バレンタイン 2013


無月編

厳しい寒さの中にも、春の気配漂う季節。

無月と瑠璃は、家族連れやカップルでにぎわうデパートに来ていた。

もうすぐバレンタインデーだから、デパートはどのフロアも、甘く華やかな活気にあふれている。


「ねぇ、無月。もうすぐバレンタインデーだね」

「ああ、世の中の男にとって、最も憂鬱な日であろう」

「え?憂鬱……なものなの?」

「皆、菓子屋の戦略に乗せられているだけだ。悪しき風習だな」

「女の子にとっては、胸をときめかせる特別な日なんだけどな……」


無月へのバレンタインの贈り物。

どんなものがいいのか、それとなく探りたくて
「今日はデパートに行こう」と瑠璃から誘ったのだ。

無月がバレンタインに、そこまで悪い印象を持っているなんて……

プレゼント、何がいい?なんて、言い出せなくなっちゃったな……

思案顔で黙ってしまった瑠璃に、無月が声をかける。

「そろそろ、腹が減ったのではないか?」

「あ……もう、そんな時間?」

「いや、まだ昼飯には早いが、そなたの元気がなくなるのは、腹が減った合図かと……」
「もうっ!!無月ってば」

瑠璃お気に入りのカフェで、ちょっぴり早い昼ご飯をとり、午後も二人でデパート散策を楽しんだ。



「さ~て……どうしよう?」

ベッドの上でくつろぎながら、パジャマ姿の瑠璃が頭を抱える。

無月は、あんなふうに言ってたけど……

でも女の子にとっては、大好きな相手のことを想いながら、プレゼントを選んだり、チョコレートを作ったりする時間が、とっても幸せなんだよね。

と、部屋をノックする音が聞こえた。

「瑠璃、入るぞ」

「あ、魁童……。ねえ、魁童はバレンタインデーって嫌い?」

「はあ!?何言ってんだ、いきなり??」

突然の質問に面食らいながらも、真面目に考える魁童。

「……まあ、どのみち、おまえとおふくろからチョコはもらえるからな。バレンタインだからって、たいして気にはしてないかな」

「そう……」

「おまえ、何言ってんだ……もしかして無月か?」

「うん……プレゼントあげたいんだけどね、嫌がられそうで」

「別に、バレンタインだからってことにしなきゃいいんじゃねえか?」

「あ、そっか」

「何にしても、好きな女からの贈り物を嫌がるヤツはいねえと思うけどな」

「……そうかな?」

「ああ。……っと、これ、はるかから預かった。本かなんかみたいだぞ」

「あ、ありがとう。お菓子のレシピの本なんだ」

「んじゃ、確かに渡したぞ」




バレンタインデー当日。

瑠璃は、はるかと一緒に作ったチョコレートケーキを大事に抱え、ちょっぴり緊張した面持ちで隣家のチャイムを鳴らした。

「は~い」

快活な声とともに、無月の妹、雲雀がドアを開けてくれた。

「雲雀ちゃん、これ…無月に渡してもらえるかな?」

「あ、お兄ちゃんいますよ。お兄ちゃーん、お兄ちゃーん!瑠璃お姉さんが、バレンタインのチョコレート持ってきてくれたわよ!」
「ひっ……雲雀ちゃん!それは言っちゃ駄目!」
「え?え?」
「無月ね、バレンタインデーをすっごく嫌がってるの」

瑠璃は、慌てて雲雀を止めたが、すぐに無月の姿が現れた。

「あ……あははは……無月……これね、美味しそうに出来たから、食べてみてほしいなあ、なんて……」

「そうだ、お兄ちゃん!せっかくのお姉さんの手作り、今からみんなでいただかない?」

「それは……断る」

瑠璃と雲雀は、顔を見合わせた。
泣きそうな顔になった瑠璃をかばうように、雲雀が兄をにらんだ。

「ひどいっ……いくらバレンタインが嫌いだからって……」

怒りをあらわにする妹を無視して、無月は、瑠璃が抱えている大きな箱に手を伸ばした。

「これは、我のために瑠璃が作ってくれたのであろう?」

「無月!?」

驚いて顔を上げた彼女に優しく微笑み、無月が続ける。

「瑠璃から我への贈り物を、今ここでみんなで食べてしまうことは、断る……そう言ったのだ」


なあんだ~、と笑顔に変わった雲雀が、無月の腕をつつく。

「お兄ちゃん、ホワイトデーのお返しを選ぶ時は、私が相談にのってあげる」

「そなたに相談せずとも、瑠璃に直接聞くからよい」

「もうっ、二人ともラブラブなんだから」

「雲雀ちゃんったら……」

和やかな笑い声があふれる。


ホワイトデーのプレゼントを選ぶために、無月と瑠璃が仲良くデパートに出かけるのは、もう少し後のお話。

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