虹色ドーナツ vol.3~心のカケラ~
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梅雨に入り、じめじめとうっとうしい日が続いている。
その上、忙しい。
玖々廼馳は学校の宿泊訓練でしばらく不在だったし、その後は私が風邪ひいたり、小テストで再試に引っかかりまくったりと、なかなか落ち着かない。
そういえば、一緒に夜景を見た時以来、魁童に会ってないな。
最後に竜尊の顔を見たのは、それよりもっと前だったよね……
そんなこんなで、六月も後半の週末。
「明日の晩ごはん、みんなで焼肉ね♪」
と、瑠璃さんから連絡があった。
魁童との約束だった『みんなで食事会』――
あの日は目の前のことでいっぱいいっぱいで、私と魁童はアドレスの交換すらしてなかった。
それで、祢々斬と瑠璃さんが間に入って、ことを進めてくれていたのだ。
約束の夕方、私は、魁童のおうちの居間でソファに座っていた。
テーブルには、すっかり手土産定番となった駅前パン屋さんのパン。
「はるか、腹が減ってんなら食えよ」
という魁童のお言葉に甘えて、自分で持ってきたパンをいただく。
「おい、飯の前にそんなに食って大丈夫か?」
床にあぐらをかいて携帯を操作していた魁童が(今しがたやっと、互いの番号とアドレスを教え合ったのだ)、呆れた声を出す。
「あ~平気平気、別腹だもん」
「っとに、すがすがしいくらいよく食うな。"やせの大食い"ってやつか?」
「だって、おいしいんだよ!魁童も食べてごらんよ~、ほらっ!」
私のお気に入り、ミニメロンパンを、彼の前に差し出す。
「…文化祭を思い出すな……ぉわっ」
ちょっぴり感慨深げな魁童の口に、メロンパンを押し込む。
案の定、彼は頬を桜色に染めたが、抵抗はしなかった。
なかなかうまいじゃねえか、と笑顔になる魁童を見てると、おいしいものは人を幸せにするんだなあ…って感じる。
「そういえば」
あっという間に食べ終わり、うん、うまかったと頷いた後、魁童が改まったように言う。
「今から玖々廼馳が、中学の参考書とりに来るんだけどさ……最近おまえ、放課後あいつに会ってないのか?」
「なんだかんだ忙しかったからね。確か……ドーナツ屋さんからの帰りを、まるで朝帰りみたいに竜尊に怒られた、あの時以来だよ」
「じゃあ……竜尊にも会ってねえのか」
「まあね。幸か不幸か」
そんな話をしている最中に玄関チャイムが鳴り、魁童が出ていく。
ほどなく彼は、玖々廼馳を連れて戻ってきた。
竜尊は……祢々斬か無月と話でもしてるのかな……
「お姉ちゃん……何だかすごく久しぶりですね。制服じゃないお姉ちゃん、初めて見ます」
玖々廼馳が、はにかみながら言う。
「言われてみれば、確かにそうだね。私も、私服の玖々廼馳に会うの初めて」
二人で微笑み合うと、魁童が間に入ってきた。
「玖々廼馳、参考書、俺の部屋にまとめてあるからさ。ほしいの選んでってくれよ」
「はい、ありがとうございます。かっちゃん、頼りになります」
「はるか、ちょっと待っててくれよな」
二人が部屋を出ていくのと入れ違いに、竜尊が入って来た。
*
「おい、はるか」
「あ、竜尊……ご無沙汰してます」
「本当にご無沙汰だな。噂にきいたが、俺のいない所で、随分楽しんでたみたいだな」
「はいっ!そりゃあもう……」
笑顔で即答した私が面白くなかったらしい。
「そんなことをいけしゃあしゃあと言うのは、どの口だ?」
竜尊は、私の頬を両手で引っ張った。
「ふぎゃ~……いたいれすってば~」
思いのほか強い力で引っ張る竜尊に抵抗しながら、部屋に入ってきた人影を視界の隅にとらえる。
「はるか、どうした?」
「あ……おにいひゃん、この乱暴者を何とかしてくらはいぃ~いだいいだい」
「竜尊、離してやれよ」
「ああ、祢々斬……いつから、こいつのことを名前で呼ぶようになったんだ?」
「そりゃあ、はるかは、瑠璃の大事な妹分だからな」
「そういえば……おまえ、瑠璃となにかあったのか?」
竜尊は、やっと私の顔から手を離した。
「なにか……?どういう意味だ?」
「先日街でおまえと瑠璃を見かけてな」
「なんで声かけねえんだよ」
「そんな野暮なことはしねえよ」
竜尊はニッと笑う。
「あの時の瑠璃が、やけに艶っぽく見えたからな……おまえが原因かと思って」
「……わかってんなら聞くなよ」
心なしか、祢々斬お兄さんの顔が赤く見える。
「……誕生日だったんだよ、瑠璃の」
「ほお、身も心も大人になったって訳か」
え?もしかして瑠璃さん……
ついに、ついに祢々斬お兄さんと……!
お兄さんも、忍耐の末にとうとう想いを遂げられたんですね……
うんうん、感無量ですね……と一人で頷いていた私の頭を、竜尊がぺしぺしとたたく。
「おい、何にやにやしてんだ」
「なっ……にやにやなんて……」
「おい竜尊、俺達にはるかをとられて寂しかったのはわかるが、ゆがんだ愛情表現は嫌われるぞ」
「ふっ……薄情な子猫ちゃんには、本当の飼い主が誰か、きちんと教え込まないといけないんでな」
へ……?
天敵だと言った記憶はあるけれど、飼い主認定した覚えはないですよ……
いつも言われっぱなしだけれど、ここはひとつ、はっきりと否定をしておかねばならないような気がする……
「誰が、誰の飼い主……」
竜尊に向かって叫びかけた瞬間、部屋のドアが勢いよく開いた。
バタバタと入って来た玖々廼馳と魁童に、祢々斬が声をかける。
「玖々廼馳、おまえの言ったとおり、俺がここに来ておいて正解だったぞ。やっぱり竜尊のやつが、はるかのこと苛めてたからな」
祢々斬を軽く睨み付け、竜尊は取り繕った笑顔を魁童に向ける。
「魁童、うちのはるかが世話になったな」
手にしていた、参考書(?)が詰まった重そうな袋をソファに置くと、魁童も涼しい顔で言い返す。
「なあに、気にすんな。はるかはおまえんちのものじゃなくて、俺のもんだからさ」
「かっちゃん!」「ふん……それは文化祭の演技だろう?」
玖々廼馳が叫ぶのと、竜尊が低い声でつぶやくのと同時だった。
「竜尊、少々大人げないのではないか?」
一触即発の状態に水をさしたのは、無月だった。
*
「そなたはこの中で一番の年長者だというのに、独占欲にかけては、魁童といい勝負だな」
どんな言葉も皮肉と感じさせない無月の穏やかな微笑みに、さすがの竜尊も何も言い返すことができない。
「我らはこれから焼肉を食べに行くのだが、そなた達も一緒にどうだ?」
玖々廼馳がちょっぴり悲しそうな目で竜尊を見上げ、竜尊は、なだめるように玖々廼馳の肩をたたく。
「あいにく、玖々廼馳の親父さんから、おともを仰せつかっていてな。地元の劇団の舞台とやらを、見に行かないとならないのさ」
「竜ちゃん、僕もお姉ちゃん達と焼き肉行きたかったです……」
しょんぼりしている玖々廼馳に近寄り、私は、彼の頭をそっと撫でた。
「玖々廼馳、今日は残念だけど……今度、絶対一緒に行こうね。もちろん竜尊のおごりで」
「はい!お姉ちゃん、約束です」
「うん、約束ね」
「さあ、玖々廼馳。そろそろ時間だ」
自分を焼肉の財源とされたことは見事に無視した竜尊の声に、玖々廼馳はそちらを振り返って頷く。
「お姉ちゃん、それじゃ……」
参考書(だけではなさそうだが)のたっぷり入った袋を持ち上げた玖々廼馳は、予想外の重さだったのか、ちょっとためらった。
「どれ、よこせっ」
魁童が横から袋を抱えて、ドアに向かう。
その後を歩きながら、こちらを振り返る玖々廼馳に、私は小さく手を振った。
彼も恥ずかしそうに手を振り返し、その姿は部屋の外に消えた。
無月と祢々斬も、それぞれに動き出す。
と、みんなの様子を眺めながらたたずんでいた私の背後で、突然声がした。
「おい、はるか」
竜尊に後ろから腕をつかまれ、彼の方を向かされる。
「おまえのことを好きに出来るのは俺だけだってこと……後でその体にしっかり教えてやるからな」
「!!?」
"蛇ににらまれた蛙"のデジャヴ――?
それとも、怖いもの見たさ?
竜尊の視線から目がそらせない。
しばし、息をすることも忘れて立ち尽くしていた私のもう片方の腕を、戻ってきた魁童が引っ張る。
「おい、竜尊。玖々廼馳が待ってるぞ、早く行ってやれよ。おら、はるか、行くぞ」
「あ……」
竜尊が気になりつつ、私は、半ば魁童に引きずられるようにして歩き出した。
竜尊の表情が、フッとゆるむ。
「魁童、邪魔したな。はるか……またな」
竜尊は、魁童と私の頭を順々に軽くたたくと、足早に部屋から出ていった。
*
週末とはいえ、まだ早目の時間帯だったため、焼肉屋さんはそれほど混雑していなかった。
四人掛けの席に、祢々斬と瑠璃さんの二人、無月に魁童に私の三人、と二手に分かれて座った。
「さあ、食うぞ~!」
「……うん」
「おい、はるか、どうしたんだよ?焼肉食いたかったんだろ?」
「あ……ごめんね、ちょっと考えごとしてたから」
「……竜尊のことか?」
魁童のくぐもった声に、私は顔を上げることが出来ないまま小さく頷いた。
「あのね……竜尊が、私のことを好きにするっていったら、どういうことになるのかな」
無月が飲みかけていたウーロン茶を吹き出してむせ、魁童は手にしていた箸をテーブルの上に落とした。
「あのやろう……さっき真剣な顔でなんか言ってると思ったら、そんなこと……」
魁童が、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「竜尊の言うことなんか気にするなって言いたいのは山々なんだけどさ……」
彼は、箸を拾いながらため息をつく。
「いちいち気になっちまうんだろ?」
「うん……まあ……」
歯切れの悪い返事だと自覚しつつ、何とも答えようがない。
「で……おまえの気持ちは、どうなんだ?」
魁童が、真面目な顔で私の目を見る。
まっすぐな視線にたじろぎ、思わず目をそらしながら私は何とか言葉を発する。
「それが……わかんない……情けないんだけど、自分で自分の気持ちがわからないんだよね……」
「そっか……」
黙りこんでしまった私達に、無月が口を開いた。
「焦ることはない。きっとはるかには、まだ運命の時が来ていないのだろう。」
顔を上げて無月の顔を見つめると、優しい笑顔が私と魁童を交互に見る。
「大丈夫だ。"その時"になれば、自然と答は出るものだ……祢々斬と瑠璃のように」
「まあ、考えてどうにかなるもんじゃねえんだから、今はとにかく食おうぜ。腹が減っては戦もできねえ」
魁童が、私の気持ちを何とか上に向けようとしてくれているのがわかる。
「魁童の兄弟って、三人ともタイプが全然違うのに、みんな優しいところは共通だね」
「な……無駄口たたいてる間にどんどん食え!そっちのが焼けてるぞ」
照れ隠しなのか、魁童の口調がぶっきらぼうになる。
でも、すぐ顔にでるから、怒ってる訳じゃなく恥ずかしいんだろうなって、ちゃんとわかる。
私は、あったかくて、ちょっぴりくすぐったい気持ちで胸が一杯になった。
「せっかくの焼肉、楽しくおいしく食べなきゃもったいないもんね。では、いただきま~す」
「おう、どんどん食え。肉とパンは、腹の中で収納場所が違うんだろ?」
「もちろん!たくさん食べて、もう少し成長したいんだよね。瑠璃さんくらいに……ってのはちょっと贅沢だから、せめてあと2センチ背が伸びたらいいな」
「いいよ、おまえは今のままで。俺の背を追い越すんじゃねえっ」
「私が2センチ伸びたら、魁童はそれ以上伸びれば問題ないんじゃない?」
「それが思うようにできれば、誰も苦労しないっつうの!」
笑い声があふれる。
私達は皆笑顔で賑やかに、香ばしく焼けた肉や野菜に舌鼓を打った。
*
その上、忙しい。
玖々廼馳は学校の宿泊訓練でしばらく不在だったし、その後は私が風邪ひいたり、小テストで再試に引っかかりまくったりと、なかなか落ち着かない。
そういえば、一緒に夜景を見た時以来、魁童に会ってないな。
最後に竜尊の顔を見たのは、それよりもっと前だったよね……
そんなこんなで、六月も後半の週末。
「明日の晩ごはん、みんなで焼肉ね♪」
と、瑠璃さんから連絡があった。
魁童との約束だった『みんなで食事会』――
あの日は目の前のことでいっぱいいっぱいで、私と魁童はアドレスの交換すらしてなかった。
それで、祢々斬と瑠璃さんが間に入って、ことを進めてくれていたのだ。
約束の夕方、私は、魁童のおうちの居間でソファに座っていた。
テーブルには、すっかり手土産定番となった駅前パン屋さんのパン。
「はるか、腹が減ってんなら食えよ」
という魁童のお言葉に甘えて、自分で持ってきたパンをいただく。
「おい、飯の前にそんなに食って大丈夫か?」
床にあぐらをかいて携帯を操作していた魁童が(今しがたやっと、互いの番号とアドレスを教え合ったのだ)、呆れた声を出す。
「あ~平気平気、別腹だもん」
「っとに、すがすがしいくらいよく食うな。"やせの大食い"ってやつか?」
「だって、おいしいんだよ!魁童も食べてごらんよ~、ほらっ!」
私のお気に入り、ミニメロンパンを、彼の前に差し出す。
「…文化祭を思い出すな……ぉわっ」
ちょっぴり感慨深げな魁童の口に、メロンパンを押し込む。
案の定、彼は頬を桜色に染めたが、抵抗はしなかった。
なかなかうまいじゃねえか、と笑顔になる魁童を見てると、おいしいものは人を幸せにするんだなあ…って感じる。
「そういえば」
あっという間に食べ終わり、うん、うまかったと頷いた後、魁童が改まったように言う。
「今から玖々廼馳が、中学の参考書とりに来るんだけどさ……最近おまえ、放課後あいつに会ってないのか?」
「なんだかんだ忙しかったからね。確か……ドーナツ屋さんからの帰りを、まるで朝帰りみたいに竜尊に怒られた、あの時以来だよ」
「じゃあ……竜尊にも会ってねえのか」
「まあね。幸か不幸か」
そんな話をしている最中に玄関チャイムが鳴り、魁童が出ていく。
ほどなく彼は、玖々廼馳を連れて戻ってきた。
竜尊は……祢々斬か無月と話でもしてるのかな……
「お姉ちゃん……何だかすごく久しぶりですね。制服じゃないお姉ちゃん、初めて見ます」
玖々廼馳が、はにかみながら言う。
「言われてみれば、確かにそうだね。私も、私服の玖々廼馳に会うの初めて」
二人で微笑み合うと、魁童が間に入ってきた。
「玖々廼馳、参考書、俺の部屋にまとめてあるからさ。ほしいの選んでってくれよ」
「はい、ありがとうございます。かっちゃん、頼りになります」
「はるか、ちょっと待っててくれよな」
二人が部屋を出ていくのと入れ違いに、竜尊が入って来た。
*
「おい、はるか」
「あ、竜尊……ご無沙汰してます」
「本当にご無沙汰だな。噂にきいたが、俺のいない所で、随分楽しんでたみたいだな」
「はいっ!そりゃあもう……」
笑顔で即答した私が面白くなかったらしい。
「そんなことをいけしゃあしゃあと言うのは、どの口だ?」
竜尊は、私の頬を両手で引っ張った。
「ふぎゃ~……いたいれすってば~」
思いのほか強い力で引っ張る竜尊に抵抗しながら、部屋に入ってきた人影を視界の隅にとらえる。
「はるか、どうした?」
「あ……おにいひゃん、この乱暴者を何とかしてくらはいぃ~いだいいだい」
「竜尊、離してやれよ」
「ああ、祢々斬……いつから、こいつのことを名前で呼ぶようになったんだ?」
「そりゃあ、はるかは、瑠璃の大事な妹分だからな」
「そういえば……おまえ、瑠璃となにかあったのか?」
竜尊は、やっと私の顔から手を離した。
「なにか……?どういう意味だ?」
「先日街でおまえと瑠璃を見かけてな」
「なんで声かけねえんだよ」
「そんな野暮なことはしねえよ」
竜尊はニッと笑う。
「あの時の瑠璃が、やけに艶っぽく見えたからな……おまえが原因かと思って」
「……わかってんなら聞くなよ」
心なしか、祢々斬お兄さんの顔が赤く見える。
「……誕生日だったんだよ、瑠璃の」
「ほお、身も心も大人になったって訳か」
え?もしかして瑠璃さん……
ついに、ついに祢々斬お兄さんと……!
お兄さんも、忍耐の末にとうとう想いを遂げられたんですね……
うんうん、感無量ですね……と一人で頷いていた私の頭を、竜尊がぺしぺしとたたく。
「おい、何にやにやしてんだ」
「なっ……にやにやなんて……」
「おい竜尊、俺達にはるかをとられて寂しかったのはわかるが、ゆがんだ愛情表現は嫌われるぞ」
「ふっ……薄情な子猫ちゃんには、本当の飼い主が誰か、きちんと教え込まないといけないんでな」
へ……?
天敵だと言った記憶はあるけれど、飼い主認定した覚えはないですよ……
いつも言われっぱなしだけれど、ここはひとつ、はっきりと否定をしておかねばならないような気がする……
「誰が、誰の飼い主……」
竜尊に向かって叫びかけた瞬間、部屋のドアが勢いよく開いた。
バタバタと入って来た玖々廼馳と魁童に、祢々斬が声をかける。
「玖々廼馳、おまえの言ったとおり、俺がここに来ておいて正解だったぞ。やっぱり竜尊のやつが、はるかのこと苛めてたからな」
祢々斬を軽く睨み付け、竜尊は取り繕った笑顔を魁童に向ける。
「魁童、うちのはるかが世話になったな」
手にしていた、参考書(?)が詰まった重そうな袋をソファに置くと、魁童も涼しい顔で言い返す。
「なあに、気にすんな。はるかはおまえんちのものじゃなくて、俺のもんだからさ」
「かっちゃん!」「ふん……それは文化祭の演技だろう?」
玖々廼馳が叫ぶのと、竜尊が低い声でつぶやくのと同時だった。
「竜尊、少々大人げないのではないか?」
一触即発の状態に水をさしたのは、無月だった。
*
「そなたはこの中で一番の年長者だというのに、独占欲にかけては、魁童といい勝負だな」
どんな言葉も皮肉と感じさせない無月の穏やかな微笑みに、さすがの竜尊も何も言い返すことができない。
「我らはこれから焼肉を食べに行くのだが、そなた達も一緒にどうだ?」
玖々廼馳がちょっぴり悲しそうな目で竜尊を見上げ、竜尊は、なだめるように玖々廼馳の肩をたたく。
「あいにく、玖々廼馳の親父さんから、おともを仰せつかっていてな。地元の劇団の舞台とやらを、見に行かないとならないのさ」
「竜ちゃん、僕もお姉ちゃん達と焼き肉行きたかったです……」
しょんぼりしている玖々廼馳に近寄り、私は、彼の頭をそっと撫でた。
「玖々廼馳、今日は残念だけど……今度、絶対一緒に行こうね。もちろん竜尊のおごりで」
「はい!お姉ちゃん、約束です」
「うん、約束ね」
「さあ、玖々廼馳。そろそろ時間だ」
自分を焼肉の財源とされたことは見事に無視した竜尊の声に、玖々廼馳はそちらを振り返って頷く。
「お姉ちゃん、それじゃ……」
参考書(だけではなさそうだが)のたっぷり入った袋を持ち上げた玖々廼馳は、予想外の重さだったのか、ちょっとためらった。
「どれ、よこせっ」
魁童が横から袋を抱えて、ドアに向かう。
その後を歩きながら、こちらを振り返る玖々廼馳に、私は小さく手を振った。
彼も恥ずかしそうに手を振り返し、その姿は部屋の外に消えた。
無月と祢々斬も、それぞれに動き出す。
と、みんなの様子を眺めながらたたずんでいた私の背後で、突然声がした。
「おい、はるか」
竜尊に後ろから腕をつかまれ、彼の方を向かされる。
「おまえのことを好きに出来るのは俺だけだってこと……後でその体にしっかり教えてやるからな」
「!!?」
"蛇ににらまれた蛙"のデジャヴ――?
それとも、怖いもの見たさ?
竜尊の視線から目がそらせない。
しばし、息をすることも忘れて立ち尽くしていた私のもう片方の腕を、戻ってきた魁童が引っ張る。
「おい、竜尊。玖々廼馳が待ってるぞ、早く行ってやれよ。おら、はるか、行くぞ」
「あ……」
竜尊が気になりつつ、私は、半ば魁童に引きずられるようにして歩き出した。
竜尊の表情が、フッとゆるむ。
「魁童、邪魔したな。はるか……またな」
竜尊は、魁童と私の頭を順々に軽くたたくと、足早に部屋から出ていった。
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週末とはいえ、まだ早目の時間帯だったため、焼肉屋さんはそれほど混雑していなかった。
四人掛けの席に、祢々斬と瑠璃さんの二人、無月に魁童に私の三人、と二手に分かれて座った。
「さあ、食うぞ~!」
「……うん」
「おい、はるか、どうしたんだよ?焼肉食いたかったんだろ?」
「あ……ごめんね、ちょっと考えごとしてたから」
「……竜尊のことか?」
魁童のくぐもった声に、私は顔を上げることが出来ないまま小さく頷いた。
「あのね……竜尊が、私のことを好きにするっていったら、どういうことになるのかな」
無月が飲みかけていたウーロン茶を吹き出してむせ、魁童は手にしていた箸をテーブルの上に落とした。
「あのやろう……さっき真剣な顔でなんか言ってると思ったら、そんなこと……」
魁童が、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「竜尊の言うことなんか気にするなって言いたいのは山々なんだけどさ……」
彼は、箸を拾いながらため息をつく。
「いちいち気になっちまうんだろ?」
「うん……まあ……」
歯切れの悪い返事だと自覚しつつ、何とも答えようがない。
「で……おまえの気持ちは、どうなんだ?」
魁童が、真面目な顔で私の目を見る。
まっすぐな視線にたじろぎ、思わず目をそらしながら私は何とか言葉を発する。
「それが……わかんない……情けないんだけど、自分で自分の気持ちがわからないんだよね……」
「そっか……」
黙りこんでしまった私達に、無月が口を開いた。
「焦ることはない。きっとはるかには、まだ運命の時が来ていないのだろう。」
顔を上げて無月の顔を見つめると、優しい笑顔が私と魁童を交互に見る。
「大丈夫だ。"その時"になれば、自然と答は出るものだ……祢々斬と瑠璃のように」
「まあ、考えてどうにかなるもんじゃねえんだから、今はとにかく食おうぜ。腹が減っては戦もできねえ」
魁童が、私の気持ちを何とか上に向けようとしてくれているのがわかる。
「魁童の兄弟って、三人ともタイプが全然違うのに、みんな優しいところは共通だね」
「な……無駄口たたいてる間にどんどん食え!そっちのが焼けてるぞ」
照れ隠しなのか、魁童の口調がぶっきらぼうになる。
でも、すぐ顔にでるから、怒ってる訳じゃなく恥ずかしいんだろうなって、ちゃんとわかる。
私は、あったかくて、ちょっぴりくすぐったい気持ちで胸が一杯になった。
「せっかくの焼肉、楽しくおいしく食べなきゃもったいないもんね。では、いただきま~す」
「おう、どんどん食え。肉とパンは、腹の中で収納場所が違うんだろ?」
「もちろん!たくさん食べて、もう少し成長したいんだよね。瑠璃さんくらいに……ってのはちょっと贅沢だから、せめてあと2センチ背が伸びたらいいな」
「いいよ、おまえは今のままで。俺の背を追い越すんじゃねえっ」
「私が2センチ伸びたら、魁童はそれ以上伸びれば問題ないんじゃない?」
「それが思うようにできれば、誰も苦労しないっつうの!」
笑い声があふれる。
私達は皆笑顔で賑やかに、香ばしく焼けた肉や野菜に舌鼓を打った。
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