バレンタイン 2013


魁童編

バレンタインデーの放課後。

はるかが抱えている大きな紙袋に、可愛らしくラッピングされた小さな包みがたくさん詰まっている。
いわゆる『友チョコ』だ。

それを彼女は、男女関係なくクラスメイトみんなに配っていた。

男にとっては、友チョコのお裾分けなんて、その他大勢の証明みたいに思えるのかもしれない。

だが、はるかの笑顔つきで配られる小さなプレゼント。

受け取った者は例外なく笑顔になっていた。

そんな輪の中心にいるはるかを、幼なじみの魁童が、何とも面白くなさそうな顔で眺めていた。


やがて、下校していくクラスメイト全員にチョコを渡し終えたはるか。

仏頂面の魁童に気づいて、駆け寄ってきた。

「魁童。魁童のは、家に帰ってから渡すね」

「……いらねえ」

「え…?」

「俺は、おまえにチョコなんかもらったって、嬉しくも何ともねえ。だから、いらねえよ」

「な…………な……あ!ちょっと、魁童!?」

訳が分からず言葉を失っていたはるかを一瞥すると、魁童は彼女に背を向けて、一人で帰ってしまった。



「あ、魁童お帰り」
「……」

どことなくウキウキとした姉の瑠璃を無視して、魁童は自分の部屋に向かう。

「ねえ、はるかちゃんから、もうチョコもらった?」

追いかけてくる言葉に立ち止まると、彼は不機嫌極まりない声で言った。

「……知らねえよ、あんなやつ」

「なあに?ケンカでもしたの?」

「瑠璃には関係ねえだろ」

「人に当たらないでよね」

魁童をにらみつけた後で、瑠璃は顔をほころばせる。

「さあて、私は、無月の所にこれ届けに行こうかな」

「……なんだ、そのでかい箱」

「バレンタインのチョコケーキだよ。はるかちゃんに教えてもらいながら、一緒に作ったんだから」

「ケーキ?あいつと……?」

「はるかちゃん、魁童に喜んでもらえるようにって、すごく気合い入れてたけど……」
そっか、ケンカしちゃったんだ……と一人頷く瑠璃。

その途端、魁童はカバンを放り出すとくるりと向きを変え、玄関から飛び出して行った。



はるかの家の前に立った魁童は、勢いよく玄関チャイムを押す。

「……ふぁ~い?」

モニターに映る来客の確認も面倒なのか、気だるそうに間延びした声がドアホンから聞こえる。

「おいっ、はるか!俺だ!!」

「げ、か、かいど……っっ!?ごほっ、っげほげほっ……」

何やらむせて咳き込んでいるらしい音声は聞こえるが、応答がない。

「あがるぞっ」

勝手知ったる幼なじみの家。

魁童は、迷わず上がり込むと、人の気配のあるダイニングへと直行した。


果たして……

床に散らばるのは、無惨に破り捨てられた空色の包装紙。

テーブルの上に広げられた紙箱には、三分の一ほどが欠けたハート形のチョコケーキが、フォークを突き立てられていた。

「か……魁童……っなにしに……けほっ」

まだ咳が治まりきらないはるかが、涙目で問いかける。

魁童は、何も言わずにケーキに刺さったフォークを手にすると、大きなひと切れを取り分け、パクリと食べた。

「ちょっ……なに、人のケーキ勝手に食べてんのよっ!?」

「これは、俺のなんだろ?だったら、俺が食ったって文句はないはずだ」

「いらないって言ったでしょっ!!あの時点で、魁童の所有権は消滅したんだから」

はるかの抗議に耳を貸さず、魁童は椅子に腰かけると、さらにひと切れを口に運ぶ。

「うん、やっぱり、うまいな。さすがは俺の嫁だ」

「はあっ!?言ってる意味が、さっぱり分からないんですけど」


「………悪かったよ」

「へ?」

「いらねえなんて、心にもないこと言っちまって、悪かったよ。おまえにチョコもらって喜んでる、他の奴等の顔見たらさ……なんか、こう……だーー!!うまく言えねえっ」

魁童は大きくため息をつくと、ガックリとうなだれた。

「悪かったって」

叱られた子犬のような魁童に、はるかの怒りも、さすがに和らいだ。


「う……ま、まぁ……ちゃんと謝ってくれたし、おいしいって言ってくれたから……許す」

「ほんとか?……サンキューな」

顔を上げニカッと笑う魁童を、はるかがじっと見つめる。

「魁童」

「ん?なんだ」

「ほっぺにガナッシュついてる」

はるかは、魁童の頬に唇を寄せ、彼の頬についたチョコクリームをペロリとなめた。

一気に顔を赤く染めた魁童の鼻から、ひとすじの血が落ちた。

「ちょっ……やだ、血染めのバレンタインなんて、勘弁してよね」

「う、うっせえ!誰のせいだと……」


ケンカしても、終わりよければ全てよし!

そんな二人のバレンタインデーだった。

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