ……
竜尊は、私の頭をクシャクシャとなでてから、フッと息を吐いて微笑んだ。
「まったく……おまえには、鈴でもつけておかないといけないな」
「……ごめん……なさい……」
再び抱きしめられ、彼の吐息が、私の髪にかかる。
「このひと月、俺がどれだけヤキモキさせられたか、わかってるのか?」
ん?一ヶ月?
今日の居場所の話じゃなくて??
頭の中がうまく整頓できずに、私は黙ったまま首をかしげた。
「おいおい、いつもの憎まれ口はどうした?そんなにしおらしくされたら、調子が狂うだろ」
声をたてて笑った竜尊は、だが……と続ける。
「そんなところも、本当のおまえなんだろ?」
「ん……竜尊がそう思ってくれるなら……」
既に涙が止まった頬を彼の胸にくっつけて、懐かしい香りを感じとる。
「はるか……」
微かに語尾の上がった竜尊の声に、私はそっと顔を上げる。
「おまえは俺を選んだ……そう思っていいのか?」
返事をするかわりに、私は両方の腕を竜尊の背中に回して、ギュッと抱きついた。
「もう、迷子になるなよ」
竜尊は、私の頬を両手で包むと、優しく口づけた。
二回目だけど、本当の意味では初めてのキス……
止まったはずの涙が、再びこみあげてくる。
人って、幸せだと涙がでるんだ……
*
昼過ぎまで降っていた雨がようやく上がり、空は少しずつ明るさを取り戻している。
魁童の学校に近い川沿いの道で、私は彼を待っていた。
百合の花は、すっかり散ってしまい、土手は青々とした緑に覆われている。
――――竜尊から、ことの顛末を聞いた魁童が、直接私に会って話をしたいとメールをくれた。
わざわざ私の学校の前まで来てくれると言ったのだが、魁童の方が授業の終了が遅い。
ならば、ということで私がここまでやって来たのだ。――――
交差点を横切り駆け寄ってきた魁童は、私の前で立ち止まり、元気だったか?と優しく笑うと、申し訳なさそうに目を伏せた。
「悪かったな……俺のせいで、怖い目に遭わせちまって」
「違うよっ、魁童のせいなんかじゃない!」
彼は、ゆっくりと首を左右に振る。
「いや、俺がはるかを巻き込んじまったから……けどさ、ありがとうな」
「え?」
何のことだかわからず首をかしげる私に、魁童は寂しげな笑顔を向ける。
「竜尊に聞いた。俺のこと、かばってくれたんだってな」
「あ……」
――魁童は、理由もなく人を傷つけたりしないよっ――
二人の男子高生に向かって叫んだ場面が、脳裏によみがえった。
そうか、竜尊は、あの辺りで私を見つけてくれたんだね……
「だって、本当のことだもん」
「はは……サンキューな」
乾いた声で笑いながら、魁童は、文化祭の時と同じ辺りで川の柵にもたれかかった。
まだ雨の匂いが残る風が、沈黙の間を吹き抜けてゆく。
魁童は、柵から手を離すと、ゆっくりこちらを向いた。
「よかったな」
「え?何が……」
「わかっちまったんだろ、"自分の本当の気持ち"ってやつ」
「……ごめん……」
「なっ……なに謝ってんだよ!」
何も言えず下を向く私の肩に、魁童がそっと両手をのせる。
「ほんとはさ、わかってたんだ……おまえと竜尊が、互いに憎からず思ってるってこと」
「……」
「もし、竜尊より先におまえに出会えてたら、何かが変わってたのかな、なんて……女々しいけど、考えちまったり」
思わず顔を上げた私の肩を、彼の両手がポンとたたく。
「そんな泣きそうな顔すんなよ。クラスのやつらに話したら、みんな慰めてくれてさ……今から、カラオケで『魁童を励ます会』だ。はは……友達って、ありがたいもんだな」
「そう……そっかぁ」
「おいっ」
魁童は、私の肩を軽く揺さぶると、ちょっぴり怒ったような顔をしてみせた。
「はるか、笑えよ。そんな顔してっと、心配でおまえを残して行けねえだろ」
「あ……ごめん……ごめんね」
「謝るなって!……俺は、いつか必ず幸せをつかむからな。おまえも、絶対、絶対に……幸せになれよ」
「うん……うん……」
こみあげてくる想いで胸がいっぱいになる。
私は唇をかみしめて、魁童の顔を見つめながら何度も頷いた。
*
「はるか、握手だ」
魁童が差し出した手に、ちょっぴりためらいながら、私も右手を重ねる。
触れた手をギュッと握ると、彼はその手をブンブンと上下に振った。
「俺からはるかへの、『ありがとう』と『さよなら』と、それから……『Good Luck』だ」
"さよなら"のひと言が、胸に刺さる。
私も、そっと彼の手を握り返した。
「私からも、魁童に『ありがとう』と……」
その後は言葉にならなくて。
私は、涙がにじんでくるのを隠すために、目を瞬くことしか出来なかった。
魁童は、名残惜しそうに私の手を離すと、梅雨明け間近の空を仰いだ。
途端、子供みたいに叫ぶ。
「あ!虹だっ!はるか、ほら、あれ」
彼が指差した東南の空を見上げると、うっすらと虹がかかっている。
夕暮れが迫る切ない空気を感じながら、私達は、しばらく無言で虹を眺めていた。
午後の五時を告げる同報無線のメロディーが流れる。
「んじゃ、行くな。クラスのやつらが待ってるから」
私に背中を向けて、魁童が歩き出す。
「魁童!」
ん?というふうに首をかしげる仕草で、魁童がこちらを振り返る。
「……ありがとう!」
大好きだったお日様のような笑顔を見せ、片手を軽くあげると、今度こそ本当に魁童は行ってしまった。
ゆっくりと向きを変え、ひとつ深呼吸をすると、私は駅への道を歩き出した。
文化祭の帰りに、魁童と一緒に歩いた道を、今日は一人で。
出会いがあって、別れがある。
何かを選びとるためには、別の何かを手放す痛みをともなうんだってこと……初めて知った。
きっと、こうやって私達みんな、大人になっていくんだね。
『ずっと忘れないよ』
私はもう一度空を見上げて、消えかかった虹をしっかりと目に焼きつけた。
―end―
「竜尊っ!!」
私、夢でも見てるのかな?
ドラマのヒーローみたいに、名前を呼んだら、待ち焦がれた相手が現れるなんて。
そんな都合のいいこと、あるわけ……
でも、目の前で微笑むのは、紛れもなく竜尊だった。
黒いスーツに身を包んだ長身の竜尊に、さしもの二人組も怯んだ。
彼の姿は、ぱっと見たところ、どう考えたって堅気の人ではない。
歩み寄って来る彼に気圧されたように、二人組は私から手をはなして後ずさる。
竜尊が私の頭に手を触れると、彼らはそろって飛び退いた。
「さあて、はるかを泣かせた悪い子には、たっぷりお仕置きが必要だよな?」
竜尊は、愉快そうに目を細める。
「お……俺達、何も……」
「ふうん……そうか?魁童の悪口も、聞こえたような気がしたんだが……俺の気のせいか?」
二人は顔を見合わせると、路地裏に向かって我先にと走り出した。
一目散に逃げて行く彼らを眺めながら、竜尊はくくっと笑う。
「なあんだ、少しは楽しめるかと思えば、まるで手応えのないやつらめ」
足の力が抜けそうな感覚に、私は思わず竜尊の腕にしがみついた。
「おっと……悪かったな、遅くなっちまって」
抱き寄せられ、俯きながら大人しく彼の腕の中に収まる。
「玖々廼馳から、おまえの様子が変だって聞いて、おまえが行きそうな場所を探してたんだが……まさかこんなところにいるとは、なかなか思いつかなくてな」
あ……安心したら、涙が……
高そうなスーツにつけたらいけないと思い、体を離そうとした私の顔を、竜尊が覗き込む。
「怖い思いさせたな……悪かった、もっと早く見つけてやれればよかったんだが」
「ううん……」
私は、首を左右に振って彼の言葉に応えるのが精一杯だった。
ちゃんと来てくれた。
私を見つけてくれた。
それだけで、充分だよ……
竜尊は、私の頭をクシャクシャとなでてから、フッと息を吐いて微笑んだ。
「まったく……おまえには、鈴でもつけておかないといけないな」
「……ごめん……なさい……」
再び抱きしめられ、彼の吐息が、私の髪にかかる。
「このひと月、俺がどれだけヤキモキさせられたか、わかってるのか?」
ん?一ヶ月?
今日の居場所の話じゃなくて??
頭の中がうまく整頓できずに、私は黙ったまま首をかしげた。
「おいおい、いつもの憎まれ口はどうした?そんなにしおらしくされたら、調子が狂うだろ」
声をたてて笑った竜尊は、だが……と続ける。
「そんなところも、本当のおまえなんだろ?」
「ん……竜尊がそう思ってくれるなら……」
既に涙が止まった頬を彼の胸にくっつけて、懐かしい香りを感じとる。
「はるか……」
微かに語尾の上がった竜尊の声に、私はそっと顔を上げる。
「おまえは俺を選んだ……そう思っていいのか?」
返事をするかわりに、私は両方の腕を竜尊の背中に回して、ギュッと抱きついた。
「もう、迷子になるなよ」
竜尊は、私の頬を両手で包むと、優しく口づけた。
二回目だけど、本当の意味では初めてのキス……
止まったはずの涙が、再びこみあげてくる。
人って、幸せだと涙がでるんだ……
*
昼過ぎまで降っていた雨がようやく上がり、空は少しずつ明るさを取り戻している。
魁童の学校に近い川沿いの道で、私は彼を待っていた。
百合の花は、すっかり散ってしまい、土手は青々とした緑に覆われている。
――――竜尊から、ことの顛末を聞いた魁童が、直接私に会って話をしたいとメールをくれた。
わざわざ私の学校の前まで来てくれると言ったのだが、魁童の方が授業の終了が遅い。
ならば、ということで私がここまでやって来たのだ。――――
交差点を横切り駆け寄ってきた魁童は、私の前で立ち止まり、元気だったか?と優しく笑うと、申し訳なさそうに目を伏せた。
「悪かったな……俺のせいで、怖い目に遭わせちまって」
「違うよっ、魁童のせいなんかじゃない!」
彼は、ゆっくりと首を左右に振る。
「いや、俺がはるかを巻き込んじまったから……けどさ、ありがとうな」
「え?」
何のことだかわからず首をかしげる私に、魁童は寂しげな笑顔を向ける。
「竜尊に聞いた。俺のこと、かばってくれたんだってな」
「あ……」
――魁童は、理由もなく人を傷つけたりしないよっ――
二人の男子高生に向かって叫んだ場面が、脳裏によみがえった。
そうか、竜尊は、あの辺りで私を見つけてくれたんだね……
「だって、本当のことだもん」
「はは……サンキューな」
乾いた声で笑いながら、魁童は、文化祭の時と同じ辺りで川の柵にもたれかかった。
まだ雨の匂いが残る風が、沈黙の間を吹き抜けてゆく。
魁童は、柵から手を離すと、ゆっくりこちらを向いた。
「よかったな」
「え?何が……」
「わかっちまったんだろ、"自分の本当の気持ち"ってやつ」
「……ごめん……」
「なっ……なに謝ってんだよ!」
何も言えず下を向く私の肩に、魁童がそっと両手をのせる。
「ほんとはさ、わかってたんだ……おまえと竜尊が、互いに憎からず思ってるってこと」
「……」
「もし、竜尊より先におまえに出会えてたら、何かが変わってたのかな、なんて……女々しいけど、考えちまったり」
思わず顔を上げた私の肩を、彼の両手がポンとたたく。
「そんな泣きそうな顔すんなよ。クラスのやつらに話したら、みんな慰めてくれてさ……今から、カラオケで『魁童を励ます会』だ。はは……友達って、ありがたいもんだな」
「そう……そっかぁ」
「おいっ」
魁童は、私の肩を軽く揺さぶると、ちょっぴり怒ったような顔をしてみせた。
「はるか、笑えよ。そんな顔してっと、心配でおまえを残して行けねえだろ」
「あ……ごめん……ごめんね」
「謝るなって!……俺は、いつか必ず幸せをつかむからな。おまえも、絶対、絶対に……幸せになれよ」
「うん……うん……」
こみあげてくる想いで胸がいっぱいになる。
私は唇をかみしめて、魁童の顔を見つめながら何度も頷いた。
*
「はるか、握手だ」
魁童が差し出した手に、ちょっぴりためらいながら、私も右手を重ねる。
触れた手をギュッと握ると、彼はその手をブンブンと上下に振った。
「俺からはるかへの、『ありがとう』と『さよなら』と、それから……『Good Luck』だ」
"さよなら"のひと言が、胸に刺さる。
私も、そっと彼の手を握り返した。
「私からも、魁童に『ありがとう』と……」
その後は言葉にならなくて。
私は、涙がにじんでくるのを隠すために、目を瞬くことしか出来なかった。
魁童は、名残惜しそうに私の手を離すと、梅雨明け間近の空を仰いだ。
途端、子供みたいに叫ぶ。
「あ!虹だっ!はるか、ほら、あれ」
彼が指差した東南の空を見上げると、うっすらと虹がかかっている。
夕暮れが迫る切ない空気を感じながら、私達は、しばらく無言で虹を眺めていた。
午後の五時を告げる同報無線のメロディーが流れる。
「んじゃ、行くな。クラスのやつらが待ってるから」
私に背中を向けて、魁童が歩き出す。
「魁童!」
ん?というふうに首をかしげる仕草で、魁童がこちらを振り返る。
「……ありがとう!」
大好きだったお日様のような笑顔を見せ、片手を軽くあげると、今度こそ本当に魁童は行ってしまった。
ゆっくりと向きを変え、ひとつ深呼吸をすると、私は駅への道を歩き出した。
文化祭の帰りに、魁童と一緒に歩いた道を、今日は一人で。
出会いがあって、別れがある。
何かを選びとるためには、別の何かを手放す痛みをともなうんだってこと……初めて知った。
きっと、こうやって私達みんな、大人になっていくんだね。
『ずっと忘れないよ』
私はもう一度空を見上げて、消えかかった虹をしっかりと目に焼きつけた。
―end―
3/3ページ