虹色ドーナツ vol.3~心のカケラ~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日から七月。
制服に身を包み、平凡な一日が始まる。
相変わらずの梅雨空に、駅からの通学路には傘の花が咲く。
黙々と歩を進めながら、ふと、正門にほど近い左曲がりの坂道を見上げる。
見覚えのある緑色の髪が、登校する生徒達の傘の合間に見え隠れしている。
坂道を駆け上がって声をかけようか……
そんな思いが頭をかすめた瞬間――
玖々廼馳は一人ではない、ということに気付いた。
髪を耳の横でひとつに束ねた、中等部の女の子と並んで歩いている。
談笑しているのであろう、時折、二つの傘が傾いては揺れる。
不思議でもなんでもない、ただの登校風景。
だが、なぜか私の胸には、雨空のような雲が広がった。
漠然とだけれど、何かが変わっていく予感――それも、良くない方向に――そんな苦い気持ちが、朝から私を支配することになった。
昼休み。
借りっぱなしになっていた本を抱えて、私は図書館に向かった。
あと数メートル、というところで、図書館のドアが開く。
中から現れたのは
「玖々廼馳!」
「お姉ちゃん!」
いつもと変わらぬ彼の笑顔に、私はホッとした。
朝の嫌な心持ち、杞憂に終わってくれるよね……
「こないだは一緒に焼肉屋さん行けなくてごめんね。
舞台はどうだった?」
「はい、思いのほか面白かったですよ。竜ちゃんは多分、途中で寝てましたけど」
二人同時に、クスリと笑った。
「それで……その舞台を、同じクラスの演劇部の子が、見に来てたんです」
いつもより饒舌な玖々廼馳……何だか場の空気が変わったように感じられた。
「その子から、『演劇部に入らないか』って誘われて……僕、迷ってるんです」
「へえ、演劇部かあ……素敵だと思うよ。玖々廼馳は興味あるんだよね、どうして迷うの?」
「放課後、毎日部活があるんですよ。お姉ちゃんに会う時間が、なくなっちゃいます。それでなくても、最近なかなか会えないのに……」
「玖々……」「玖々廼馳っ!」
ドアが中から勢いよく開き、髪をひとつ結びにした女の子が出てくると玖々廼馳の名を呼んだ。
ああ、この子……朝、玖々廼馳と並んで歩いていた子だ……
彼女は私に顔を向けると、物おじせずに言う。
「先輩からも、玖々廼馳に言ってやってください!演劇部で青春を謳歌すべきだって」
いきなりの申し出に、私は面食らってしまって、すぐには言葉が出なかった。
ぎこちない態度にならないよう気をつけながら、ゆっくり玖々廼馳に顔を向ける。
「竜尊は、なんて言ってるの?」
何とか発した声は、情けないがかすれてしまった。
そんなことは意に介さず、演劇部の彼女はまさに舞台の上のように、抑揚をつけて言う。
「竜ちゃんだって、ちゃあんと賛成してくれましたよ」
竜ちゃん……?
ここしばらく私が会っていなかった間、この子が放課後の玖々廼馳、竜尊と一緒にいたってことだよね。
「同じ学年の友人がたくさんできるのは、いいことだ……って」
彼女は、得意そうに頬を紅潮させる。
「ふうん……玖々廼馳が舞台に出る時には教えてね、見に行くから。じゃあ、もうすぐ予鈴鳴るから」
「お姉ちゃん……」
私は二人の顔を直視出来ないまま、作り笑顔を向けると、教室に向かって走った。
あ……本返し損ねちゃった。
涙がじわりと滲んでくる。
なんでだろ?
別に、玖々廼馳に中等部のお友達が出来れば、こうなることは当たり前。
ずっと私とばかり時間を過ごす方が、普通に考えたら不自然なこと。
それぞれが、それぞれのあるべき姿に戻るだけ。
竜尊とだって……
あの憎たらしい『天敵』竜尊とだって、もう会わなくてすむんだ……
*
午後の授業は、まったく頭に入らなかった。
先生に指名されたのにも気付かないで、恥をかく始末。
今日は厄日だ……
こんな日は、おいしいものを食べて、早々に寝てしまうに限る。
ドーナツ買って帰ろう、久しぶりに、ハニーベアで。
あ、その前に、売店でレポート用紙買ってかなくちゃ……
私は、学生棟の売店に向かった。
カフェテリアに隣接していて、ここでお菓子や飲み物を買ってカフェテリアで食べることも出来る。
レジでお金を払いながら、何となくカフェテリアに目をやる。
玖々廼馳の髪の若葉色が、真っ先に目に入ってきた。
隣には、さっきの女の子。
玖々廼馳の向かい側の席でこちらに背を向けて座っている竜尊が、女の子と何やら言い合いをしているっぽい。
ちょっと前まで、あの場所にいたのは私だったのに……
玖々廼馳が、私に気付いたようだった。
しかし、私はあえて目を合わさず、小走りに売店を後にした。
言葉にならない思いが、胸の中に渦巻く。
どす黒い気持ちを認めたくなくて、私は呪文のように心の中で繰り返す。
『ドーナツ、ドーナツ……早くドーナツ買って、早く家に帰るんだ』
昇降口から駆け出し、晴れ間が顔を出す空の下を俯きながら進む。
今朝玖々廼馳を見かけた坂に差しかかった辺りで、傘を忘れて来たことに気付いた。
けれど、今さら戻る訳にもいかない。
走っては休み、休んでは走りして駅に着く。
私は、ちょうどホームに入ってきた下り電車に飛び乗った。
いつものハニーベアドーナツには、なんとなく行く気になれなかった。
確か、魁童の学校の近くにスーパーマーケットがあって、その中にハニーベアがあったはず。
私は、ひと駅乗り越して、魁童の学校の最寄り駅で電車を降りた。
やっぱり今日は厄日だ……
たどり着いたスーパーの建物には、売物件の看板がかけられていた。
ハニーベアの店舗も、当然存在しない。
同じ敷地内にあるゲームセンターだけは、一応営業しているらしい。
何だか暗くて、うらぶれた感じで、健全な青少年なら近づくことがはばかられるような雰囲気だ。
どちらにしても、ドーナツ屋さんがないのならば、これ以上ここに留まる意味はない。
私は、大きなため息をひとつつくと、元来た道を戻るべく回れ右をした。
「……あれ?」
男子高校生とおぼしき二人組が、すれ違いざま私を見て声をかけてきた。
「もしかして、魁童の彼女?」
「え……あ~そうであるともないとも……」
相手がどういった立場の人間かわからないため、私は曖昧な返事をした。
シャツの裾を出し、思いきりずり下がった学生ズボン……おまけに、一人は歩きながらタバコを吸っている。
もう一人は、耳にピアス。
高校生にしても、魁童の学校の生徒ではなさそうだ。
どこの生徒かはわからないが、学校帰りに、溜まり場にしているゲームセンターにやって来たのだろう。
「確か……はるかちゃん」
「そうそう、魁童がすっげえ大切にしてるって噂だったな」
……一応演技だったんですけどね……
そんな噂がたってるなんて知ったら、また魁童が顔を真っ赤にしてしまいそう。
「ねえ、はるかちゃん」
「へ?あ、は、はい。何ですか?」
「魁童元気?」
「あ、はい……多分……元気なんじゃないでしょうか」
十日ほど前、一緒に焼肉を食べに行った時は確かに元気だった。
*
「あいつの学校の文化祭で見て、かわいい子だなあって思ったけど……近くで見るとやっぱかわいいな」
タバコの人が、煙を吐き出しながら近寄ってくる。
「魁童なんかには、もったいないよ。はるかちゃん、あんなやつやめて、俺達と付き合おうよ」
ピアスの人が、馴れ馴れしく私の肩を抱いてくる。
「っ……や、やめてください」
顔をひきつらせながら後ずさる私に
「そんなつれないこと言わないでよ」
と、ピアスの人がますます密着してくる。
だめだ、こういう人、苦手……
多分、今の私は顔面蒼白だ。
「はるかちゃん、魁童のアドレス知ってんでしょ?」
「え……?なんでアドレス……?」
「せっかくだからさ、俺達が仲いいところ、魁童のやつにみせつけてやんねえ?」
「な……遠慮します。私、急ぎますので……」
身を翻そうとしたが、一人に肩を抱かれたまま、もう一人に腕をつかまれ、逃げ出すことは不可能だと気付かされる。
「中学時代の魁童、どんなだったか知ってる?」
「知りませんっ」
ピアスの人が、私の耳元に口を近づける。
「あいつ、すっげえワルでさあ、俺達、ずいぶん酷い目にあわされたんだぜ」
「まるでナイフみたいなやつだったよな」
「だから、あいつの悔しがる顔を見てみたいっていうか……」
「こんなチャンス、めったにないからな。まあ、あんなやつの彼女だってことが運のつき、恨むんなら魁童を恨めよ」
何となく、わかってきた。
彼らは、魁童の中学時代の同級生。
だけど、仲間って訳じゃない。
魁童のアドレスも知らないし。
どちらかと言えば、敵対している関係で――
いくら私がノーテンキでも、彼らに関わってはまずいってことは、本能的にわかる。
っていうか、私今、めちゃくちゃ貞操の危機に直面してるんじゃない!?
けど、だけど―
「魁童は、理由もなく人を傷つけたりしないよっ」
私は、思わず叫んでいた。
「へえ~、彼女ってだけあって、こんな時でもあいつをかばうんだ」
ピアスの人がおどけた調子で言い、タバコの人が"ヒュ~"と口笛を吹く。
こういう相手には、多分、何を言ってもムダ。
とにかく、なんとかして距離をとらなければ……
「私帰ります!はなしてくださいっ」
力任せに彼らを振り払おうと試みるが、やっぱり歯がたたない。
「このまま帰す訳にはいかないよ~」
「ここで俺達に会っちゃったのも、何かの縁だと思ってさ……」
普段と違う場所に足を踏み入れてしまった自分を、さすがに呪った。
どうしよう……
私、どうなっちゃうんだろう……
視界が涙でぼやけ始める。
「……竜尊……」
無意識のうちにこぼれた言葉に、自分自身びっくりする。
「竜尊??」
「誰だ、それ」
彼らも訳がわからない、という顔をする。
私が助けを求めて呼ぶ相手は、"魁童"であるはずだったのだから。
「竜尊……」
もう一度、呟く。
その瞬間。
心のすきまに、欠けていたピースが『カチリ』と音をたててはまったような気がした。
ああ、そうか。
私……竜尊の名前を呼びたかったんだ、心の奥底でずっと。
息を大きく吸い込むと、私は思いきり叫んだ。
「竜尊!助けて、竜尊ーー!!」
*
制服に身を包み、平凡な一日が始まる。
相変わらずの梅雨空に、駅からの通学路には傘の花が咲く。
黙々と歩を進めながら、ふと、正門にほど近い左曲がりの坂道を見上げる。
見覚えのある緑色の髪が、登校する生徒達の傘の合間に見え隠れしている。
坂道を駆け上がって声をかけようか……
そんな思いが頭をかすめた瞬間――
玖々廼馳は一人ではない、ということに気付いた。
髪を耳の横でひとつに束ねた、中等部の女の子と並んで歩いている。
談笑しているのであろう、時折、二つの傘が傾いては揺れる。
不思議でもなんでもない、ただの登校風景。
だが、なぜか私の胸には、雨空のような雲が広がった。
漠然とだけれど、何かが変わっていく予感――それも、良くない方向に――そんな苦い気持ちが、朝から私を支配することになった。
昼休み。
借りっぱなしになっていた本を抱えて、私は図書館に向かった。
あと数メートル、というところで、図書館のドアが開く。
中から現れたのは
「玖々廼馳!」
「お姉ちゃん!」
いつもと変わらぬ彼の笑顔に、私はホッとした。
朝の嫌な心持ち、杞憂に終わってくれるよね……
「こないだは一緒に焼肉屋さん行けなくてごめんね。
舞台はどうだった?」
「はい、思いのほか面白かったですよ。竜ちゃんは多分、途中で寝てましたけど」
二人同時に、クスリと笑った。
「それで……その舞台を、同じクラスの演劇部の子が、見に来てたんです」
いつもより饒舌な玖々廼馳……何だか場の空気が変わったように感じられた。
「その子から、『演劇部に入らないか』って誘われて……僕、迷ってるんです」
「へえ、演劇部かあ……素敵だと思うよ。玖々廼馳は興味あるんだよね、どうして迷うの?」
「放課後、毎日部活があるんですよ。お姉ちゃんに会う時間が、なくなっちゃいます。それでなくても、最近なかなか会えないのに……」
「玖々……」「玖々廼馳っ!」
ドアが中から勢いよく開き、髪をひとつ結びにした女の子が出てくると玖々廼馳の名を呼んだ。
ああ、この子……朝、玖々廼馳と並んで歩いていた子だ……
彼女は私に顔を向けると、物おじせずに言う。
「先輩からも、玖々廼馳に言ってやってください!演劇部で青春を謳歌すべきだって」
いきなりの申し出に、私は面食らってしまって、すぐには言葉が出なかった。
ぎこちない態度にならないよう気をつけながら、ゆっくり玖々廼馳に顔を向ける。
「竜尊は、なんて言ってるの?」
何とか発した声は、情けないがかすれてしまった。
そんなことは意に介さず、演劇部の彼女はまさに舞台の上のように、抑揚をつけて言う。
「竜ちゃんだって、ちゃあんと賛成してくれましたよ」
竜ちゃん……?
ここしばらく私が会っていなかった間、この子が放課後の玖々廼馳、竜尊と一緒にいたってことだよね。
「同じ学年の友人がたくさんできるのは、いいことだ……って」
彼女は、得意そうに頬を紅潮させる。
「ふうん……玖々廼馳が舞台に出る時には教えてね、見に行くから。じゃあ、もうすぐ予鈴鳴るから」
「お姉ちゃん……」
私は二人の顔を直視出来ないまま、作り笑顔を向けると、教室に向かって走った。
あ……本返し損ねちゃった。
涙がじわりと滲んでくる。
なんでだろ?
別に、玖々廼馳に中等部のお友達が出来れば、こうなることは当たり前。
ずっと私とばかり時間を過ごす方が、普通に考えたら不自然なこと。
それぞれが、それぞれのあるべき姿に戻るだけ。
竜尊とだって……
あの憎たらしい『天敵』竜尊とだって、もう会わなくてすむんだ……
*
午後の授業は、まったく頭に入らなかった。
先生に指名されたのにも気付かないで、恥をかく始末。
今日は厄日だ……
こんな日は、おいしいものを食べて、早々に寝てしまうに限る。
ドーナツ買って帰ろう、久しぶりに、ハニーベアで。
あ、その前に、売店でレポート用紙買ってかなくちゃ……
私は、学生棟の売店に向かった。
カフェテリアに隣接していて、ここでお菓子や飲み物を買ってカフェテリアで食べることも出来る。
レジでお金を払いながら、何となくカフェテリアに目をやる。
玖々廼馳の髪の若葉色が、真っ先に目に入ってきた。
隣には、さっきの女の子。
玖々廼馳の向かい側の席でこちらに背を向けて座っている竜尊が、女の子と何やら言い合いをしているっぽい。
ちょっと前まで、あの場所にいたのは私だったのに……
玖々廼馳が、私に気付いたようだった。
しかし、私はあえて目を合わさず、小走りに売店を後にした。
言葉にならない思いが、胸の中に渦巻く。
どす黒い気持ちを認めたくなくて、私は呪文のように心の中で繰り返す。
『ドーナツ、ドーナツ……早くドーナツ買って、早く家に帰るんだ』
昇降口から駆け出し、晴れ間が顔を出す空の下を俯きながら進む。
今朝玖々廼馳を見かけた坂に差しかかった辺りで、傘を忘れて来たことに気付いた。
けれど、今さら戻る訳にもいかない。
走っては休み、休んでは走りして駅に着く。
私は、ちょうどホームに入ってきた下り電車に飛び乗った。
いつものハニーベアドーナツには、なんとなく行く気になれなかった。
確か、魁童の学校の近くにスーパーマーケットがあって、その中にハニーベアがあったはず。
私は、ひと駅乗り越して、魁童の学校の最寄り駅で電車を降りた。
やっぱり今日は厄日だ……
たどり着いたスーパーの建物には、売物件の看板がかけられていた。
ハニーベアの店舗も、当然存在しない。
同じ敷地内にあるゲームセンターだけは、一応営業しているらしい。
何だか暗くて、うらぶれた感じで、健全な青少年なら近づくことがはばかられるような雰囲気だ。
どちらにしても、ドーナツ屋さんがないのならば、これ以上ここに留まる意味はない。
私は、大きなため息をひとつつくと、元来た道を戻るべく回れ右をした。
「……あれ?」
男子高校生とおぼしき二人組が、すれ違いざま私を見て声をかけてきた。
「もしかして、魁童の彼女?」
「え……あ~そうであるともないとも……」
相手がどういった立場の人間かわからないため、私は曖昧な返事をした。
シャツの裾を出し、思いきりずり下がった学生ズボン……おまけに、一人は歩きながらタバコを吸っている。
もう一人は、耳にピアス。
高校生にしても、魁童の学校の生徒ではなさそうだ。
どこの生徒かはわからないが、学校帰りに、溜まり場にしているゲームセンターにやって来たのだろう。
「確か……はるかちゃん」
「そうそう、魁童がすっげえ大切にしてるって噂だったな」
……一応演技だったんですけどね……
そんな噂がたってるなんて知ったら、また魁童が顔を真っ赤にしてしまいそう。
「ねえ、はるかちゃん」
「へ?あ、は、はい。何ですか?」
「魁童元気?」
「あ、はい……多分……元気なんじゃないでしょうか」
十日ほど前、一緒に焼肉を食べに行った時は確かに元気だった。
*
「あいつの学校の文化祭で見て、かわいい子だなあって思ったけど……近くで見るとやっぱかわいいな」
タバコの人が、煙を吐き出しながら近寄ってくる。
「魁童なんかには、もったいないよ。はるかちゃん、あんなやつやめて、俺達と付き合おうよ」
ピアスの人が、馴れ馴れしく私の肩を抱いてくる。
「っ……や、やめてください」
顔をひきつらせながら後ずさる私に
「そんなつれないこと言わないでよ」
と、ピアスの人がますます密着してくる。
だめだ、こういう人、苦手……
多分、今の私は顔面蒼白だ。
「はるかちゃん、魁童のアドレス知ってんでしょ?」
「え……?なんでアドレス……?」
「せっかくだからさ、俺達が仲いいところ、魁童のやつにみせつけてやんねえ?」
「な……遠慮します。私、急ぎますので……」
身を翻そうとしたが、一人に肩を抱かれたまま、もう一人に腕をつかまれ、逃げ出すことは不可能だと気付かされる。
「中学時代の魁童、どんなだったか知ってる?」
「知りませんっ」
ピアスの人が、私の耳元に口を近づける。
「あいつ、すっげえワルでさあ、俺達、ずいぶん酷い目にあわされたんだぜ」
「まるでナイフみたいなやつだったよな」
「だから、あいつの悔しがる顔を見てみたいっていうか……」
「こんなチャンス、めったにないからな。まあ、あんなやつの彼女だってことが運のつき、恨むんなら魁童を恨めよ」
何となく、わかってきた。
彼らは、魁童の中学時代の同級生。
だけど、仲間って訳じゃない。
魁童のアドレスも知らないし。
どちらかと言えば、敵対している関係で――
いくら私がノーテンキでも、彼らに関わってはまずいってことは、本能的にわかる。
っていうか、私今、めちゃくちゃ貞操の危機に直面してるんじゃない!?
けど、だけど―
「魁童は、理由もなく人を傷つけたりしないよっ」
私は、思わず叫んでいた。
「へえ~、彼女ってだけあって、こんな時でもあいつをかばうんだ」
ピアスの人がおどけた調子で言い、タバコの人が"ヒュ~"と口笛を吹く。
こういう相手には、多分、何を言ってもムダ。
とにかく、なんとかして距離をとらなければ……
「私帰ります!はなしてくださいっ」
力任せに彼らを振り払おうと試みるが、やっぱり歯がたたない。
「このまま帰す訳にはいかないよ~」
「ここで俺達に会っちゃったのも、何かの縁だと思ってさ……」
普段と違う場所に足を踏み入れてしまった自分を、さすがに呪った。
どうしよう……
私、どうなっちゃうんだろう……
視界が涙でぼやけ始める。
「……竜尊……」
無意識のうちにこぼれた言葉に、自分自身びっくりする。
「竜尊??」
「誰だ、それ」
彼らも訳がわからない、という顔をする。
私が助けを求めて呼ぶ相手は、"魁童"であるはずだったのだから。
「竜尊……」
もう一度、呟く。
その瞬間。
心のすきまに、欠けていたピースが『カチリ』と音をたててはまったような気がした。
ああ、そうか。
私……竜尊の名前を呼びたかったんだ、心の奥底でずっと。
息を大きく吸い込むと、私は思いきり叫んだ。
「竜尊!助けて、竜尊ーー!!」
*