虹色ドーナツ vol.1~揺れる想い~
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今にも泣き出しそうな空模様の金曜日。
玖々廼馳は今日、委員会活動が長引きそうだということで、仕方なく私は竜尊と一緒にカフェテリアで待つことになった。
二人とも無言のまま、学食とカフェテリアのある学生棟に向かう。
私の数歩後ろで、一定の距離を保って竜尊が歩く。
学生棟に入ると、放課後の学食は閑散としていた。
私は一瞬躊躇したが、カフェテリアに続く階段を上がらずに、学食の物陰に足を進める。
何も言わない竜尊の足音も、私に続く。
階段下のスペースに入り、周囲に誰もいないことを確認してから、私は足を止める。
そして、竜尊に気付かれないように小さく深呼吸をして、彼の方に向き直った。
「ひとつ…聞いてもいいですか?」
「ああ、俺にわかることなら」
口に出すのは随分ためらわれたけれど、二人きりでいるこのチャンスを逃したら、胸はずっと苦しいまま。
私は思い切って口を開いた。
「……この前、家まで送ってもらった時のこと…私、目をつぶっちゃってたからわからなくて…でも、知りたいの」
「口付けしたことか?」
「……それは、本当?…」
「ああ。…なんだ、もう一度してほしいのか?」
頭の中がぐるぐるする。
私は必死の思いで言葉を紡いでいるというのに…
ちゃかすような竜尊の言葉に、怒りがこみ上げる。
「……ひどいっ」
思いきり竜尊をにらみつけた――はずが、私の目からは、ポタポタと雫が落ちた。
「は…初めてだったのに…からかって、あんなことするなんて…」
やっぱり、誤解でも錯覚でもなく、私のファーストキスは、この男に奪われたのだ…
だからどうということはないはずなのだが、一応私だって女の子だ。
それなりに憧れ、思い描いていた雰囲気というものだってあったのに…
私は鼻をすすりながら、口をつぐんだ。
「…悪かったな…」
急に真面目な顔になって、竜尊は私の頭をなでる。
「さわらないでっ」
私はその手から逃れるように後ずさるが、あっという間に彼の腕の中に捕らえられる。
「これだけは言っておくが…俺は、ふざけたり、おまえをからかったりするためにキスした訳じゃない」
「じゃあどうして…!!」
「それが…俺にもわからん」
「っ!…やっぱり、ふざけて…!!」
抜け出そうともがけばもがくほど、私を抱き締める腕には力が込められる。
抵抗することをあきらめてため息をつくと、鼻と鼻がぶつかりそうな距離まで、竜尊が顔を近づけてきた。
「だがな、おまえの初めての相手になれて、俺は素直にうれしいぞ?」
「そんな変な言い方…」
竜尊はニヤリと笑って続ける。
「それに…俺はおまえの天敵だったよな。
それなら、おまえを食っても文句を言われる筋合いはないってことだ」
私の背中を冷たいものが流れた。
この腕から逃げ出さなければ、何をされるかわかったものじゃない……
だが、蛇に睨まれた蛙よろしく、私は足がすくんで動くことができなかった。
「どうした?…震えてるのか?」
耳元でささやかれ、思わずビクッと肩が動く。
「俺がこわいか?」
顔をのぞきこまれ、目を合わさないように下を向く。
*
「竜ちゃんっ!」
聞き慣れた声が、頭上から降ってきた。
「そんな所にいたんですか!」
普通に階段を上がって私達を捜していたのだろう。
玖々廼馳が、階段を駆け下りてきた。
「あ…!お姉ちゃんも!」
玖々廼馳が竜尊を見つけた時、私の姿はちょうど竜尊の陰に隠れていて、気付かなかったらしい。
カフェテリアで待っているはずの私達が、まるで人目を避けるかのようにこんな所にいるのだから、いくら玖々廼馳でも不審に思うに違いない。
「お姉ちゃん…?」
玖々廼馳のまっすぐな視線が、私を刺す。
ああ、だめだ
もうどうしようもない
――涙腺決壊――
私は両手で顔を覆って座り込んでしまった。
「はるかっ!」「お姉ちゃん…!?」
「……っ…で……
わ…たしに…かまわな…で…っっ!?
わっ!」
腕をつかまれたかと思うと、あっという間に横抱きの姿勢で、竜尊の腕の中に収まる。
「悪いが、玖々廼馳、こいつのカバンを持ってやってくれ。
今日は体調がよくないらしい…このまま送っていこう」
「ちょっ…下ろして…きゃっ」
「病人が遠慮するな。
大人しくしてないと、転げ落ちるぞ」
竜尊は、背筋が凍りつくような猫なで声でささやく。
そんな彼の顔を見ないため、そして本当に転げ落ちる…否、落とされるのは勘弁してほしい、という思いで、私は竜尊の胸に顔をつけてじっとしていることにした。
この前抱き寄せられた時、そしてついさっき抱き締められた時と同じ、ムスクの香り。
私を包む体温と、彼が足を進めるごとに伝わる振動が心地よい。
ここのところ睡眠不足が続き、本当に体調がすぐれなかったこともあって、私はあろうことか、竜尊に抱かれたまま眠ってしまった。
*
気が付いた時には、私は自宅の居間のソファで寝ていた。
慌てて壁の時計に目をやると、夜の九時半。
ボーッとする頭で、今自分がこうしている理由を考える。
……あれ?
制服のまま眠っていた私には、黒いスーツの上着がかけてあった。
竜尊だ…
竜尊のものであるはずの上着をそっと手にとる。
竜尊の匂い…無意識のうちに、彼の残した上着に頬を寄せる。
ふと我に返り、私は急に恥ずかしくなってそれを放り投げた。
その時、マナーモードにしてある私の携帯電話が震え出した。
――なんだ、お母さん…って、私ってば、誰からだと期待したの?
自嘲気味に笑いながら、通話ボタンを押す。
「はい『あ、はるか、起きたの!?』」
そういえば今日は、学生時代のお友達と久々に会って食事会&飲み会するんだって言ってたっけ。
電話の用件は、私が起きたかどうかの確認と、二次会に行くから先に寝てて、という伝言。
こういう時、パパが単身赴任だと気兼ねせずにすむからいいわね、とご機嫌で電話を切ろうとした母に、私は慌てて呼びかける。
「ちょっと待って!
ねえ、私、なんでソファで寝てたの?」
――母によると、友達との待ち合わせまであまり時間がなく慌てていた時に、玖々廼馳と、私を抱えた竜尊が訪ねて来たそうだ。
頬をつねっても鼻をつまんでも起きない私を、そこら辺に転がしといてくれるように言いながら、自分の支度をしていた母。
しかし困っている様子の二人に、居間のソファに寝かせておいて、と頼んだそうだ。
母が家を飛び出すのと同時に、二人も追い出されたらしい。
全く…娘の具合が悪いっていうのに…しかも、親切な人がそんな娘を運んで来てくれたというのに…
薄情かつ、失礼な親なんだから。
それにひきかえ竜尊は、私が風邪ひかないように上着をかけてくれて……ん?竜尊!?
天敵のくせに…
何だか申し訳ない気持ちになり、私は床に投げ出されたスーツを拾い上げて胸に抱く。
ソファに座り大きなため息をつくと、身体中に感じられる甘美な余韻。
何なんだろう、この気持ち…
まさか…好き?竜尊のことが?
ううん、『好き』っていう言葉なら、玖々廼馳や魁童に対して使う方がしっくりくる。
じゃあ…恋?
一人で赤面しながら、私は頭を左右にブンブンと振る。
祢々斬っていう人が言ってた…玖々廼馳と魁童が、私に一目惚れだって。
それって『好き』なのかな、それとも、別の言葉で表される感情なのかな。
何より、私はどうしたいのだろう?
自分で自分の気持ちがわからない。
隣にいてほしいのが誰なのか
誰に手を差しのべてほしいのか
……わかんないよ。
気持ちが揺れる。
想いが交錯する。
誰をも傷付けず、自分も傷付かない…
…そんなムシのいいことを願ってしまう私は、ずるいのだろうか?
シャワーを済ませパジャマに着替えると、私はのそのそと自分の部屋への階段を上がった。
ベッドに寝ころがり、誰からの着信もないことを確認すると、携帯を枕の横に無造作に置く。
雨が降りだした。
屋根をたたき地面をぬらす雨音が、私の心をますます揺らす。
言い様のない寂しさに、胸が震える。
それを埋めるため、と自分で自分に言い訳すると、私は竜尊の上着を抱き締めて眠りについた。
*
玖々廼馳は今日、委員会活動が長引きそうだということで、仕方なく私は竜尊と一緒にカフェテリアで待つことになった。
二人とも無言のまま、学食とカフェテリアのある学生棟に向かう。
私の数歩後ろで、一定の距離を保って竜尊が歩く。
学生棟に入ると、放課後の学食は閑散としていた。
私は一瞬躊躇したが、カフェテリアに続く階段を上がらずに、学食の物陰に足を進める。
何も言わない竜尊の足音も、私に続く。
階段下のスペースに入り、周囲に誰もいないことを確認してから、私は足を止める。
そして、竜尊に気付かれないように小さく深呼吸をして、彼の方に向き直った。
「ひとつ…聞いてもいいですか?」
「ああ、俺にわかることなら」
口に出すのは随分ためらわれたけれど、二人きりでいるこのチャンスを逃したら、胸はずっと苦しいまま。
私は思い切って口を開いた。
「……この前、家まで送ってもらった時のこと…私、目をつぶっちゃってたからわからなくて…でも、知りたいの」
「口付けしたことか?」
「……それは、本当?…」
「ああ。…なんだ、もう一度してほしいのか?」
頭の中がぐるぐるする。
私は必死の思いで言葉を紡いでいるというのに…
ちゃかすような竜尊の言葉に、怒りがこみ上げる。
「……ひどいっ」
思いきり竜尊をにらみつけた――はずが、私の目からは、ポタポタと雫が落ちた。
「は…初めてだったのに…からかって、あんなことするなんて…」
やっぱり、誤解でも錯覚でもなく、私のファーストキスは、この男に奪われたのだ…
だからどうということはないはずなのだが、一応私だって女の子だ。
それなりに憧れ、思い描いていた雰囲気というものだってあったのに…
私は鼻をすすりながら、口をつぐんだ。
「…悪かったな…」
急に真面目な顔になって、竜尊は私の頭をなでる。
「さわらないでっ」
私はその手から逃れるように後ずさるが、あっという間に彼の腕の中に捕らえられる。
「これだけは言っておくが…俺は、ふざけたり、おまえをからかったりするためにキスした訳じゃない」
「じゃあどうして…!!」
「それが…俺にもわからん」
「っ!…やっぱり、ふざけて…!!」
抜け出そうともがけばもがくほど、私を抱き締める腕には力が込められる。
抵抗することをあきらめてため息をつくと、鼻と鼻がぶつかりそうな距離まで、竜尊が顔を近づけてきた。
「だがな、おまえの初めての相手になれて、俺は素直にうれしいぞ?」
「そんな変な言い方…」
竜尊はニヤリと笑って続ける。
「それに…俺はおまえの天敵だったよな。
それなら、おまえを食っても文句を言われる筋合いはないってことだ」
私の背中を冷たいものが流れた。
この腕から逃げ出さなければ、何をされるかわかったものじゃない……
だが、蛇に睨まれた蛙よろしく、私は足がすくんで動くことができなかった。
「どうした?…震えてるのか?」
耳元でささやかれ、思わずビクッと肩が動く。
「俺がこわいか?」
顔をのぞきこまれ、目を合わさないように下を向く。
*
「竜ちゃんっ!」
聞き慣れた声が、頭上から降ってきた。
「そんな所にいたんですか!」
普通に階段を上がって私達を捜していたのだろう。
玖々廼馳が、階段を駆け下りてきた。
「あ…!お姉ちゃんも!」
玖々廼馳が竜尊を見つけた時、私の姿はちょうど竜尊の陰に隠れていて、気付かなかったらしい。
カフェテリアで待っているはずの私達が、まるで人目を避けるかのようにこんな所にいるのだから、いくら玖々廼馳でも不審に思うに違いない。
「お姉ちゃん…?」
玖々廼馳のまっすぐな視線が、私を刺す。
ああ、だめだ
もうどうしようもない
――涙腺決壊――
私は両手で顔を覆って座り込んでしまった。
「はるかっ!」「お姉ちゃん…!?」
「……っ…で……
わ…たしに…かまわな…で…っっ!?
わっ!」
腕をつかまれたかと思うと、あっという間に横抱きの姿勢で、竜尊の腕の中に収まる。
「悪いが、玖々廼馳、こいつのカバンを持ってやってくれ。
今日は体調がよくないらしい…このまま送っていこう」
「ちょっ…下ろして…きゃっ」
「病人が遠慮するな。
大人しくしてないと、転げ落ちるぞ」
竜尊は、背筋が凍りつくような猫なで声でささやく。
そんな彼の顔を見ないため、そして本当に転げ落ちる…否、落とされるのは勘弁してほしい、という思いで、私は竜尊の胸に顔をつけてじっとしていることにした。
この前抱き寄せられた時、そしてついさっき抱き締められた時と同じ、ムスクの香り。
私を包む体温と、彼が足を進めるごとに伝わる振動が心地よい。
ここのところ睡眠不足が続き、本当に体調がすぐれなかったこともあって、私はあろうことか、竜尊に抱かれたまま眠ってしまった。
*
気が付いた時には、私は自宅の居間のソファで寝ていた。
慌てて壁の時計に目をやると、夜の九時半。
ボーッとする頭で、今自分がこうしている理由を考える。
……あれ?
制服のまま眠っていた私には、黒いスーツの上着がかけてあった。
竜尊だ…
竜尊のものであるはずの上着をそっと手にとる。
竜尊の匂い…無意識のうちに、彼の残した上着に頬を寄せる。
ふと我に返り、私は急に恥ずかしくなってそれを放り投げた。
その時、マナーモードにしてある私の携帯電話が震え出した。
――なんだ、お母さん…って、私ってば、誰からだと期待したの?
自嘲気味に笑いながら、通話ボタンを押す。
「はい『あ、はるか、起きたの!?』」
そういえば今日は、学生時代のお友達と久々に会って食事会&飲み会するんだって言ってたっけ。
電話の用件は、私が起きたかどうかの確認と、二次会に行くから先に寝てて、という伝言。
こういう時、パパが単身赴任だと気兼ねせずにすむからいいわね、とご機嫌で電話を切ろうとした母に、私は慌てて呼びかける。
「ちょっと待って!
ねえ、私、なんでソファで寝てたの?」
――母によると、友達との待ち合わせまであまり時間がなく慌てていた時に、玖々廼馳と、私を抱えた竜尊が訪ねて来たそうだ。
頬をつねっても鼻をつまんでも起きない私を、そこら辺に転がしといてくれるように言いながら、自分の支度をしていた母。
しかし困っている様子の二人に、居間のソファに寝かせておいて、と頼んだそうだ。
母が家を飛び出すのと同時に、二人も追い出されたらしい。
全く…娘の具合が悪いっていうのに…しかも、親切な人がそんな娘を運んで来てくれたというのに…
薄情かつ、失礼な親なんだから。
それにひきかえ竜尊は、私が風邪ひかないように上着をかけてくれて……ん?竜尊!?
天敵のくせに…
何だか申し訳ない気持ちになり、私は床に投げ出されたスーツを拾い上げて胸に抱く。
ソファに座り大きなため息をつくと、身体中に感じられる甘美な余韻。
何なんだろう、この気持ち…
まさか…好き?竜尊のことが?
ううん、『好き』っていう言葉なら、玖々廼馳や魁童に対して使う方がしっくりくる。
じゃあ…恋?
一人で赤面しながら、私は頭を左右にブンブンと振る。
祢々斬っていう人が言ってた…玖々廼馳と魁童が、私に一目惚れだって。
それって『好き』なのかな、それとも、別の言葉で表される感情なのかな。
何より、私はどうしたいのだろう?
自分で自分の気持ちがわからない。
隣にいてほしいのが誰なのか
誰に手を差しのべてほしいのか
……わかんないよ。
気持ちが揺れる。
想いが交錯する。
誰をも傷付けず、自分も傷付かない…
…そんなムシのいいことを願ってしまう私は、ずるいのだろうか?
シャワーを済ませパジャマに着替えると、私はのそのそと自分の部屋への階段を上がった。
ベッドに寝ころがり、誰からの着信もないことを確認すると、携帯を枕の横に無造作に置く。
雨が降りだした。
屋根をたたき地面をぬらす雨音が、私の心をますます揺らす。
言い様のない寂しさに、胸が震える。
それを埋めるため、と自分で自分に言い訳すると、私は竜尊の上着を抱き締めて眠りについた。
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