虹色ドーナツ vol.2~恋せよ乙女~
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衣替えも間近の、ちょっぴり蒸し暑い放課後。
「おい!迎えに来たぞ」
靴箱の陰からヌッと顔を出したのは、魁童だった。
「あれ?制服……」
魁童が着ているのは、この学校の制服だ。
「へへ~ん、どうだ、似合うか?」
若干、身体よりも制服の方が大きい気がしないでもないが、違和感はない。
「馴染んでるから、うちの生徒かと思っちゃったよ。で……一体どうしたの?」
「おまえ、放課後いつも玖々廼馳と一緒にいるんだってな。たまには俺様に付き合えよ」
「……いや私は別に構わないんだけど、玖々廼馳が……」
「大丈夫、玖々廼馳も了解してる。なんたって俺らは、共同戦線張ってんだからな」
「え?共同戦線……?って、何に対して?」
思わず聞き返した私に、明らかに『口をすべらせた!』という顔を見せた魁童は、いやほらいろいろあってな……などとゴニョゴニョ呟いていたが
「何でもねえっ!」
と開き直った。
「とにかく……行くぞっ!」
くるりと向きを変え足早に歩き出した魁童のあとを、慌てて追いかける。
本当にもう……有無を言わさないんだから……。
駐車場に着き、それらしき車は見えたが、人の気配がない。
「あれ!?無月どこだー?」
「無月?」
「ああ、一番上の兄ちゃんだ」
「祢々斬お兄さんのお兄さんってことだね」
「そういうこと。今日仕事が休みだったから、乗せて来てもらったんだ」
「そうなんだ。それはそうと……そもそも、どうして私を迎えに来てくれたの?」
魁童は、私から目をそらすと、やや口ごもりながら答えた。
「ハニーベアドーナツで『季節のアイスクリーム』始めたからさ……「えっ、それほんと!?」」
思わず口をはさんだ私をちらっと見ると、一呼吸置いて魁童が呟く。
「確かおまえ、ハニーベア好きだって言ってたから、一緒に食いに行きたいな~なんて……」
「行きたい行きたい!」
迷わず叫び、"是非お供させて下さい"というお願いオーラ全開の私に、彼は
「よっしゃ、そうこなくっちゃ♪」
と、いたずらっぽい笑顔を返してくれた。
その時、涼しげな声が響いた。
「すまない、待たせてしまったようだな」
声のした方を振り返ると、背は祢々斬と同じくらいで髪の長い、優しい笑顔の男の人が立っていた。
「無月、どこ行ってたんだよ?」
「つい懐かしくなってしまってな……」
「懐かしく……?」
無意識に口を開いてしまった私に気付いて、無月がこちらに向き直る。
「そなたが、はるかか……魁童から、話はいろいろ聞いている」
「いろいろ??え……ちょっと、何を……」
私は魁童に非難の目を向けてから、恐る恐る無月を見上げる。
話し方は何だか古風というか変わってるけど、悪い人ではなさそうだ。
彼は、美しいという形容がぴったりの顔に、笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、魁童は何もおかしなことは言っていない。ただドーナツが好きな小動物だと……」
「そうだっ!ドーナツ!早く行こうぜ」
言うが早いか、魁童は車の助手席に乗り込んだ。
そんな弟を目で追いながら、無月が言う。
「我の制服、魁童になかなか似合っているな」
「無月お兄さん、この学校の卒業生なんですか?」
「ああ。魁童と祢々斬は、自宅に近い男子校を選んだのだが、我だけここに通っていた」
「だから、懐かしいって……」
無月は微笑みながら頷いてくれた。
同じ兄弟でも、纏う空気が三人とも全然違うんだ……
そんなことを思いながら、後部座席に乗り込んだ私は、車のシートに背中を預けた。
*
駅前のドーナツショップに到着して、ショーケースの前に立つ。
ふいに、竜尊の顔が浮かんだ。
そういえば、竜尊と玖々廼馳と一緒にここに来たのは、どのくらい前だったっけ……
「おい!なにボーッとしてんだ?」
魁童に背中をポンとたたかれ、我に返る。
「腹のへりすぎじゃないのか?とっとと決めちまおうぜ」
「あ……うん」
魁童の言葉を受けて、私は目の前のドーナツに神経を集中する。
「アイスクリーム食べたくて来たんだけど、やっぱりドーナツははずせないなぁ……よし、『南風の贈り物』にしよっと♪」
「なになに、お好みのアイスクリームとドーナツのセットか……。それが妥当な線だな。しかし……ここのネーミングセンスは、いつも笑えるな」
「あはは、確かにね。注文するの恥ずかしかったりするよね」
時折顔を見合わせて笑い合う私達を、穏やかな笑顔で眺めていた無月が言う。
「二人とも、アイスクリームとドーナツの種類はどうする?」
私達は迷った末に、別々のドーナツとアイスクリームの名前を彼に告げる。
「我はコーヒーだけにしておこう」
無月の言葉に、私は素直な疑問を口にした。
「大人の男の人って、みんなそうなんですか?竜尊も、ドーナツ食べないでコーヒーだけだったけど……」
「それは一概には言えぬであろう。人それぞれ、好みがあるからな」
無月を見上げる私の腕を、魁童が引っ張る。
「無月、あとは頼んだぞ。おら、はるか、先に座ってるぞ」
注文を無月に任せ、私達は席についた。
あ、このテーブル……竜尊と玖々廼馳と一緒に座ったところだ。
何だか私、竜尊とここに来た時のことばかり思い出してるな……
私はまた、ボーッとしていたらしい。
「おいっ、また竜尊のこと考えてんのか!?あいつのことなんてどうでもいいだろ!」
「え?かいど……」
彼の名前を呼ぼうとして、私は中途半端に口を開いたまま止まってしまった。
名前の下には、何と敬称をつければよいのだろう?
『魁童君』じゃ、馴れ馴れしいって怒られるかな?
じゃあ『魁童様』?
それこそ、馬鹿にしてんのか!?って怒られそう……
あ、でも、俺様だから、案外そう呼ぶのがいいかも……
「おいっ」
「は、はいっ!なんでしょう?」
「なんでしょうじゃねえよ。そっちが俺に話してる途中だろ? 止まったままじゃ気になるんだよ」
「あ~ごめんなさい。……何て呼べばいいのか、考えてたもので……」
「なんか、おまえと話してると脱力するぞ……俺のことは、"魁童"でいい」
「わかった、魁童。じゃあ……魁童は、竜尊が嫌いなの?」
「普段は嫌いじゃねえけど……この件に関しては、敵だな」
「?この件?」
「だ……だからっ……おまえのことだよ」
私達の間を沈黙が流れる。
それを破ったのは、注文の品が所狭しと載せられたトレイを持って近づいてきた無月だった。
*
「我は、向こうのカウンター席に行くから、二人でいろいろ話すといい」
トレイからコーヒーを手にとり立ち去る無月を、二人とも無言で見送る。
彼が席につきコーヒーを飲み始めるのを見届けると、魁童が真剣な顔を私に向けた。
「よしっ決めたぞ。俺様がおまえを守ってやる」
「守る??……って、何から……」
「決まってんじゃねえか、竜尊の毒牙にかかんないように、だ」
私は、思わず眉をひそめる。
「竜尊って、そんな悪人だったの?」
「竜尊じゃなくたって、おまえは可愛いんだから……」
言ってて恥ずかしくなったのか、彼の言葉の最後の方はフェイドアウトしてしまった。
慣れない誉め言葉に、私も照れてしまう。
「か、かわいいなんて……言われたの初めてだよ」
「はぁ!?おまえ、何言ってんだ!?さっき、おまえの学校で女もたくさん見かけたけど、おまえが一番かわいかったぞ?」
はっきりきっぱり言ってしまってから、魁童は、また赤くなり下を向く。
「あ……ありがとう。そう言ってもらえると、素直に嬉しいよ。じゃあ、食べよっか。アイスクリームとけちゃう」
「ああ、そうだな……んじゃ、食うぞぉ~」
夏を思わせる今日みたいな日に食べるアイスクリームは、最高においしい。
私が選んだのは、チョコミントとオレンジシャーベット。
魁童は……抹茶にバニラ。
「なかなか渋い選択だね」
魁童の手元を覗きこんだ私に、彼も私のお皿をちらっと見る。
「そっちもうまそうだな」
「食べてみる?」
私は、シャーベットをひとさじすくってスプーンを魁童の口元に差し出した。
その途端、彼の顔は真っ赤になり、怒ったような表情に変わる。
「あ……ごめん、嫌……だったよね」
「ちょっ……嫌なんかじゃねえよ」
魁童は、慌てて引っ込めようとした私の手をつかみ、スプーンの上のオレンジシャーベットを口にする。
「えっと……どう?」
「……」
私の問いには答えず、目をそらしたまま魁童が言う。
「おまえ、他のやつにもこういうことすんのか?たとえば……竜尊とか……」
「え?しないよ。だって、竜尊甘いの嫌いだもん」
「だ~!そうじゃねえっ。……じゃあ、玖々廼馳にはするのか?」
「ん~玖々廼馳とは、大体同じもの頼むからなあ……同じものをわざわざ味見させてあげたりもらったりは、しないなあ」
魁童は、両手を額に当てて頭を抱える仕草をすると、ため息まじりに言った。
「んっとに……おまえって、にぶいな。……これってさ……その……間接キスだったりするんじゃねえのか?」
「……!!」
きっと今、私の顔は真っ赤になっているはずだ。
魁童は、黙ってしまった私のおでこを指でつつく。
「おい!俺様以外のやつに、絶対こんなことするんじゃねえぞ!」
「あ……うん……わかった……ん??あれ!?魁童にだったら、いいってこと?」
顔を上げて魁童の顔を見ると、やはり頬が赤い。
「おう……っていうか、むしろ推奨する」
「ふふ……了解。あ、チョコミントも食べる?」
「ああ、サンキュー。はるかもこっちの食うか?」
「あ~、それじゃあオーソドックスなフレーバーを味見させてもらおうかな」
なんだか……知らない人が見たら、私達って恋人どうし?
そんな思いも頭をよぎったが、今は純粋にこの時間を楽しもう、と頭を切り替えた。
*
「ところで……こないだは、何でお兄さんとケンカしたの?」
「あいつ……俺が録画しといた『ドロエモンスペシャル』、勝手に消しやがったんだ」
「あ~、私それ録画したよ!ひと通り見たけど、まだハードディスクに入ってる」
「ほんとか!?なんかさ、俺達って気が合うな」
「……っていうか、この年になって『ドロエモン』仲間にお目にかかれるなんて、ちょっと感動」
「あれは不朽の名作だよな!あ……ところでさ」
魁童が目を輝かせたまま、思い出したように言う。
「今度の週末、俺の学校の文化祭なんだ。はるか……来いよ」
「魁童の学校って、男子校だよね。行ってみたい気もするけど……一人で歩き回る勇気はないなあ。玖々廼馳が一緒に行けるか、聞いてみようかな」
「前に聞いたら、あいつは、なんかの検定試験が重なっちまったって言ってたぞ」
「そっか……残念」
「もしおまえが来るんだったら、俺様が案内してやる」
「え、でも魁童忙しいでしょ?」
「いや、クラス展示は三年だけだし、俺は別に用事ないから……本当だったら出席確認だけして、すぐ帰ろうと思ってたんだ」
魁童は、グラスの水をひとくち飲んで続ける。
「だから、はるかが来てくれるなら、ずっと一緒にいてやってもいいぞ」
「『いてやってもいい』って……あははは、何様、俺様、魁童様って感じだねぇ」
「あ?今何か俺の悪口言ったか?」
「いえいえいえ~めっそうもない」
何だか楽しい。
魁童といると、私、ずっと笑っているような気がする。
「玖々廼馳が魁童を訪ねて来るそうだ、そろそろ帰ろう」
そう無月が声をかけに来るまで、私達は食べて喋って笑って……デートみたいな時間を過ごした。
駐車場を歩きながら無月が魁童を振り返る。
「魁童よかったな」
「え?何がだよ」
「誰かを想う気持ちは、人生に彩りを添える。恋をすると……目にするもの全てが鮮やかな色を持ち、世界が明るくなるものだ」
私達に穏やかな笑顔を向けると、無月は運転席に座った。
一瞬黙って顔を見合わせた魁童と私も、慌てて車に乗り込んだ。
魁童の家の玄関を入ると、竜尊が怖い顔をして立っていた。
「おい、小動物。俺に黙ってどこに行ってた?」
「へ?ドーナツ屋さんですけど」
「かっちゃん、お姉ちゃん……ごめんなさい」
竜尊の後ろから、玖々廼馳がすまなそうに顔を出す。
その瞬間、私は理解した。
彼らの共同戦線とは、竜尊に対してのものである、ということを。
*
「おい!迎えに来たぞ」
靴箱の陰からヌッと顔を出したのは、魁童だった。
「あれ?制服……」
魁童が着ているのは、この学校の制服だ。
「へへ~ん、どうだ、似合うか?」
若干、身体よりも制服の方が大きい気がしないでもないが、違和感はない。
「馴染んでるから、うちの生徒かと思っちゃったよ。で……一体どうしたの?」
「おまえ、放課後いつも玖々廼馳と一緒にいるんだってな。たまには俺様に付き合えよ」
「……いや私は別に構わないんだけど、玖々廼馳が……」
「大丈夫、玖々廼馳も了解してる。なんたって俺らは、共同戦線張ってんだからな」
「え?共同戦線……?って、何に対して?」
思わず聞き返した私に、明らかに『口をすべらせた!』という顔を見せた魁童は、いやほらいろいろあってな……などとゴニョゴニョ呟いていたが
「何でもねえっ!」
と開き直った。
「とにかく……行くぞっ!」
くるりと向きを変え足早に歩き出した魁童のあとを、慌てて追いかける。
本当にもう……有無を言わさないんだから……。
駐車場に着き、それらしき車は見えたが、人の気配がない。
「あれ!?無月どこだー?」
「無月?」
「ああ、一番上の兄ちゃんだ」
「祢々斬お兄さんのお兄さんってことだね」
「そういうこと。今日仕事が休みだったから、乗せて来てもらったんだ」
「そうなんだ。それはそうと……そもそも、どうして私を迎えに来てくれたの?」
魁童は、私から目をそらすと、やや口ごもりながら答えた。
「ハニーベアドーナツで『季節のアイスクリーム』始めたからさ……「えっ、それほんと!?」」
思わず口をはさんだ私をちらっと見ると、一呼吸置いて魁童が呟く。
「確かおまえ、ハニーベア好きだって言ってたから、一緒に食いに行きたいな~なんて……」
「行きたい行きたい!」
迷わず叫び、"是非お供させて下さい"というお願いオーラ全開の私に、彼は
「よっしゃ、そうこなくっちゃ♪」
と、いたずらっぽい笑顔を返してくれた。
その時、涼しげな声が響いた。
「すまない、待たせてしまったようだな」
声のした方を振り返ると、背は祢々斬と同じくらいで髪の長い、優しい笑顔の男の人が立っていた。
「無月、どこ行ってたんだよ?」
「つい懐かしくなってしまってな……」
「懐かしく……?」
無意識に口を開いてしまった私に気付いて、無月がこちらに向き直る。
「そなたが、はるかか……魁童から、話はいろいろ聞いている」
「いろいろ??え……ちょっと、何を……」
私は魁童に非難の目を向けてから、恐る恐る無月を見上げる。
話し方は何だか古風というか変わってるけど、悪い人ではなさそうだ。
彼は、美しいという形容がぴったりの顔に、笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、魁童は何もおかしなことは言っていない。ただドーナツが好きな小動物だと……」
「そうだっ!ドーナツ!早く行こうぜ」
言うが早いか、魁童は車の助手席に乗り込んだ。
そんな弟を目で追いながら、無月が言う。
「我の制服、魁童になかなか似合っているな」
「無月お兄さん、この学校の卒業生なんですか?」
「ああ。魁童と祢々斬は、自宅に近い男子校を選んだのだが、我だけここに通っていた」
「だから、懐かしいって……」
無月は微笑みながら頷いてくれた。
同じ兄弟でも、纏う空気が三人とも全然違うんだ……
そんなことを思いながら、後部座席に乗り込んだ私は、車のシートに背中を預けた。
*
駅前のドーナツショップに到着して、ショーケースの前に立つ。
ふいに、竜尊の顔が浮かんだ。
そういえば、竜尊と玖々廼馳と一緒にここに来たのは、どのくらい前だったっけ……
「おい!なにボーッとしてんだ?」
魁童に背中をポンとたたかれ、我に返る。
「腹のへりすぎじゃないのか?とっとと決めちまおうぜ」
「あ……うん」
魁童の言葉を受けて、私は目の前のドーナツに神経を集中する。
「アイスクリーム食べたくて来たんだけど、やっぱりドーナツははずせないなぁ……よし、『南風の贈り物』にしよっと♪」
「なになに、お好みのアイスクリームとドーナツのセットか……。それが妥当な線だな。しかし……ここのネーミングセンスは、いつも笑えるな」
「あはは、確かにね。注文するの恥ずかしかったりするよね」
時折顔を見合わせて笑い合う私達を、穏やかな笑顔で眺めていた無月が言う。
「二人とも、アイスクリームとドーナツの種類はどうする?」
私達は迷った末に、別々のドーナツとアイスクリームの名前を彼に告げる。
「我はコーヒーだけにしておこう」
無月の言葉に、私は素直な疑問を口にした。
「大人の男の人って、みんなそうなんですか?竜尊も、ドーナツ食べないでコーヒーだけだったけど……」
「それは一概には言えぬであろう。人それぞれ、好みがあるからな」
無月を見上げる私の腕を、魁童が引っ張る。
「無月、あとは頼んだぞ。おら、はるか、先に座ってるぞ」
注文を無月に任せ、私達は席についた。
あ、このテーブル……竜尊と玖々廼馳と一緒に座ったところだ。
何だか私、竜尊とここに来た時のことばかり思い出してるな……
私はまた、ボーッとしていたらしい。
「おいっ、また竜尊のこと考えてんのか!?あいつのことなんてどうでもいいだろ!」
「え?かいど……」
彼の名前を呼ぼうとして、私は中途半端に口を開いたまま止まってしまった。
名前の下には、何と敬称をつければよいのだろう?
『魁童君』じゃ、馴れ馴れしいって怒られるかな?
じゃあ『魁童様』?
それこそ、馬鹿にしてんのか!?って怒られそう……
あ、でも、俺様だから、案外そう呼ぶのがいいかも……
「おいっ」
「は、はいっ!なんでしょう?」
「なんでしょうじゃねえよ。そっちが俺に話してる途中だろ? 止まったままじゃ気になるんだよ」
「あ~ごめんなさい。……何て呼べばいいのか、考えてたもので……」
「なんか、おまえと話してると脱力するぞ……俺のことは、"魁童"でいい」
「わかった、魁童。じゃあ……魁童は、竜尊が嫌いなの?」
「普段は嫌いじゃねえけど……この件に関しては、敵だな」
「?この件?」
「だ……だからっ……おまえのことだよ」
私達の間を沈黙が流れる。
それを破ったのは、注文の品が所狭しと載せられたトレイを持って近づいてきた無月だった。
*
「我は、向こうのカウンター席に行くから、二人でいろいろ話すといい」
トレイからコーヒーを手にとり立ち去る無月を、二人とも無言で見送る。
彼が席につきコーヒーを飲み始めるのを見届けると、魁童が真剣な顔を私に向けた。
「よしっ決めたぞ。俺様がおまえを守ってやる」
「守る??……って、何から……」
「決まってんじゃねえか、竜尊の毒牙にかかんないように、だ」
私は、思わず眉をひそめる。
「竜尊って、そんな悪人だったの?」
「竜尊じゃなくたって、おまえは可愛いんだから……」
言ってて恥ずかしくなったのか、彼の言葉の最後の方はフェイドアウトしてしまった。
慣れない誉め言葉に、私も照れてしまう。
「か、かわいいなんて……言われたの初めてだよ」
「はぁ!?おまえ、何言ってんだ!?さっき、おまえの学校で女もたくさん見かけたけど、おまえが一番かわいかったぞ?」
はっきりきっぱり言ってしまってから、魁童は、また赤くなり下を向く。
「あ……ありがとう。そう言ってもらえると、素直に嬉しいよ。じゃあ、食べよっか。アイスクリームとけちゃう」
「ああ、そうだな……んじゃ、食うぞぉ~」
夏を思わせる今日みたいな日に食べるアイスクリームは、最高においしい。
私が選んだのは、チョコミントとオレンジシャーベット。
魁童は……抹茶にバニラ。
「なかなか渋い選択だね」
魁童の手元を覗きこんだ私に、彼も私のお皿をちらっと見る。
「そっちもうまそうだな」
「食べてみる?」
私は、シャーベットをひとさじすくってスプーンを魁童の口元に差し出した。
その途端、彼の顔は真っ赤になり、怒ったような表情に変わる。
「あ……ごめん、嫌……だったよね」
「ちょっ……嫌なんかじゃねえよ」
魁童は、慌てて引っ込めようとした私の手をつかみ、スプーンの上のオレンジシャーベットを口にする。
「えっと……どう?」
「……」
私の問いには答えず、目をそらしたまま魁童が言う。
「おまえ、他のやつにもこういうことすんのか?たとえば……竜尊とか……」
「え?しないよ。だって、竜尊甘いの嫌いだもん」
「だ~!そうじゃねえっ。……じゃあ、玖々廼馳にはするのか?」
「ん~玖々廼馳とは、大体同じもの頼むからなあ……同じものをわざわざ味見させてあげたりもらったりは、しないなあ」
魁童は、両手を額に当てて頭を抱える仕草をすると、ため息まじりに言った。
「んっとに……おまえって、にぶいな。……これってさ……その……間接キスだったりするんじゃねえのか?」
「……!!」
きっと今、私の顔は真っ赤になっているはずだ。
魁童は、黙ってしまった私のおでこを指でつつく。
「おい!俺様以外のやつに、絶対こんなことするんじゃねえぞ!」
「あ……うん……わかった……ん??あれ!?魁童にだったら、いいってこと?」
顔を上げて魁童の顔を見ると、やはり頬が赤い。
「おう……っていうか、むしろ推奨する」
「ふふ……了解。あ、チョコミントも食べる?」
「ああ、サンキュー。はるかもこっちの食うか?」
「あ~、それじゃあオーソドックスなフレーバーを味見させてもらおうかな」
なんだか……知らない人が見たら、私達って恋人どうし?
そんな思いも頭をよぎったが、今は純粋にこの時間を楽しもう、と頭を切り替えた。
*
「ところで……こないだは、何でお兄さんとケンカしたの?」
「あいつ……俺が録画しといた『ドロエモンスペシャル』、勝手に消しやがったんだ」
「あ~、私それ録画したよ!ひと通り見たけど、まだハードディスクに入ってる」
「ほんとか!?なんかさ、俺達って気が合うな」
「……っていうか、この年になって『ドロエモン』仲間にお目にかかれるなんて、ちょっと感動」
「あれは不朽の名作だよな!あ……ところでさ」
魁童が目を輝かせたまま、思い出したように言う。
「今度の週末、俺の学校の文化祭なんだ。はるか……来いよ」
「魁童の学校って、男子校だよね。行ってみたい気もするけど……一人で歩き回る勇気はないなあ。玖々廼馳が一緒に行けるか、聞いてみようかな」
「前に聞いたら、あいつは、なんかの検定試験が重なっちまったって言ってたぞ」
「そっか……残念」
「もしおまえが来るんだったら、俺様が案内してやる」
「え、でも魁童忙しいでしょ?」
「いや、クラス展示は三年だけだし、俺は別に用事ないから……本当だったら出席確認だけして、すぐ帰ろうと思ってたんだ」
魁童は、グラスの水をひとくち飲んで続ける。
「だから、はるかが来てくれるなら、ずっと一緒にいてやってもいいぞ」
「『いてやってもいい』って……あははは、何様、俺様、魁童様って感じだねぇ」
「あ?今何か俺の悪口言ったか?」
「いえいえいえ~めっそうもない」
何だか楽しい。
魁童といると、私、ずっと笑っているような気がする。
「玖々廼馳が魁童を訪ねて来るそうだ、そろそろ帰ろう」
そう無月が声をかけに来るまで、私達は食べて喋って笑って……デートみたいな時間を過ごした。
駐車場を歩きながら無月が魁童を振り返る。
「魁童よかったな」
「え?何がだよ」
「誰かを想う気持ちは、人生に彩りを添える。恋をすると……目にするもの全てが鮮やかな色を持ち、世界が明るくなるものだ」
私達に穏やかな笑顔を向けると、無月は運転席に座った。
一瞬黙って顔を見合わせた魁童と私も、慌てて車に乗り込んだ。
魁童の家の玄関を入ると、竜尊が怖い顔をして立っていた。
「おい、小動物。俺に黙ってどこに行ってた?」
「へ?ドーナツ屋さんですけど」
「かっちゃん、お姉ちゃん……ごめんなさい」
竜尊の後ろから、玖々廼馳がすまなそうに顔を出す。
その瞬間、私は理解した。
彼らの共同戦線とは、竜尊に対してのものである、ということを。
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