恋におちて?
毎週金曜は、コンビニの日。
週刊の青年マンガ雑誌の発売日だから、欠かさず買いに行くのだ。
ついでに、ちょっぴり奮発して有名メーカーのアイスクリームやら季節限定のスナック菓子やらを買い込むのも、恒例。
それを食べながら週末にのんびり……ってのが、学生の一人暮らしの唯一の楽しみなんだよね。
さてさて、花の金曜日(ん~古いっ!?)。
明日は学校が休みだから、今晩はのんびりするぞ~!
私はウキウキと、歩いて一分ちょっとのコンビニに出かけた。
あ、最近よく見かける黒のスカイライン。
私もそうだけれど、けっこう決まった曜日の決まった時間に買い物に来る人がいるみたい。
お客さんの中には、言葉こそ交わしたことはないけれど、ちょくちょく見かけて顔を覚えてしまった人も何人かいる。
多分あのスカイラインの持ち主は、髪が赤くて背の高いあの人だろうなって想像できる。
さてさて。
自動ドアが開き切るのももどかしく、入り口のカゴを手にすると私は雑誌売り場に向かった。
ん?先客がいる……
棚に目をやると、私の目的『週刊ステップ』は残り一冊。
週刊誌は、買い逃してしまったらもう手にいれることは難しい。
私は焦った。
と、先に本の陳列棚を眺めていた男性――例の赤い髪の人――が手を伸ばした。
彼が棚から取り出してカゴに入れたのは……
「あぁ!」
私は思わず大きな声を出してしまった。
しまった!と思った時にはもう手遅れで……
彼は怪訝そうな顔で私を見ると、マンガ雑誌をカゴの中から持ち上げ、これ?というように首をかしげた。
「あ……いえ……何でもないですっ。週刊ステップ最後の一冊がどうのこうのだなんて、私……あれ?」
慌てて口走った言葉を反芻してみて、私は顔から火が出る思いだった。
な、なに言ってんの!?私ってば……!!
私の叫び声の理由が理解できたらしく、赤い髪の人は笑いを堪えていたが、やがて耐えきれなくなったのか吹き出した。
「悪い悪い……これが最後の一冊だもんな」
歩み寄ってきた彼は、雑誌を私に差し出した。
「どうぞ。俺は、この後本屋にも寄るから」
「え、でも……」
ちらっと見てしまった彼のカゴには、私が今日買うつもりでいたのと同じアイスクリームが二つ入っていた。
「本屋さんに寄ったら、アイスクリーム溶けちゃいませんか?」
「はは、そう長居するつもりじゃないから、多分大丈夫」
彼は無邪気そうな笑顔で答えた。
あ……怖そうな外見のわりに、意外とよく笑う人なのかも……。
そんなことを考えながら差し出された雑誌をただ見つめていると、彼が言った。
「いつも金曜日のこの時間に会うよな……だったら、今回は俺が買うことにして、読み終わったのを来週君に譲るってのはどうだ?」
「え?……あ……えぇ!いいんですか?」
「ああ、一週間読むのを待たせちまうが……」
もし本当に雑誌をシェアした場合、先に読むほうが支払いをしなければならない。彼は、そこまで見越してそう提案してくれたのだと思う。
「じゃあ、お願いします」
「ああ、了解」
二人そろって、クスッと笑いがこぼれた。
あれ?
ほとんど知らない男の人相手なのに……
私は何故、こんなにも打ち解けているのだろうか?
彼が会計を済ませて「それじゃ」と出て行ってから、私は、彼が買ったのと同じアイスクリームをカゴに入れた。
どちらかといえば、男性は苦手だ。
別にこの世に男なんかいなくても困らない、そう思ってしまうくらいに。(女子大に通っているから、実際周りは女の子ばかりだし)
……ああ、そうか。
私にとって、彼は『コンビニで会う背が高くて髪の赤い、スカイラインに乗ってる人』。
それに今日『怖そうなわりによく笑う、意外に優しいかもしれない人』という情報がプラスされただけのこと。
よく考えたら、そこには『いかにも男性!』という情報は入っていなかった。
ああ、だからだね。
そんなことをとりとめなく思いながら、私はレジに向かった。
*
次の金曜日。
いつものコンビニで買い物をすませ、二人そろって外に出る。
髪の赤い彼(そういえば、まだ名前知らないんだ……)が、車の助手席のドアを開けて週刊ステップを手にとる。
「待たせて悪かったな、これはそのまま処分してくれていいから」
「わ、ありがとうございます」
雑誌を受けとり挨拶をしてから、私は彼に背を向け歩き始めた。
「ちょっと待て」
私は立ち止まった。
ゆっくり体ごと振り返ると、彼が歩み寄りながら言う。
「もしかしたら、歩いて来たのか?」
「はい、すぐそこですから」
「すぐそこったって……車に乗ってくか?」
「いえ、本当に近いんで」
だって、ほんとにそうなんだもん。
自転車出すくらいなら、そのまま歩いちゃった方が早い。そんな距離。
彼はコンビニ袋を提げたまま、リモートキーで車をロックした。
「送るぞ」
「え?」
「いくら近くたって、夜道の一人歩きには変わりないだろ?」
「そ、そんな……大丈夫ですっ」
「だめだ」
「えぇ!?」
「最近、この辺で不審者の目撃情報が多いって知らないのか?」
「……知らなかったです」
そうなんだ……
運転免許は一応とったけれど、学校にもスーパーにも近い所に住んでいるので車は持っていない私。
毎日、徒歩もしくは自転車を駆使して移動しているけれど、夜道は気をつけた方がいいのかもね……
なんてつらつら考えていたら。彼は既に数メートル先まで進んでいて、不思議そうに私を振り返る。
「わ……ごめんなさい」
慌てて隣に並び、一分ちょっとの道のりを二人で歩き始めた。
毎週、必ずしもちょうど行き合えるかどうかわからないから……ということで、連絡先を教え合った。
……別に、変な意味じゃない。
行き違いになったりしたら、申し訳ないから……だからだもんね。
いつもより時間をかけて、女子学生専用アパートへの一本道を進む。
いわゆる世間話をしながら。
そんな中で私は、最近困っていることを何気なく口にした。
「ノートパソコンをネットで注文して、ちょっと前に届いたんですけどね……何をどうしたらいいのかさっぱりわからなくて、ただの箱のままなんですよ」
「ふうん……俺が設定してやろうか?」
「え?」
なんだか、聞き返すことの多い日だな。
「俺の得意分野だ」
本当は明日、パソコンを使える状態にしてもらうべく、お兄ちゃんに来てもらう約束がしてある。だが、何となく言い出せなかった。
黙って彼の横顔をうかがっていると、彼――祢々斬――がこちらを向いた。
「明日の午後……どうだ?」
「ほんとにいいんですか?そんなことお願いしちゃって」
「ああ、ちょうど俺が得意なことだし……反対に、瑠璃が得意なことで俺が助けてもらうこともあるかもしれないしな」
うわ、呼び捨て……
なんか、気恥ずかしいな。
いつの間にか、同士のようになってしまった気がする。
それでは、と祢々斬の申し出をありがたく受けることにした時、ちょうど私のアパートの前に着いた。
元来た道を戻って行く彼を見送りながら、あまりにも日常とかけ離れた展開にちょっぴりドキドキしている自分がいた。
ドキドキ……だから!違うって、私!!
たまたま彼が男性だってだけで、ただの知り合い。
なにも胸をときめかせるようなことなんか、ない。
そうだ。お兄ちゃんに断りの連絡をしなくちゃね……
実家にいる兄にメールで用件を伝え、明日に備えて部屋の掃除を済ませる。
「よし!準備完了!」
その後は週刊ステップを読みスナック菓子をつまむという、いつもどおりの金曜の夜を過ごした。
*
週刊の青年マンガ雑誌の発売日だから、欠かさず買いに行くのだ。
ついでに、ちょっぴり奮発して有名メーカーのアイスクリームやら季節限定のスナック菓子やらを買い込むのも、恒例。
それを食べながら週末にのんびり……ってのが、学生の一人暮らしの唯一の楽しみなんだよね。
さてさて、花の金曜日(ん~古いっ!?)。
明日は学校が休みだから、今晩はのんびりするぞ~!
私はウキウキと、歩いて一分ちょっとのコンビニに出かけた。
あ、最近よく見かける黒のスカイライン。
私もそうだけれど、けっこう決まった曜日の決まった時間に買い物に来る人がいるみたい。
お客さんの中には、言葉こそ交わしたことはないけれど、ちょくちょく見かけて顔を覚えてしまった人も何人かいる。
多分あのスカイラインの持ち主は、髪が赤くて背の高いあの人だろうなって想像できる。
さてさて。
自動ドアが開き切るのももどかしく、入り口のカゴを手にすると私は雑誌売り場に向かった。
ん?先客がいる……
棚に目をやると、私の目的『週刊ステップ』は残り一冊。
週刊誌は、買い逃してしまったらもう手にいれることは難しい。
私は焦った。
と、先に本の陳列棚を眺めていた男性――例の赤い髪の人――が手を伸ばした。
彼が棚から取り出してカゴに入れたのは……
「あぁ!」
私は思わず大きな声を出してしまった。
しまった!と思った時にはもう手遅れで……
彼は怪訝そうな顔で私を見ると、マンガ雑誌をカゴの中から持ち上げ、これ?というように首をかしげた。
「あ……いえ……何でもないですっ。週刊ステップ最後の一冊がどうのこうのだなんて、私……あれ?」
慌てて口走った言葉を反芻してみて、私は顔から火が出る思いだった。
な、なに言ってんの!?私ってば……!!
私の叫び声の理由が理解できたらしく、赤い髪の人は笑いを堪えていたが、やがて耐えきれなくなったのか吹き出した。
「悪い悪い……これが最後の一冊だもんな」
歩み寄ってきた彼は、雑誌を私に差し出した。
「どうぞ。俺は、この後本屋にも寄るから」
「え、でも……」
ちらっと見てしまった彼のカゴには、私が今日買うつもりでいたのと同じアイスクリームが二つ入っていた。
「本屋さんに寄ったら、アイスクリーム溶けちゃいませんか?」
「はは、そう長居するつもりじゃないから、多分大丈夫」
彼は無邪気そうな笑顔で答えた。
あ……怖そうな外見のわりに、意外とよく笑う人なのかも……。
そんなことを考えながら差し出された雑誌をただ見つめていると、彼が言った。
「いつも金曜日のこの時間に会うよな……だったら、今回は俺が買うことにして、読み終わったのを来週君に譲るってのはどうだ?」
「え?……あ……えぇ!いいんですか?」
「ああ、一週間読むのを待たせちまうが……」
もし本当に雑誌をシェアした場合、先に読むほうが支払いをしなければならない。彼は、そこまで見越してそう提案してくれたのだと思う。
「じゃあ、お願いします」
「ああ、了解」
二人そろって、クスッと笑いがこぼれた。
あれ?
ほとんど知らない男の人相手なのに……
私は何故、こんなにも打ち解けているのだろうか?
彼が会計を済ませて「それじゃ」と出て行ってから、私は、彼が買ったのと同じアイスクリームをカゴに入れた。
どちらかといえば、男性は苦手だ。
別にこの世に男なんかいなくても困らない、そう思ってしまうくらいに。(女子大に通っているから、実際周りは女の子ばかりだし)
……ああ、そうか。
私にとって、彼は『コンビニで会う背が高くて髪の赤い、スカイラインに乗ってる人』。
それに今日『怖そうなわりによく笑う、意外に優しいかもしれない人』という情報がプラスされただけのこと。
よく考えたら、そこには『いかにも男性!』という情報は入っていなかった。
ああ、だからだね。
そんなことをとりとめなく思いながら、私はレジに向かった。
*
次の金曜日。
いつものコンビニで買い物をすませ、二人そろって外に出る。
髪の赤い彼(そういえば、まだ名前知らないんだ……)が、車の助手席のドアを開けて週刊ステップを手にとる。
「待たせて悪かったな、これはそのまま処分してくれていいから」
「わ、ありがとうございます」
雑誌を受けとり挨拶をしてから、私は彼に背を向け歩き始めた。
「ちょっと待て」
私は立ち止まった。
ゆっくり体ごと振り返ると、彼が歩み寄りながら言う。
「もしかしたら、歩いて来たのか?」
「はい、すぐそこですから」
「すぐそこったって……車に乗ってくか?」
「いえ、本当に近いんで」
だって、ほんとにそうなんだもん。
自転車出すくらいなら、そのまま歩いちゃった方が早い。そんな距離。
彼はコンビニ袋を提げたまま、リモートキーで車をロックした。
「送るぞ」
「え?」
「いくら近くたって、夜道の一人歩きには変わりないだろ?」
「そ、そんな……大丈夫ですっ」
「だめだ」
「えぇ!?」
「最近、この辺で不審者の目撃情報が多いって知らないのか?」
「……知らなかったです」
そうなんだ……
運転免許は一応とったけれど、学校にもスーパーにも近い所に住んでいるので車は持っていない私。
毎日、徒歩もしくは自転車を駆使して移動しているけれど、夜道は気をつけた方がいいのかもね……
なんてつらつら考えていたら。彼は既に数メートル先まで進んでいて、不思議そうに私を振り返る。
「わ……ごめんなさい」
慌てて隣に並び、一分ちょっとの道のりを二人で歩き始めた。
毎週、必ずしもちょうど行き合えるかどうかわからないから……ということで、連絡先を教え合った。
……別に、変な意味じゃない。
行き違いになったりしたら、申し訳ないから……だからだもんね。
いつもより時間をかけて、女子学生専用アパートへの一本道を進む。
いわゆる世間話をしながら。
そんな中で私は、最近困っていることを何気なく口にした。
「ノートパソコンをネットで注文して、ちょっと前に届いたんですけどね……何をどうしたらいいのかさっぱりわからなくて、ただの箱のままなんですよ」
「ふうん……俺が設定してやろうか?」
「え?」
なんだか、聞き返すことの多い日だな。
「俺の得意分野だ」
本当は明日、パソコンを使える状態にしてもらうべく、お兄ちゃんに来てもらう約束がしてある。だが、何となく言い出せなかった。
黙って彼の横顔をうかがっていると、彼――祢々斬――がこちらを向いた。
「明日の午後……どうだ?」
「ほんとにいいんですか?そんなことお願いしちゃって」
「ああ、ちょうど俺が得意なことだし……反対に、瑠璃が得意なことで俺が助けてもらうこともあるかもしれないしな」
うわ、呼び捨て……
なんか、気恥ずかしいな。
いつの間にか、同士のようになってしまった気がする。
それでは、と祢々斬の申し出をありがたく受けることにした時、ちょうど私のアパートの前に着いた。
元来た道を戻って行く彼を見送りながら、あまりにも日常とかけ離れた展開にちょっぴりドキドキしている自分がいた。
ドキドキ……だから!違うって、私!!
たまたま彼が男性だってだけで、ただの知り合い。
なにも胸をときめかせるようなことなんか、ない。
そうだ。お兄ちゃんに断りの連絡をしなくちゃね……
実家にいる兄にメールで用件を伝え、明日に備えて部屋の掃除を済ませる。
「よし!準備完了!」
その後は週刊ステップを読みスナック菓子をつまむという、いつもどおりの金曜の夜を過ごした。
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