恋におちて?
翌日。
約束どおり、祢々斬が訪ねてきてくれた。
この部屋に家族以外の男の人がいるっていう状況は初めてで、ちょっぴり緊張……
いや、だから、性別は関係ないんだって!
彼はただ、困っている私に親切にしてくれているだけなのだから。
一人で赤くなったり青くなったりしている私をよそに、私にとってブラックボックスにも等しいパソコンの設定を、祢々斬は手際よく片付けていった。
一時間ほど経っただろうか?
そろそろ作業が終盤に近づいているようだったので、私はキッチンでコーヒーメーカーをセットしてから祢々斬のそばに歩み寄った。
と……いきなり、ガチャリとドアの開く音が響き渡った。玄関チャイムは鳴らなかったはず。
「あれ……なんだろう?」
立ち上がった祢々斬と顔を見合わせた途端、誰かが部屋に踏み込んできた。
「竜尊!?」
「かわいい妹に悪い虫でもつくんじゃないかと、心配して来てみれば……」
私には兄が二人いる。
一番大人な無月お兄ちゃんと、二番目のお兄ちゃん……そう、今私の目の前にいる『竜尊』だ。
『お兄ちゃん』が二人ではややこしいので、私は二人のことをそれぞれ名前で呼んでいる。つまり、呼び捨て。
竜尊は、私を祢々斬から引き離すように押しのけると一歩前に出た。
「瑠璃の兄の竜尊だ」
言いながら握手を求めるように、右手を祢々斬の前に差し出す。
「どうも……祢々斬です……!」
迷わず握手に応じた祢々斬が、顔をしかめた。
竜尊が、握った手に力を込めたらしい。
「単刀直入に聞こう、君は瑠璃の何なんだ?……っ!?」
今度は竜尊が顔をしかめた。
祢々斬が、形勢逆転したとみえる。
「なにも……ただの知り合いです。お兄さんが心配なさるような間柄じゃありませんよ、今のところは」
「最後のひと言が余分だ!」
竜尊は、あいていた左手も総動員して祢々斬の腕を押さえつけ始めた。
「いいかげんにしてっ!!!」
たまらず私は竜尊の腕につかみかかった。
すると彼は、拍子抜けするほどあっけなく、強くつかんでいた祢々斬の腕をはなした。
そして、ちょっぴり困ったような表情で私を見る。
「瑠璃……兄ちゃんは、おまえのためを思って……」
「思ってない!!こんな失礼なことして……私のせいにしないでよね!」
「な……兄に向かって口答えするような子に育てた覚えはないぞ!?」
「なんで私が竜尊に育てられなきゃならないの!?」
竜尊が再び口を開こうとした時、それまで静観していた祢々斬がポツリとつぶやいた。
「ケンカするほど仲がいい、か……うらやましいな」
思いがけない言葉に、私と竜尊は互いに顔を見合わせた。
祢々斬は、微笑ましいホームドラマでも見ているかのように一人でうなずきながら言う。
「お兄さんの気持ちは、よくわかりますよ……もし俺に妹がいたら多分、同じように心配になっただろうなあ……」
「だったら、瑠璃にこれ以上近づ「祢々斬は、きょうだいは?」」
竜尊の言葉を遮って私が投げかけた質問に、祢々斬はクスッと笑いながら答えた。
「どSの兄がひとり……けど、盆暮れくらいしか顔を合わせることもないな」
ほんの少し寂しそうに笑う祢々斬。
「瑠璃。用事がすんだなら、あまり引き留めても迷惑だぞ?」
押してもだめなら引いてみるつもりなのか、やや態度を軟化させた竜尊が猫なで声を出す。
「あ、じゃあ、俺はそろそろ……」
「あの!コーヒーいれたので、飲んでってください。お礼は、また改めて……」
「はは、好きでやらせてもらったんだから、礼には及ばないさ。コーヒーを、ありがたく頂いていくとするかな」
「はいっ!」
部屋の真ん中の座卓で、向かい合ってコーヒーを飲む。
その間竜尊は……不貞腐れているのか、テレビの前に陣取ってせわしなくチャンネルを変えていた。
*
「瑠璃……どこの馬の骨ともわからん男を、簡単に部屋に入れるなんて……兄ちゃん悲しいぞ?」
「だからっ!そんなんじゃないって、何度も言ってるでしょ!?」
祢々斬を見送って部屋に戻ると、竜尊のお説教が待っていた。
「おまえがいくら『そんなつもりはなかった』って言い訳したところで、いざ何かが起こっちまったら……泣くのはおまえだぞ?」
「あのね……パソコン使えるようにしてもらうのに、どうやったら何かが起こる訳!?お店で頼むような作業をかわりにやってもらうだけで、どうして泣かなきゃならない訳!?」
「俺が来てなかったら、何も起こらなかった保証なんて、どこにもない!」
自分の予定を突然キャンセルされて面白くなかったのか何だかよくわからないが、竜尊のご機嫌斜めはまったく収まりそうになかった。
さすがに閉口して黙りこんだ私を、竜尊の琥珀色の瞳が見つめる。
「甘いな、瑠璃」
彼は私の頭に手を置くと、フッと小さなため息を吐いて続ける。
「男なんて、どんなに温厚そうに見えたって中身はみんな狼なのさ。あの、祢々斬とかいう、あいつだって例外じゃない」
「な……」
何を勝手なことを!?
そりゃ、確かにそういうものなのかもしれないけど……だからって、ねえ。
もしかしたら、今はやりの『草食男子』かもしれないじゃない!?
私の頭から手を離しにっこりと腹黒そうな笑顔を見せる竜尊に、私は言い返した。
「じゃあ……竜尊もそうなの?」
「なんだと?」
思わぬ反撃に、竜尊は眉をひそめた。
「『誰でも』って言うんなら、竜尊だって例外じゃないんでしょ!?だったら!いくら妹だって!女の子の部屋に玄関チャイムも鳴らさないで黙って上がり込むって、どうなの!?」
彼を睨み付けるようにズイッとにじり寄る。
あっけにとられながらも、私の気迫に驚いたのか一瞬真顔になる竜尊。
さらに一歩距離を縮める。
「ぃたっ!」
突然走った痛みに、私は額を押さえた。
「兄をからかう悪い子には、お仕置きが必要だよな?」
竜尊が笑いながら、もう一度デコピンしようと手を近づけてくる。
とっさに彼の右手を両手でつかみ、私はそれを阻止した。
「瑠璃は……」
「え?」
竜尊は、あいている左手で私の両手を包み込んだ。
ちょっぴり空気が変わる。
なんだか……いつもの竜尊じゃないような、はりつめた雰囲気が漂う。
「瑠璃は、どう思うんだ?」
「どうって……なにが?」
「俺が、人間の皮をかぶった狼に見えるか?」
竜尊に手を握られたまま顔を覗き込まれ、思わず目をそらして私は答えた。
「……わかんないよ、そんなの……竜尊は竜尊だもん」
「はは、そうか。じゃあそれが、さっきの質問の答だな」
「さっきの質問?」
「おまえに聞かれただろ?俺も狼か?って」
質問した本人に答を委ねるなんて……ずるくない?
「あたっ」
「油断してるからだ」
またしてもデコピンされた。
「瑠璃は大切な妹だからな。兄ちゃんが、ちゃんと狼の群れから守ってやる」
おまえは可愛いんだから、もっと自覚しなさい――
そう言いながら大きな手で私の頭をグシャグシャと撫でる竜尊は、子供の時からずっと変わらない、頼もしいお兄ちゃんの顔に戻っていた。
*
約束どおり、祢々斬が訪ねてきてくれた。
この部屋に家族以外の男の人がいるっていう状況は初めてで、ちょっぴり緊張……
いや、だから、性別は関係ないんだって!
彼はただ、困っている私に親切にしてくれているだけなのだから。
一人で赤くなったり青くなったりしている私をよそに、私にとってブラックボックスにも等しいパソコンの設定を、祢々斬は手際よく片付けていった。
一時間ほど経っただろうか?
そろそろ作業が終盤に近づいているようだったので、私はキッチンでコーヒーメーカーをセットしてから祢々斬のそばに歩み寄った。
と……いきなり、ガチャリとドアの開く音が響き渡った。玄関チャイムは鳴らなかったはず。
「あれ……なんだろう?」
立ち上がった祢々斬と顔を見合わせた途端、誰かが部屋に踏み込んできた。
「竜尊!?」
「かわいい妹に悪い虫でもつくんじゃないかと、心配して来てみれば……」
私には兄が二人いる。
一番大人な無月お兄ちゃんと、二番目のお兄ちゃん……そう、今私の目の前にいる『竜尊』だ。
『お兄ちゃん』が二人ではややこしいので、私は二人のことをそれぞれ名前で呼んでいる。つまり、呼び捨て。
竜尊は、私を祢々斬から引き離すように押しのけると一歩前に出た。
「瑠璃の兄の竜尊だ」
言いながら握手を求めるように、右手を祢々斬の前に差し出す。
「どうも……祢々斬です……!」
迷わず握手に応じた祢々斬が、顔をしかめた。
竜尊が、握った手に力を込めたらしい。
「単刀直入に聞こう、君は瑠璃の何なんだ?……っ!?」
今度は竜尊が顔をしかめた。
祢々斬が、形勢逆転したとみえる。
「なにも……ただの知り合いです。お兄さんが心配なさるような間柄じゃありませんよ、今のところは」
「最後のひと言が余分だ!」
竜尊は、あいていた左手も総動員して祢々斬の腕を押さえつけ始めた。
「いいかげんにしてっ!!!」
たまらず私は竜尊の腕につかみかかった。
すると彼は、拍子抜けするほどあっけなく、強くつかんでいた祢々斬の腕をはなした。
そして、ちょっぴり困ったような表情で私を見る。
「瑠璃……兄ちゃんは、おまえのためを思って……」
「思ってない!!こんな失礼なことして……私のせいにしないでよね!」
「な……兄に向かって口答えするような子に育てた覚えはないぞ!?」
「なんで私が竜尊に育てられなきゃならないの!?」
竜尊が再び口を開こうとした時、それまで静観していた祢々斬がポツリとつぶやいた。
「ケンカするほど仲がいい、か……うらやましいな」
思いがけない言葉に、私と竜尊は互いに顔を見合わせた。
祢々斬は、微笑ましいホームドラマでも見ているかのように一人でうなずきながら言う。
「お兄さんの気持ちは、よくわかりますよ……もし俺に妹がいたら多分、同じように心配になっただろうなあ……」
「だったら、瑠璃にこれ以上近づ「祢々斬は、きょうだいは?」」
竜尊の言葉を遮って私が投げかけた質問に、祢々斬はクスッと笑いながら答えた。
「どSの兄がひとり……けど、盆暮れくらいしか顔を合わせることもないな」
ほんの少し寂しそうに笑う祢々斬。
「瑠璃。用事がすんだなら、あまり引き留めても迷惑だぞ?」
押してもだめなら引いてみるつもりなのか、やや態度を軟化させた竜尊が猫なで声を出す。
「あ、じゃあ、俺はそろそろ……」
「あの!コーヒーいれたので、飲んでってください。お礼は、また改めて……」
「はは、好きでやらせてもらったんだから、礼には及ばないさ。コーヒーを、ありがたく頂いていくとするかな」
「はいっ!」
部屋の真ん中の座卓で、向かい合ってコーヒーを飲む。
その間竜尊は……不貞腐れているのか、テレビの前に陣取ってせわしなくチャンネルを変えていた。
*
「瑠璃……どこの馬の骨ともわからん男を、簡単に部屋に入れるなんて……兄ちゃん悲しいぞ?」
「だからっ!そんなんじゃないって、何度も言ってるでしょ!?」
祢々斬を見送って部屋に戻ると、竜尊のお説教が待っていた。
「おまえがいくら『そんなつもりはなかった』って言い訳したところで、いざ何かが起こっちまったら……泣くのはおまえだぞ?」
「あのね……パソコン使えるようにしてもらうのに、どうやったら何かが起こる訳!?お店で頼むような作業をかわりにやってもらうだけで、どうして泣かなきゃならない訳!?」
「俺が来てなかったら、何も起こらなかった保証なんて、どこにもない!」
自分の予定を突然キャンセルされて面白くなかったのか何だかよくわからないが、竜尊のご機嫌斜めはまったく収まりそうになかった。
さすがに閉口して黙りこんだ私を、竜尊の琥珀色の瞳が見つめる。
「甘いな、瑠璃」
彼は私の頭に手を置くと、フッと小さなため息を吐いて続ける。
「男なんて、どんなに温厚そうに見えたって中身はみんな狼なのさ。あの、祢々斬とかいう、あいつだって例外じゃない」
「な……」
何を勝手なことを!?
そりゃ、確かにそういうものなのかもしれないけど……だからって、ねえ。
もしかしたら、今はやりの『草食男子』かもしれないじゃない!?
私の頭から手を離しにっこりと腹黒そうな笑顔を見せる竜尊に、私は言い返した。
「じゃあ……竜尊もそうなの?」
「なんだと?」
思わぬ反撃に、竜尊は眉をひそめた。
「『誰でも』って言うんなら、竜尊だって例外じゃないんでしょ!?だったら!いくら妹だって!女の子の部屋に玄関チャイムも鳴らさないで黙って上がり込むって、どうなの!?」
彼を睨み付けるようにズイッとにじり寄る。
あっけにとられながらも、私の気迫に驚いたのか一瞬真顔になる竜尊。
さらに一歩距離を縮める。
「ぃたっ!」
突然走った痛みに、私は額を押さえた。
「兄をからかう悪い子には、お仕置きが必要だよな?」
竜尊が笑いながら、もう一度デコピンしようと手を近づけてくる。
とっさに彼の右手を両手でつかみ、私はそれを阻止した。
「瑠璃は……」
「え?」
竜尊は、あいている左手で私の両手を包み込んだ。
ちょっぴり空気が変わる。
なんだか……いつもの竜尊じゃないような、はりつめた雰囲気が漂う。
「瑠璃は、どう思うんだ?」
「どうって……なにが?」
「俺が、人間の皮をかぶった狼に見えるか?」
竜尊に手を握られたまま顔を覗き込まれ、思わず目をそらして私は答えた。
「……わかんないよ、そんなの……竜尊は竜尊だもん」
「はは、そうか。じゃあそれが、さっきの質問の答だな」
「さっきの質問?」
「おまえに聞かれただろ?俺も狼か?って」
質問した本人に答を委ねるなんて……ずるくない?
「あたっ」
「油断してるからだ」
またしてもデコピンされた。
「瑠璃は大切な妹だからな。兄ちゃんが、ちゃんと狼の群れから守ってやる」
おまえは可愛いんだから、もっと自覚しなさい――
そう言いながら大きな手で私の頭をグシャグシャと撫でる竜尊は、子供の時からずっと変わらない、頼もしいお兄ちゃんの顔に戻っていた。
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