虹色ドーナツ vol.2~恋せよ乙女~
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学校の課題は、昨日のうちに必死で済ませた。(文化祭を心から楽しむために!)
必要なものは、ぬかりなくバッグに詰め込んで来た。
そして今私は、瑠璃さんのお部屋で、彼女お手製のチキンカレーをご馳走になっている。
「わぁ、おいしいっ……!ぜひレシピを教えて下さい!」
「ほんと?お口に合ってよかった~。たくさん食べてね」
今日初めて会ったばかりなのに、ずっと前から知ってるような気がする。
そう感じるのは、瑠璃さんの柔らかな雰囲気のせいだろうか。
「本当は、祢々斬お兄さんも来るはずだったんですか?」
「昨日まではその予定だったんだけどね。なんでも、今朝ご両親が帰ってらしたとかで……」
私のコップに麦茶を注ぎ足しながら、瑠璃さんが言う。
「今日は男子禁制!二人で盛り上がろうね~」
「はいっ楽しみです!お夜食に、スナック菓子とか今日買ったパンとか、いろいろ持って来ました」
「あ、駅前のパン屋さんの?あそこのパン、食べてみたかったんだ♪」
「夜中にパンをかじりながら、ガールズトークってのも笑えますが……たまにはいいですよね」
「あはは、大丈夫大丈夫!楽しくておいしければ、カロリーなんか気にしないっ」
瑠璃さんと私は、顔を見合わせて同時に笑った。
お待ちかねの、パジャマタイム。
私は、ずっと思っていたことを迷わず口にした。
「瑠璃さん、絶対モテますよね。どうして、祢々斬お兄さんを選んだんですか?」
瑠璃さんは、花がほころぶようにクスリと笑った。
「モテないモテない!私、ずっと女子校だったから、家族以外の男の人なんて身近にいなくって……はっきり言って苦手。自分が誰かとお付き合いすることなんて、ないと思ってた」
小さく息をついた彼女に、私は首をかしげた。
「え……それで……祢々斬お兄さんと、どうやって知り合ったんですか?」
「ふふっ笑わないでね……。去年の秋くらいかな、学部棟の入り口の扉に……強化ガラスだか何だか透明なんだけど……思いっきり激突しちゃったの、私」
「!!!」
魁童の『実はおっちょこちょい』という話を思い出して吹き出しそうになったが、何とかこらえた。
「だってね、ほんとに透明で、そのまんま外が見えるから……無意識に、ドアが開いてると認識しちゃったみたい。で、普通に歩いてたら、バーン!と衝撃が……」
「もしかして、それを祢々斬お兄さんに見られたとか……」
「当たり。すぐに駆け寄って来てくれて、おでこが赤くなってる、こぶになるかなって、撫でてくれて……
でもね、触られてもちっとも嫌じゃなかったの」
はにかみながら話してくれる瑠璃さんの瞳は、微かに潤んでいる。
「この人なら大丈夫。この人にだったら、もっと触れてほしい……そう思っちゃったんだよね」
「運命の相手に巡り逢った瞬間だったんですね…」
まさに、少女漫画か純愛ドラマのよう――
だけど、彼女を見ていると、そんな安っぽい言葉で片付けるのは失礼な気がした。
「ところで」
瑠璃さんは、空気の流れを変えるように、姿勢を正す。
「はるかちゃんは、魁童クンのことが好きなのかな?それとも……」
ほんわかとした笑顔を一端引っ込めて、真顔になる。
「……竜尊?」
「な……なな、なぜ竜尊が……」
「あ、違ったらごめんね。何となくね……もしかしたら……なあんて」
ふふっ女の勘ってやつかな?と笑顔に戻る瑠璃さんに、何と答えようか私の心は揺れた。
「……自分でも、よくわからないんです。竜尊のこと憎たらしいはずなのに、妙に頭に浮かんできたり……でも、今日みたいに魁童と一緒にいたら、すごく楽しいし。玖々廼馳と話してて、気持ちが楽だなあって感じることもあります」
瑠璃さんは、何も言わずにただ頷きながら聞いてくれた。
私の言葉が一段落ついた所で、彼女は立ち上がって、冷蔵庫から何かを取り出し戻って来た。
「飲も!」
私の目の前に、カクテルを模したノンアルコール飲料の缶が差し出された。
「お酒でも飲みたい気分だけどね……はるかちゃん未成年だし、私も明日学校あるし」
「これも一応、二十歳以上の方対象なんですかね?」
「今日は、かたいこと言わない言わないっ!だけど、『よい子の皆さんは真似しないでね』って言っとくね」
「あはは、一体誰に向かって言っとくんですか?」
私達は缶を開けると、二人の恋バナに乾杯した。
*
カクテルもどきの缶が空になった頃、瑠璃さんの携帯が鳴った。
「あ……祢々斬からだ。ちょっとごめんね」
あの恐そうな祢々斬が瑠璃さんに向ける優しい眼差しを思うと、何だか微笑ましい。
「……だから、今日は駄目です!女の子どうしで、いろんなお喋りしてるんだから……え?……ちょっと待ってね」
瑠璃さんは、頬をちょっぴり上気させながら、でも申し訳なさそうに私を見る。
「はるかちゃん。祢々斬が、夜景見に行かないかって……魁童も一緒だって」
「でも……もうすっかり寝る態勢で、こんな格好ですが……」
私は、パジャマがわりのTシャツの裾を引っ張った。
「それは大丈夫。車から降りないから、何を着ててもいいって」
ああ、瑠璃さんは、祢々斬お兄さんからのお誘いに前向き……というか、彼と会えるのが嬉しいんだ――。
まさに、恋する乙女。
そんな彼女を可愛いと素直に感じながら、私はにっこりと笑って答えた。
「行きましょうっ」
私は、Tシャツにハーフパンツという、何ともラフな出で立ち。
履いてきたローファーでは、あまりにも不釣り合いなので、瑠璃さんのミュールを拝借した。
同じパジャマ系とはいえ、瑠璃さんのルームウェアは、露出度は低めなのに女の子らしくって素敵だ。
いつもは、その格好で、祢々斬お兄さんと一緒に夜を過ごしてるんですね……
助手席の瑠璃さんの後ろに座りながら、そんな妄想が頭に浮かんでしまい、私は思わず首を左右に振った。
「おい、はるか、大丈夫か?」
魁童の声に、ハッと我に返る。
「あ~、大丈夫大丈夫。ちょっとばかり、眠気を振り払ってただけだから」
「こんな時間に、もう眠くなんのか?おまえ、ちゃんと勉強はかどってるか?」
「……テスト終わったばっかりなのに、やなこと言わないでよ……」
魁童とは、まるでクラスメイトのように、他愛のない会話が自然にあふれてくる。
「ほら、いいもんやる」
パーカーのポケットをゴソゴソとまさぐっていた魁童が、私の前に何かを差し出した。
「ミントキャンディだ。これで目ぇ覚ませ」
「あ……ありがと。じゃあ、早速いただきま~す」
何の気なしに、私はキャンディの包みを開けて、口に放り込んだ。
「!☆?%◎※!かっっ…からっ!
……なにこれ~、めちゃくちゃからいよ」
「はは、いっぺんに目が覚めただろ」
「ミントの匂いが、こっちまで漂ってくるよ」
前から瑠璃さんの声が聞こえる。
なんだかね、これって……いわゆる『ダブルデート』!?
いや、でも、魁童と私は特別付き合ってる訳じゃないし。
あれ……そういえば、昼間、告白されかけたんだっけ……
頭の中がぐるぐる回り始めた時、車が停まった。
茶畑が広がる小高い丘のてっぺんに、街を見下ろせる空き地があった。
祢々斬によると、ここまで上ってくるのは地元の人だけなので、知る人ぞ知る夜景スポットなのだそうだ。
「俺らしかいないからな、パジャマのままで降りてもいいぞ」
祢々斬の言葉に、私達は車の外に出た。
「わあ~」
世の中の夜が明るくなったと言っても、目が慣れない今、ここは見渡す限りの闇。
眼下には、まるで覗き込んだ箱庭に、宝石のような家々の灯りをちりばめた……そんな景色が広がる。
私は大きく深呼吸した。
「なんかさ、ちっぽけだよな」
魁童が隣に立つ。
「けどさ……あの中でみんな、必死に生きて、泣いたり笑ったりしてるんだよな」
私は黙って頷いた。
途端、鼻がムズッとして、小さなクシャミをしてしまった。
「寒いのか?」
「ううん、だいじょう……ぶ……」
言い終わらないうちに、魁童が着ていたパーカーが、私の肩にフワッとかかる。
驚いて魁童の方を見ると、やっと暗闇に慣れてきた目に、彼の笑顔が映る。
「おまえに、風邪ひかせるわけにはいかないからな」
「あ……ありがとう……」
「ああ……」
お互いに照れくさいのが、何となく伝わる。
二人して、小さくきらめく景色に視線を戻す。
「そろそろ帰るか」
祢々斬がそう声をかけるまで、私達は無言のまま街の灯りを眺めていた。
*
祢々斬と魁童を見送ってから、瑠璃さんのお部屋で寝る支度をする。
なんだか、無重力の世界から下界に降りてきたような心地だ。
丁重にお断りしたのだが、私がベッドを使うようにと瑠璃さんが譲らなかったため、彼女は掛布団を床に敷いて寝ることになった。
「ちょうど、タオルケットを二枚出したところだったから、よかった」
―そう言っててきぱきと準備を終え、彼女は敷いた布団の上に座る。
私も、体育座りで床に並んだ。
「瑠璃さん、ごめんなさい。本当は、祢々斬お兄さん泊まって行きたかったんじゃないんですか?」
「ん?そんなことないよ。祢々斬はいつも泊まらないで帰るよ」
「え?……だって、半同棲だって、魁童が……あわわわ」
うっかりすべらせてしまった口を慌てて押さえる私に、一瞬ポカンとしてから瑠璃さんはクスッと笑う。
「はるかちゃん…なんか誤解してるかな。私達、まだそういう関係じゃないよ」
「へ!?」
「ちゃんと付き合い始めてから、まだ三ヶ月くらいだし……」
とっても親密そうに見える二人なのに、実はプラトニック・ラブを貫いていたとは―――
祢々斬お兄さん……
ちょっぴり尊敬してしまいますよ。
心の中で祢々斬お兄さんにエールを送っていると、瑠璃さんの言葉が続いた。
「私が男の人苦手だって、祢々斬もわかってくれてるから……私の心の準備が出来るまで、待つって言ってくれてるんだ」
彼女は、長い睫毛に縁取られた瞳に憂いの色を含ませると、そっと伏せた。
「でもね、不安なんだ……いつまでも待たせて、祢々斬が私のこと嫌いになっちゃったらどうしようって……」
仮にも男の人なんだからさ、と力なく笑う彼女に、私は真正面から正直な気持ちを語った。
「大丈夫です!男の人の生理は、私にはよくわかりませんが……でも、お兄さんが瑠璃さんのことを、とっても大切に思ってるってことは、はたから見ていて痛いほどわかります。それに、瑠璃さんがお兄さんを大好きだって気持ちも」
私は、一度息を整えてから、続けた。
「だから……お兄さんは、えっちを待たされたからって瑠璃さんのこと嫌いになんかなりませんっ!!!」
「はるかちゃん……」
瑠璃さんは目を丸くしていたが、その顔はだんだん、穏やかな笑顔に変わっていった。
「ありがとう……はるかちゃんと話してると、元気をもらえるよ。きっと、だからみんな、はるかちゃんのことが好きなんだね」
「え……」
「さて、そろそろ寝ようか。明日があるし」
横になり、電気の消えた暗さの中そっと目を閉じると、さっき見た夜景がまぶたの裏によみがえる。
みんな、それぞれの気持ちを胸に、眠りにつくんだよね……
ちっぽけに見えた灯りの下で
でも、一生懸命に
誰かを想い、切なさを抱きしめながら。
突然、魁童の笑顔と、竜尊の意地悪そうな顔が交互に浮かんでくる。
私は慌てて、タオルケットを頭までかぶった。
もしも夢で会えるのなら……
聞こえ始めた瑠璃さんの寝息に、私は改めて「おやすみなさい」とつぶやき、ギュッと目をつぶった。
*
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