虹色ドーナツ vol.1~揺れる想い~
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「お姉ちゃん!……やっと……見つけました」
「え!?……お姉ちゃんって……」
若葉色の髪に、翡翠を思わせる緑色の瞳を煌めかせた少年が、うれしそうに私を見つめている。
「え……っと……どこかで会ったこと、あったかな?」
頭をフル回転させて記憶を手繰り寄せるが、この少年のことは思い出せない。
第一、こんなに綺麗な男の子、一度会ったならば忘れたりしないはずだ。
私は、ぎこちない笑顔を作るしかなかった。
「おいおい、玖々廼馳、冗談だろ?こんな乳くさい小娘」
突然の低い声に驚いて振り返る。
声の主は、白銀の長髪を高い位置で束ね、黒いスーツに身を包んだ背の高い男の人だった。
「……ん?しかし、よく見るとかわいい顔をしてるじゃないか」
そう言いながら、彼は私の顔に手をのばし、あごをクイッと持ち上げた。
「竜ちゃんっ!!」
少年が声を上げるのと、私が持っていたスクールバッグが"竜ちゃん"と呼ばれた相手の顔を直撃するのと、ほぼ同時だった。
「いってえな、何するんだ!?この小動物っ」
「な……何ですってえ!?あなたみたいな白髪のお年寄りに言われたくないですっ」
「なんだとぉ!?言うに事欠いて白髪とは!?おまえは、プラチナブロンドという単語も知らないのか」
「はあ~~!?」
一体なんなの!?
ワケわかんない……
見ず知らずの人と、どうしていきなり、こんな意味不明なバトルに……?
怒りと悔しさと困惑と恥ずかしさで、不覚にも私の目からは涙が零れた。
「竜ちゃん!やめてくださいっ!!」
キッと"竜ちゃん"を睨み、少年は心配そうな眼差しを私に向けた。
「お姉ちゃん……ごめんなさい……大丈夫ですか?」
「うん……何が何だかわかんないけど……。だけど、ごめんね、やっぱり、君のこと思い出せないな……」
「当たり前です。……今日、初めて会ったんですから」
「え?え?でも、『やっと会えた』って……」
「僕……お姉ちゃんに巡り逢えるのを、ずっと待ってたんです」
言われていることの意味がよくわからず、私は中途半端に首をかしげてしまう。
"竜ちゃん"は、そんな私を鼻で笑って言った。
「玖々廼馳が待ってた『運命的な出会い』の網に、たまたまおまえのような小動物がかかってしまった……って訳だ」
「竜ちゃん……その言い方は、ひどいです」
「うん、今の言い方は、私だけじゃなくて君……えと……ごめんね、名前は……」
「玖々廼馳です」
「そう、玖々廼馳……くん……」
「玖々廼馳、だけでいいですよ」
「ごめん、ありがとう。玖々廼馳にも、すっごく失礼だよねっ」
二人して"竜ちゃん"に非難の視線を送るが、彼は私達の抗議などまるきり意に介さない。
「まあ、どちらにしても……玖々廼馳、おまえはこいつが気に入ったんだな?」
「あ……はい。あの……お姉ちゃん……」
「ん?なあに?」
少年――玖々廼馳は、ちょっぴり顔を赤らめながら、おずおずと口を開く。
「もし……よかったら……放課後、用事がない日は、僕と会ってもらえませんか?」
「え?……あ…別にこれといって用はないし、帰りも一人だから……大丈夫だとは思うけど……」
「小動物のくせに、群れる友達もいないのか」
「……どこまでも失礼なご老人ですね」
「なにっ!?失礼はどっちだ!?」
私は小さなため息をつき終えると、玖々廼馳に向き直った。
「君と会うってことは……この失礼なお方も、もれなくついてくるってことだよね?」
「……だめ、ですか?……」
玖々廼馳は、うるんだ瞳で訴えかけてくる。
無垢な瞳がすがるように私を見つめる。
うぅ……
これで断ったら、私は"自己中でわがままな人"に成り下がってしまうではないか……
もう、なるようになれ――
「ううん、そんなことないよ。私なんかでよければ……一緒に遊ぼ?」
「はいっ……ありがとうございます……」
玖々廼馳は、蕾がほころぶような笑顔で答えた。
*
そんな訳で、ほぼ毎日、私達は放課後の時間をともに過ごすことになった。
中等部に入学したばかりの玖々廼馳に、高等部の二年生になったばかりの私。
学食やカフェテリア、図書館等の設備は共用となっているため、そうした場所で私達が一緒にいても、さして不自然ではない。
いつも、運転手兼お目付け役の竜ちゃん――竜尊がくっついていることの方が、不自然と言えば不自然。
カフェテリアでお喋りしたり、学校裏の遊歩道を散策したり、たまにはハンバーガー食べに行ったり。
思いのほかよく笑う玖々廼馳と過ごす時間は楽しく、私も笑顔でいることが多くなった。
だが、私と竜尊とは、どうにも相性がよくないらしい。
どうしても憎まれ口のたたきあいになってしまう。
その度に、玖々廼馳がちょっぴり寂しそうな顔をすることが気にはなっていたのだけれど……
そんなある日。
竜尊が車を移動しに行っている間に、私達は図書館で用事を済ませるべく、渡り廊下を歩き出した。
――と、先に立って歩いていた玖々廼馳が、ふいに立ち止まる。
「ん?どうかしたの?」
うつむいて身じろぎしない玖々廼馳に、私は彼の顔をのぞきこんだ。
その顔は、思い詰めたような、今にも泣き出しそうな表情だった。
「お姉ちゃん……竜ちゃんのこと、好きなんですか?」
「へっ!?」
玖々廼馳の口から発せられた、あまりにも唐突な質問に、私はすっとんきょうな声を上げてしまった。
「そっ……そんな訳ないじゃない!いつもいつもからかわれて……頭にきちゃうよ」
しどろもどろになって汗をかく私に、玖々廼馳はちょっぴり悲しそうな瞳を瞬かせる。
「……竜ちゃんと話している時のお姉ちゃんの顔は……とっても輝いてます」
「え……玖々廼馳ってば、何言って……」
「僕だって、わかってるんです。僕みたいな子供より、竜ちゃんの方がお姉ちゃんとお似合いだってこと」
玖々廼馳の目が暗い光を宿し、彼は私から顔をそむけた。
私が傷つけた……
竜尊に対して毅然とした態度をとりきらなかった私が、玖々廼馳を傷つけてしまった。
言い訳で取り繕おうなんて思わないけれど、このままじゃいけない……
「あのね玖々廼馳。竜尊はね、わたしにとって"天敵"なんだよ」
「天敵……?」
「そう。天敵と対峙する時って、臨戦態勢でアドレナリンがたくさん出るでしょ?」
玖々廼馳は、狐につままれたような顔をして私を見上げる。
「もしかしたらね……その状態の私を、玖々廼馳の脳は"輝いてる"って誤って認識してるんじゃないのかな」
「そうなんですか……」
「そもそも、竜尊の目で見たら私は小動物なんだから……似合うとか似合わないとか言う以前の問題なんだよね」
「小動物に……天敵……」
ボンヤリ呟いた玖々廼馳は、ハッと我に返った様子で、安心したような笑顔を見せた。
「僕……本を返してきます。竜ちゃんとすれ違いになるといけませんから、お姉ちゃんはここで待っててください」
「あ……うん、わかった」
駆け出す玖々廼馳の後ろ姿を見送り、向きを変えて歩き出すと、柱の陰から現れた黒っぽい壁のようなものにぶつかった。
「おい、天敵アドレナリン女」
「!?……げっ、竜尊!いつからそこに……」
「おまえが俺を天敵呼ばわりした辺りからだが……おいおい、そんな露骨に嫌そうな顔するなよ、傷つくじゃないか」
「天敵なんだから、馴れ合うつもりはありませんが」
「そう言うなって。俺は、おまえみたいな少年体型もけっこう好きだけどな」
「な……な……失礼な!Bカップで十分だもん。大きければいいってものじゃないしっ」
常々気にしていることを指摘され、ついいらないことまで口走ってしまう。
「ほお、華奢に見えるが、一応Bカップなのか。確かめてやろうか?」
私は、墓穴を掘ってしまったことに気付いて後ずさりした。
*
うろたえて視線を遠くに投げると、小走りにこちらに向かって来る玖々廼馳が見えた。
「玖々廼馳~助けて~」
「お姉ちゃん!どうしたんですか!?」
私は玖々廼馳の肩をつかみ、彼の背中に隠れた。
「竜尊が、いやらしいことするの~」
「ちょっと待てっ!!まだ何もしてないだろ」
「まだってことは、やっぱりするつもりだったんじゃないっ!」
「ふんっ……この俺が、おまえみたいな小動物相手に欲情すると思ってんのか!?」
「なっ……「竜ちゃん!いいかげんにして下さい!!」」
玖々廼馳の大声に、私と竜尊の動きがピタッと止まる。
「竜ちゃん……ひどいです……お姉ちゃんに謝ってください」
玖々廼馳の目が潤んでいる。
「あんまりにも失礼です……僕のお姉ちゃんに……」
「ああ、悪かった……俺が悪かったから、玖々廼馳、機嫌直してくれ」
「僕にじゃなく、ちゃんとお姉ちゃんに謝って下さい」
泣きださんばかりの玖々廼馳に竜尊が笑顔を向けたが、逆にビシッとにらみつけられ、ようやく観念したようだ。
「……ちっ……ケーキかパフェかアイスクリーム……どれがいいんだ?」
「んなっ……ちっとも反省してないじゃない!?舌打ちしてるし」
「俺の気が変わらんうちに決めた方がいいと思うけどな?」
食べ物につられるのもシャクだが、どのみち理不尽な思いをさせられるなら……
目の前のエサには、しっかりとありがたく食いついた方が得というものだろう。
「それなら、ドーナツ!ドーナツ食べたい!駅の近くのハニーベアドーナツ」
「いいですね、そうしましょう」
玖々廼馳の満面の笑みで、即決。
私達は車に乗り込み、ドーナツショップに向かって出発した。
「お姉ちゃん、ドーナツ好きなんですか?」
「うん!私、"ハニーベア"のドーナツ大好きなの。三食ドーナツでも、いいくらいだよ♪」
「そのわりにはふくよかさが足りないな。抱き心地よくなさそうだ」
「……またセクハラ発言ですか?」
「竜ちゃんっ!!」
「悪い悪い、この子猫ちゃんをからかうと、いちいち反応がおもしろいんでな、つい……」
「私は猫派じゃありません。犬派ですっ!!」
「……やなこと言うなぁ……わざとか?」
「お姉ちゃん……竜ちゃん犬が苦手なんです」
玖々廼馳がこそっと耳打ちをしてくれる。
「えっ!!セクハラ竜尊にも弱点!?」
嬉々とした声を上げてしまった私をルームミラーでちらりと一瞥し、竜尊が言う。
「もうすぐドーナツ屋に着くが、このまま通過した方がいいか?」
「え~っ、ひどい~」
「竜ちゃん……そんなに木行奥義くらいたいですか?……」
地を這うような玖々廼馳の声にさすがの竜尊も恐れをなしたのか、車はすんなりとドーナツショップの駐車場に入った。
*
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